魔物と取引をした村の行く末と、生け贄にされたメイド
「お前との契約はここで終わらせてもらう。だが、安心するがよい。お前の次の行き先は、魔物の住む洞窟だ!」
「……はい?」
目の前の旦那様が、満足そうな笑みを浮かべていた。
周囲に並ぶ村の有力者たちも、ふほほほ、と薄気味悪い笑い声を上げている。
私はエナメル。
長年、各地のお屋敷でメイドをしているエルフでございます。
数か月前、次の奉公先を探して旅をしていたところ、この村でメイドを募集していると聞き、村長でもある旦那様のお屋敷に雇っていただいた。
旦那様は少々欲深いところがあるものの、お屋敷の皆様はよくしてくださったし、仕事にもようやく慣れてきたところだった。
それなのに、突然の解雇。
しかも、次の行き先が魔物の住む洞窟とは。
……どういうことでしょう?
「まだ分からんのか?お前には、我が村のために生け贄となってもらうのだ!」
「生け贄、でございますか?」
「そうだ!この村の近くにある洞窟には、知能を持つゴブリンどもが住み着いておる。奴らはBランク相当の実力を持つ魔物だ。普通の人間では、とても太刀打ちできん」
旦那様は得意げに胸を張った。
「だが、奴らは女を差し出せば、村を襲わずにいてくれる。お前には、その役目を果たしてもらうのだ!」
「なるほど」
どうやら、最初から私を生け贄にするつもりで雇ったようですね。
……そんな回りくどいことをしなくても、一言、魔物を討伐してほしいと頼んでくださればよかったのに。
もっとも、普通は冒険者でもないメイド志望者に、魔物の討伐など頼みませんよね。
私は一人で納得した。
「それで、こちらが契約終了の書類だ。受け取るがよい」
旦那様が一枚の書類を差し出した。
確認すると、確かに本日をもって雇用契約を終了する旨が記されている。
お給金も、今日までの分はすでに精算されていた。
……最後の行き先については少々問題がございますが、契約終了の手続きそのものは済んでいるようです。
「かしこまりました。それでは、お世話になりました」
私は書類を受け取り、深く頭を下げた。
「……は?」
「荷物を取ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」
「ど、どこへ行く気だ!?」
「ですから、荷物を取りにお部屋へ。身支度を整えましたら、ご指定の洞窟へ向かおうかと思います」
旦那様は目を丸くした。
周囲の皆様も、ぽかんと口を開けている。
「お前、話を聞いていたのか!?魔物の生け贄になるのだぞ!」
「はい。承知しております」
「絶望のあまり、気でも狂ったか!?」
……失礼な方ですね。
私はただ、行き先を確認しただけなのですけれど。
「荷物など必要ない!このまま洞窟へ向かってもらう!」
「ですが、着替えとお茶の道具がございますので……」
「そんなもの、魔物の洞窟には必要なかろう!」
……それは困りましたね。
お茶を飲めないというのは、なかなかつらいものがございます。
けれど、旦那様はこれ以上、私に荷物を取りに戻らせるつもりはないようだ。
数人の護衛が近づいてきた。
「さあ、行くぞ!」
「分かりました。ご案内をお願いいたします」
こうして私は、村の護衛たちに連れられ、魔物の住む洞窟へと向かうことになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
洞窟へ向かう道中、護衛の皆様はずいぶんとご機嫌だった。
「なあ、今度の女はいつまでもつと思う?」
「さあな。エルフだから、少しは長く生きるんじゃねえか?」
「俺たちには関係ねえよ。洞窟へ連れていけば、それで仕事は終わりだ」
……なるほど。
どうやら、私より前にも生け贄として送り込まれた方がいらっしゃるようですね。
しかも、一度や二度ではないらしい。
「ちなみに、旦那様は以前から魔物の皆様とお付き合いがあるのでしょうか?」
私が尋ねると、護衛の一人が鼻で笑った。
「そんなこと、お前が知ってどうするんだ?」
「いえ。少々気になりまして」
「余計なことは考えなくていい。お前は黙って洞窟へ入ればいいんだよ」
それ以上は教えていただけなかった。
しばらく歩くと、森の奥に大きな洞窟が見えてきた。
入口の周囲には、獣の骨らしきものが散らばっている。
なかなか物騒な場所でございますね。
「着いたぞ。ここから先は一人で行け」
「皆様はご一緒なさらないのですか?」
「するわけないだろう!」
「そうでございますか」
護衛の皆様は、洞窟へ入る私を見届けると、足早に村へ戻っていった。
……どうやら、あの方々にとっても危険な場所のようですね。
私は洞窟の奥へと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
洞窟の中は、思っていたよりも広かった。
奥からは水の流れる音が聞こえ、壁には淡い光を放つ苔が生えている。
しばらく進むと、何やら甘い香りが漂ってきた。
……これは?
