遺跡へ
砂漠の朝は、暗く、冷たい。
夜の熱をすべて吸い取られた地面は硬く、空気は肌を刺すように冷え切っている。
遠くの地平線が、わずかに色を変え始めた頃――ボルダーは浅い眠りから目を覚ました。
夢は、見なかった。
正確には、眠りが浅すぎて、夢に沈む前に何度も意識が浮上していた。
「……」
声も出さず、ボルダーは寝床から這い出る。
まるで体の中に溜まっていた泥が、重力に引かれて流れ落ちていくような感覚だった。
食堂に足を向ける。
壁に吊るされた干し肉――パララの肉を削ぎ取り、
傍らに置かれていたガビの実をその上に乗せて、無言で齧り付いた。
辛い。
舌が痺れるほどの刺激が、眠気を強引に引き剥がす。
外に出ると、まだ陽は昇っていない。
藍色の空を仰ぐと、遠くで一羽のバチャガムが羽音を立て、巣へと戻っていくのが見えた。
(……いつも通りだな)
自分の周りだけが、何も変わっていないように見える。
それが、逆に不気味だった。
「コル・ヴォル」
短く呟き、指先に火を灯す。
松明に火を移し、ボルダーは獣舎へと足を運んだ。
昨夜の動乱が嘘のように、
デンドラたちは穏やかな寝息を立てて眠っている。
六本脚の巨体が、ゆっくりと上下する。
水を蓄えた腹部が、柔らかく揺れていた。
「……大丈夫だ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま呟く。
ボルダーは一息つき、飼料箱を開けた。
アームルの果実とミルズバムリの葉を混ぜた餌を放り込み、慣れた手つきで、何匹かのデンドラの毛を刈る。
刃が毛を裂く、一定の音。
その単調さが、心を落ち着かせてくれた。
やがて、日が昇り始める。
獣舎の奥から、もぞもぞとした動きが広がり、
デンドラたちが目を覚まして、のそりと立ち上がった。
「焦らず食うんだぞ」
声をかけながら、餌を補給する。
水獣たちは、ゆっくりと、確実に餌を口に運んでいく。
その様子を眺めながら、ボルダーは壁にもたれて休憩を取った。
この時間だけは、何も考えずにいられる。
――本当は、ここに残りたかった。
だが、そうもいかない。
食事を終えたデンドラの中から、
若い個体を二体、そして、まだ幼い一体を選ぶ。
「行くぞ」
静かに声をかけ、獣舎を後にした。
集落の中央では、すでに準備が整っていた。
「揃ったか」
低く、落ち着いた声。
ガルーシャ・シンバルが、ゆっくりと立ち上がる。
黒獣隊の漆黒の鎧は、朝の光をほとんど反射しない。
デンドラを引く青年の姿を見て、
ガルーシャは一歩、前に出た。
「……貴様が、ボルダーだな」
その声を聞いた瞬間、
ボルダーの胸が、強く締め付けられた。
頭から足先まで、漆黒に包まれた異様な男。
だが、その声だけは――
間違いなく、記憶の中のものだった。
「……兄さん」
短く、応じる。
それ以上の言葉は、出てこなかった。
拳は、無意識のうちに強く握りしめられている。
ガルーシャは、それ以上何も言わない。
視線を外し、淡々と告げた。
「では、行くとしよう」
それだけだった。
再会に、感情的な言葉はない。
謝罪も、説明も、確認も。
ただ――
歩き出すしかない状況が、そこにある。
砂漠の朝日が、ようやく地平線を越えた。
兄と弟は、言葉を交わさぬまま、
同じ方向へと歩き始める。
遺跡へ。
それが、二人を再び繋いだ場所。




