表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

雨季を暮らす者たち

雨季の集落は、静かな恐怖を抱えている。


人々は歌い、酒を飲み、笑い合う。

そんな時でも、誰も忘れない。


乾季のあいだに蓄えた食料が、どこまで持つのか。

それは、誰にも分からない。


外へ出ることはできない。

出た者は、戻らない。


それが、この地の“常識”だった。


雨季の砂漠は、もはや砂漠ではない。

砂は泥となり、地形は流動し、目印はすべて失われる。


そして――

そこを支配するものがいる。


砂雨獣シューマ。


雨と共に現れ、雨と共に消える獣。

巨大な体躯を持ち、四肢はなく、泥の中を泳ぐように移動する。


一度、進路に入れば逃げ場はない。

人も獣も区別しない。

牙と体重だけで、すべてを引き裂き、飲み込み、砂へと還す。


雨季の王者。


そう呼ばれる理由は単純だった。

――逆らえないからだ。


集落の年長者たちは、子供にこう教える。


雨が降ったら、外に出るな

掻き分ける音が聞こえたら、祈れ

地面が揺れたら、もう遅い


それでも――

彼らは、ここで生きてきた。

何世代も前から。


シューマが現れると分かっていながら。


理由は、いくつもある。


雨季の巡りを読む知恵。

集落の位置。

蓄えの分配。


そして――

もう一つ。


泥獣アーガイン。


それは、砂漠に棲む小型の生物だ。

体長は人の子供ほど。

彼らも雨と共に姿を現し、獲物を求めて徘徊する。

その肉体は泥で構成されており、栄養に溢れた土壌となる。


砂漠の民は彼らを狩り、肉体を耕し、種を植える。

そうやって砂漠の民は食い繋いできた。


アーガインの肉体は、作物に凄まじい速度で成長を促し、短期間での収穫を可能とする。

それは雨季だからこそ、もたらされる恵みであった。


だから人は、雨季を恐れながらも拒まなかった。


シューマが奪い、

アーガインが与える。


奪うものと、残すもの。

その狭間で、人は生き延びてきた。


それが、この地の理であり、

雨季を暮らす者たちの知恵だった。


集落では、雨の合間を縫って最低限の作業が行われる。

水路の補強。

貯蔵庫の点検。

腐りやすい作物の選別。


すべては静かに、手早く。


無駄な声は出さない。

無駄な動きはしない。


誰もが、油断してはいけないと覚悟している。


泥の下では、

シューマが、音もなく巡っている。


その気配を、

誰も確かめることはできないが、恐れるだけでは生き残れない。それが砂漠の掟だからだ。


ボルダーもまた、そんな雨季に順応する。村人たちに交わり、運ばれてきたアーガインを耕す。


鍬を振るう手つきは、相変わらず拙い。

だが、誰もそれを咎めない。


今は、腕の良し悪しではない。

“ここにいる”という事実こそが、重要だった。


泥は重く、粘つく。

掘り返すたび、湿った土の匂いが立ち上る。


アーガインの肉体は、すでに形を失い、

黒く柔らかな土へと変わっている。


そこに種を落とし、覆い、踏み固める。


それだけの作業だ。


だが、土はすぐに応える。

数日も経たぬうちに芽が出る。

葉が広がり、色が濃くなる。


雨季の恵み。


それを前にして、誰も喜びの声を上げない。

ただ、黙って頷く。


――今年も、生き延びられる。


その確認だけが、そこにあった。


ボルダーは、鍬を止め、ふと手を休める。


胸の奥に、かすかな違和感が残っている。


恐怖ではない。

不安とも違う。


ただ、

この光景を“以前にも見たような気がする”。


理由は、分からない。


鍬を握る掌に、熱はない。

鼓動も、普段と変わらない。


それでも、

土の中に埋めた何かが、

自分を見返しているような錯覚だけが残る。


(……考えすぎだ)


そう結論づけ、再び鍬を振るう。


今は、雨季だ。

外に出れば命は無い。


図らずとも、ボルダーはここに立ち止まるしかなかった。


砂漠の理は変化しない。

シューマは奪い、アーガインは与える。


その循環の中で、人は生きる。


――少なくとも、

そう信じてきた。


雨は、今日も降り続いている。

集落は、静かに息をしている。


だが、

その理が“いつまで同じ形で続くのか”を、

誰も、確かめようとはしなかった。


それが、

雨季を暮らす者たちの、

最後の掟だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