足元を見ると、見覚えのある薬草が生えていた。
小さな青い花をつけた、少々珍しい植物でございます。
「まあ。こんなところに」
私は思わずしゃがみ込み、葉の様子を確かめた。
ずいぶん立派に育っていますね。
これほどの群生地は、なかなか見られるものではございません。
「おい!そこで何をしている!」
突然、奥から怒鳴り声が響いた。
振り返ると、数体のゴブリンがこちらへ向かってきていた。
そのうちの一体は、ほかの者よりもひと回り大きな身体をしている。
手には大きな棍棒。
身につけている防具にも、なかなか立派な魔力が込められていた。
……なるほど。
確かに、普通の冒険者では少々苦労しそうな相手ですね。
「お前、村から寄越された女か?」
「はい。エナメルと申します」
「エルフか。今度の村長は、なかなかよい女を寄越したな」
大きなゴブリンが、にやりと笑った。
「お前には、これから俺たちのために働いてもらうぞ」
「働く、でございますか?」
「そうだ!言うことを聞かなければ、痛い目を見ると思え!」
……あら。
どうやら、こちらでもお仕事を紹介していただけるようですね。
「ちなみに、勤務内容とお給金についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……は?」
「住み込みのお仕事でしたら、寝室や食事の条件なども確認しておきたいのですが」
ゴブリンたちは顔を見合わせた。
「何を言っているんだ、こいつは?」
「さあ……」
大きなゴブリンが、苛立ったように棍棒を持ち上げた。
「お前は奴隷だ!俺たちの言うとおりに働けばいいんだよ!」
「……そうでございましたか」
それでは、少々困りますね。
雇用契約も結ばず、本人の同意もなく働かせるつもりとは。
「申し訳ございませんが、そちらのお仕事は辞退させていただきます」
「ふざけるな!」
大きなゴブリンが棍棒を振り下ろした。
私は半歩だけ横へ移動する。
棍棒は、私のすぐ横の地面を打ちつけた。
「なっ!?」
「危のうございますよ」
次の瞬間、ゴブリンが再び棍棒を振り上げた。
肩から腕へと流れる魔力。
それに伴って動く身体の重心。
私はその動きに合わせて懐へ入り、腕に軽く触れた。
ほんの少し、力の向きをずらす。
「ぐおっ!?」
ゴブリンは自分の勢いを止められず、近くの岩壁へと頭から突っ込んだ。
どさり、と大きな身体が崩れ落ちる。
「な、何をした!?」
残りのゴブリンたちが、一斉に武器を構えた。
……どうやら、話し合いで解決するのは難しそうですね。
私は小さくため息をついた。
私は武器を使わない。
魔法も、それほど得意ではございません。
ただ、長年の修行によって、魔力の流れを読むことができるようになった。
腕を振る。
足を踏み出す。
身体を強化する。
そうした動きに伴う魔力の流れを感じ取り、相手の身体の動きに合わせて、ほんの少し力を加える。
それが、私の体術でございます。
もちろん、相手が強ければ簡単にはまいりません。
ですが、幸いにも、この洞窟の通路はそれほど広くありませんでした。
一度に襲いかかれるゴブリンの数も限られている。
私は洞窟の地形を利用しながら、近づいてきたゴブリンたちを一体ずつ倒していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ふう」
洞窟の奥まで調べ終えた私は、額の汗を拭った。
なかなか骨の折れるお仕事でございました。
あの大きなゴブリンのほかにも、魔力を巧みに扱う者や、弓を使う者がいたのです。
何度か危ない場面もございましたが、どうにかすべて討伐することができました。
……これで、村の皆様も生け贄を差し出さずに済みますね。
私は洞窟を見回した。
奥には居住用と思われる空間や、食料を蓄えていた場所がある。
そして、そのさらに奥。
水の流れる場所に沿って、先ほど見かけた薬草が一面に広がっていた。
