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エルザのことを忘れない  作者: 区隅 憲
プロローグ
1/22

雨ざらしになった約束

 ファーグリンの街の門をくぐったら、にぎやかな広場が目にひろがった。

お日さまがのぼったばかりの青空には、たくさんの大人たちのはやし声がこだましている。


「ノウリメンの村で獲れた新鮮なトマトだよー! 今日の朝食はトマトスープで温かくなろう!」

「冬の季節にぴったりな毛皮の靴があるよー! これを履けばどんな長旅もへっちゃらさぁ!」

「さぁさぁそこのご婦人、きれいなルビーの宝石はいかがですか? あなたの美しいお顔立ちなら、きっとこの首飾りもお似合いですよ!」


 りっぱな服をきこなした人たちが、都会の街をあるいて買いものを楽しんでいる。こんな絵本みたいな景色、私の村では見たことがない。

お祭りみたいにさわぐ街にあっとうされて、私はおたけびのような声をあげた。


「わーい! 街だー!!」


 石でできた道をふみならし、私は両手をあげて走りだす。

ワンピーススカートを風になびかせ、大人たちのむれにちいさな体をとっしんさせた。ドレスやズボンの林をかきわけると、めずらしい品物がならぶお店がつぎつぎと目にとびこんできた。


「エルザ、危ないからあんまり走り回っちゃだめよ」


 つぎのお店へ走りだそうとすると、うしろから私を注意する声が聞こえた。

――私のお母さんだ。


 私はくるりと後ろにふりむいて、人だかりのなかピタっと足をとめる。

長い黒髪をゆらすお母さんが小走りにやってくると、私の肩をポンとつかまえた。


「もう、エルザは本当にお転婆さんね。あなたが村から出かけるのははじめてだけど、そんなに街が楽しみだったの?」


「うんっ! だって私、ずっとお外の街におでかけしてみたかったもん! ねぇねぇ見て見てお母さん! いろんなものがいっぱい売ってるよ。村じゃ見たことないものばっかり!」


「フフッ、そうねエルザ。でも、あんまりはしゃぎすぎて転ばないようにね」


 お母さんは腰をかがめ、やさしく私に目をあわせる。

私とおそろいの、長い黒髪と紫の瞳がキラキラした、きれいな顔立ち。

そんな村でも自慢のお母さんに、私はニカッとはにかんで自信満々にこたえた。


「もうっ、だいじょうぶだよお母さん! 私そんなにドジじゃないもん!」


「エルザ、そう言ってあなたはこの前もケガしちゃったでしょ? 『ファーグリンの街に着いたらお母さんと手を繋ごうね』って約束したのちゃんと覚えてる?」


「だいじょうぶだいじょうぶ! 私ひとりでも平気だもん!

――あっ、あっちにもお店があるよ!」


 私はお母さんの手をはなれて、またお店のまえまでとっしんする。

ジュージューとぶあついお肉があみの上でやかれており、こうばしいにおいが私の鼻のあなをくすぐった。


「うわぁ~っ、いいにおいがする~! お母さん、これなんのお肉かな?」


「それは羊の肉よ。ウチの村じゃ見かけないけど、西のほうへ行くとたくさん獲れるって聞いたわ。ちょっとクセはあるけど、柔らかくて美味しいわよ」


「へぇ~そっかぁ! 私、ひつじのお肉なんてはじめて見たよ~」


 とたんに、私のお腹がぐぅ~っとなる。

そういえば、昨日の夜馬車にのってからなにも食べてない。


 お肉のちかくには、木の板でつくられた値札がおかれている。

……村で売られているお野菜よりも、とってもたかい。

私はちょっとドキドキしながら、お母さんのほうへふりむいた。


「……ねぇねぇお母さん、これ買ってもいい? あんまりお金使ったら、やっぱりお父さんにもしかられちゃうかな?」


「ううん、いいわよエルザ。だって今日はあなたの誕生日なんだもの。エルザが欲しいもの、何でも買ってあげる」


「えぇっ、ホントに!? やった~!!」


 私はさっそくひつじのくし焼きを2本買ってもらい、お母さんと手をつないで食べ歩く。うん! お肉のしるがジュワッとでて、かみごたえたっぷり!


 こんなにおいしいものが食べられるなんて街ってサイコー!

今日は私が5才になる誕生日、しあわせいっぱいな気分になった!