「まあ。これは見事ですね」
私は思わず感心した。
ゴブリンたちの魔力が長い年月をかけて染み込んだ土地。
その魔力に反応して育つ、少々特殊な薬草。
別名、ゴブリン草。
薬として重宝される希少な植物で、採取できる場所は限られている。
……なるほど。
これだけの群生地は、ゴブリンたちが長年ここで暮らしてきたからこそ生まれたのでしょうね。
私は薬草を傷つけないよう気をつけながら、洞窟を後にした。
さて。
これで、今回のお仕事も終わりでございます。
もっとも、すでに解雇されているので、お仕事と呼んでよいのかは分かりませんけれど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま戻りました」
私が村長のお屋敷へ戻ると、旦那様はお茶を飲んでいるところだった。
私の顔を見るなり、その手から茶器が滑り落ちた。
がしゃん!
「あ……あ……」
「まあ。お怪我はございませんか?」
「な、なぜお前がここにいる!?」
「洞窟から戻ってまいりましたので」
「洞窟から!?ゴブリンどもはどうした!?」
「すべて討伐いたしました」
「…………は?」
旦那様は、口を開けたまま動かなくなった。
「ですから、洞窟にいたゴブリンたちは、すべて討伐いたしました。これでもう、生け贄を差し出す必要はございませんよ」
「なっ!あの魔物たちを倒したというのか!?Bランク相当の実力だぞ!」
「はい。少々苦労いたしました」
旦那様は椅子から立ち上がり、私の周囲をぐるぐると歩き始めた。
「そんな……まさか……」
……あら?
思っていたよりも、喜んでいただけないようですね。
やはり、勝手に討伐したのはよくなかったのでしょうか。
すると突然、旦那様が足を止めた。
「……いや、待てよ」
何やら考え込んでいる。
「そうだ。そうではないか!あやつらがいなくなったということは……!」
旦那様の顔が、みるみる明るくなっていった。
「ふほほほほ!」
……先ほどまでとは打って変わって、ご機嫌になられたようですね。
「でかした!エナメルとやら!」
「……ありがとうございます?」
「あやつらが独占していた薬草を、これからはわしがすべて手に入れられるではないか!」
「……薬草、でございますか?」
「そうだ!あの洞窟には、希少な薬草が生えておるのだ!これまではゴブリンどもから少しずつ受け取るしかなかったが、もうその必要もない!」
なるほど。
どうやら旦那様は、あのゴブリンたちと何らかの取引をしていたようですね。
女を差し出す代わりに、薬草を受け取る。
村の皆様を守るためだけではなく、薬草を手に入れるためでもあったのでしょう。
「これであの薬草はみんなわしのものだ!ふほほほほ!」
……まあ。
ずいぶんと嬉しそうでございますね。
「そうだ、エナメル!お前には魔物討伐の依頼をこなしたことにしてやろう!」
「……討伐の依頼、でございますか?」
「そうだ!わしは最初から、お前の実力を見込んでおったのだ!」
……つい先ほどまでは、生け贄とおっしゃっていたのですけれど。
「ほれ、これは報酬だ!」
旦那様は懐から小さな袋を取り出し、私へ差し出した。
中には銀貨が数枚入っている。
「この件は、ほかの者には余計なことを話さずともよい。お前も、村のために働けて満足であろう?」
旦那様はそう言いながら、私の顔色をうかがっている。
……なるほど。
どうやら、今回のことは黙っていてほしいようですね。
この銀貨はいわば、口止め料も入ってるかもしれません。
まあ、他所へ言いふらすつもりはありませんでしたが。
私は銀貨の入った袋を受け取り、頭を下げた。
「お気に召したようで、幸いでございます」
「うむ!」
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「うむ、苦労であった!」
私は旦那様に一礼し、お屋敷を後にした。
今度こそ自分の部屋へ戻り、荷物をまとめる。