「ぷは~、食べた食べたぁ! こんなにおいしいもの食べたのうまれてはじめてだよ~。私の村にもひつじがいたらいいのにぃ」


 私はふっくらとしたお腹をなでながら、お肉のカンゲキをお母さんにつたえる。

そんなこうふんする私にお母さんはウンウンとうなずき、しずかに見おろしてほほえんでいた。


「ふふ、そうねエルザ。ウチの村はお野菜ばっかりだものね」


「うん! トマトスープもおいしいけど、やっぱり私、お肉のほうが好きだよ。あ~あ、もし私がここに住んでたら、きっと毎日おいしいお肉が食べられるんだろうなぁ」


 そう言った時だった。お母さんはいきなりピタリと足を止める。

ものすごく急だったので、私はまえのめりになってグイっと体を引っぱりもどされた。キョトンとしてふりかえると、お母さんはどこか遠くを見ており、笑顔がきえていた。


「……ここが、地図に描いてあった場所ね」


 ちいさな声でつぶやくと、お母さんは街のまわりを見わたしはじめる。

まるでどろぼうみたいにコソコソして、手からじっとり汗をかいていた。

そんないきなりようすが変わってしまったお母さんに、私は不思議になって声をかける。


「どうしたのお母さん? なにかさがしもの?」


「…………」


 けれど、お母さんからなにもへんじがない。

ただ遠くのほうにある建物をじっと見つめたまま、うわの空でかたまっている。

そういえばさっきまでずっとにぎやかだったのに、このあたりはあんまり人がとおってない。


「あっ! もしかしてお父さんのお土産かんがえてるの? 今日は買いだしに来たんだもんね! せっかくだから、お父さんにもひつじのお肉買ってあげたら?」


「……エルザ」


 ぼんやりした表情がフッときえて、お母さんはまたやさしい笑みで私と目をあわせる。つながれていた手がほどかれて、お母さんはそっと一歩うしろにさがった。


「今からお母さんね、大事な用事があってちょっと寄らないといけない場所があるの。だから、エルザはそこのベンチで待っててくれる?」


 お母さんが目をむけたのは、ポツンと街のすみに置かれたベンチだった。

そのベンチには木のかげがチラチラとおちていて、だれも使っているようすがなかった。


「えっ? だったら私もいっしょに行く!」


「ダメ。そこは大人の人しか入っちゃいけない場所だから。エルザとは一緒に行けないの。すぐに戻ってくるから、いい子にして待っててくれる?」


 そう言ってお母さんは、私の頭のうえにポンと手のひらをおいた。

真剣なまなざしで私を見つめて、ただじっと私がへんじするのを待っている。


「うんわかった! 早く帰ってきてねお母さん!」


 私は元気いっぱいに手をふってお母さんをおくりだす。

それを見とどけるとお母さんはニコリと笑い、そのまま街のおくへと遠ざかっていった。




 それからお昼になり、お日さまの日ざしがつよくなった。

冬のさむさが少しやわらぎ、私はベンチにすわってお母さんの帰りを待ちつづけた。


(お母さんおそいなぁ。大事な用事ってなんだろう?

……あっ! もしかして私のプレゼントかな? 今日は私の誕生日だもんね!)


 私はひらめき、ウキウキしながらお母さんがなにを買ってくるのかかんがえる。

ヒントをさがしてみようとあたりを見わたすと、お店はなくて人がすむ家ばっかりだ。あいかわらずこの道は人どおりが全然なくて、まわりの景色はひっそりとしていた。



 それからお日さまがしずみ、夕方になった。

まわりの景色はすっかりうす暗い赤色にかわり、さびしさを感じるほどしずかになった。


(お母さんぜんぜん戻ってこないなぁ……。もしかして迷子になってる? むかえに行ったほうがいい?


 ……ううんダメダメ! 『いい子にして待ってて』って言われたんだもの! ちゃんとお母さんのこと待たなきゃ!)


 私は立ちあがりたい気もちをぐっとこらえて、お母さんの帰りを待ちつづける。

やがて赤い景色はどんどん黒くなっていき、まわりの家の窓からはポツポツと明かりがともりだした。



 それからお日さまがいなくなり、夜になった。

冬のさむさが一気にまし、手がカサカサになるほどつめたくなった。


「…………おかあ、さん」


 白い吐息といっしょに、かぼそい声がもれる。

私のまわりにはだれもおらず、私の声はだれにもとどいていない。

あたりはシンと音のないセカイになって、星空すら見えなくなっていた。



 それから、朝をむかえた。

灰色にくぐもった空から、どしゃぶりの雨がザァーザァーとふりだす。

冬の雨は突きさすようにいたくて、靴の中まで雨つぶがいっぱいになった。


 それでも私は、ただひたすらお母さんのことを待ちつづける。

ふるえが止まらなくなった体をぎゅっとだき、お母さんがむかえにきてくれる帰りのときを待ちつづける。


 でも、雨はずっとやまない。




 ――それからいくら待っても、お母さんは戻ってこなかった――


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