着替え。
仕事道具。
そして、大切なお茶の道具。
……ああ、ようやくお茶が飲めますね。
荷造りを終え、私は村の外へ向かった。
村長のお屋敷では、旦那様が早くも薬草の商売について話し合っているようだった。
「洞窟にある薬草をすべて採ってこい!今までの十倍は売れるぞ!」
「いいんですかい?そんなに一度に売ってしまって」
「構わん!あの洞窟には、まだまだ生えておるのだ!」
……お忙しそうですね。
私は振り返らず、村を後にした。
さて。
次は、どちらのお屋敷で働きましょうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから、しばらくの月日が流れた。
私は別の町で新しい奉公先を見つけ、いつものようにメイドとして働いていた。
そんなある日。
お屋敷へ出入りしている商人から、懐かしい村の名前を聞いた。
「ああ、あの村ですか。すっかり寂れてしまいましたよ」
「まあ。そうなのですか?」
「ええ。以前は希少な薬草の産地として知られていたんですがね。急に大量の薬草を売り出したと思ったら、今度はぱったりと採れなくなったそうで」
……あら。
「最初は村長がずいぶん儲けたらしいんですが、薬草を採り尽くしてしまったんでしょうな。そのうち商人たちも寄りつかなくなりましてね」
商人は肩をすくめた。
「もともと薬草の取引で成り立っていた村だったそうです。ほかに大した産業もなく、若い者から次々と出ていって、今ではほとんど誰も住んでいないと聞きますよ」
「そうでございましたか」
私はお茶を淹れながら、あの洞窟のことを思い出した。
青い花をつけた、希少な薬草。
別名、ゴブリン草。
あれは、ゴブリンたちが日々放出する魔力を吸収して育つ植物でございます。
長年、ゴブリンたちが暮らしてきた洞窟だからこそ、あれほど立派な群生地ができていたのでしょう。
ですが、ゴブリンたちがいなくなれば、新たな魔力が供給されることもありません。
洞窟に残っていた薬草を採り尽くしてしまえば、それで終わりです。
もっとも、あの村がそれほど薬草の収入に頼っていたとは、私も存じませんでした。
旦那様は、さぞお困りになったことでしょう。
「エナメルさん、何かご存じなのですか?」
商人が不思議そうに尋ねてきた。
「いいえ。以前、少しだけお世話になったことがある村でございますので」
「そうでしたか。いやあ、珍しい薬草が採れるからといって、それだけを頼りにするのも考えものですな」
「そうでございますね」
私は商人の前に、淹れたてのお茶を差し出した。
その後も、あの村がどうなったのかという話を、何度か耳にした。
村長は薬草を育て直そうとしたものの、うまくいかなかったらしい。
ほかの商売も始めてみたそうだが、結局、村から人がいなくなるのを止められなかったという。
やがて、地図から村の名前も消えてしまった。
……ずいぶんと大変なことになってしまいましたね。
私がゴブリンたちを倒したことも、村がなくなってしまった原因の一つなのでしょうか。
ですが、あのまま取引を続けていたとしても、魔物たちがいつまでも約束を守るという保証はございません。
それに、これからも誰かが生け贄として差し出されていたのでしょう。
……少なくとも、もう誰かがあの洞窟へ送り込まれることはありません。
そう考えると、これでよかったのかもしれませんね。
「エナメル、お茶のおかわりをお願いできるかしら?」
「はい、ただいま」
新しい奥様のお声が聞こえた。
私は茶器を整え、奥様のお部屋へ向かう。
今のお屋敷では、皆様が私を大切にしてくださる。
お仕事にもやりがいがあるし、お給金もきちんといただける。
何より、魔物の洞窟へ生け贄として送り込まれる心配がない。
……やはり、奉公先というのは、慎重に選ばなければなりませんね。
私はそう思いながら、今日もいつものように、お茶を淹れるのでございました。




