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進む季節、止まる者

砂漠に雨季が来た。

雨は平等に降り注ぐ。

砂は泥となり、蠢く。

砂漠に生きる獣たちは様相を変え、水と共に生きる獣が跋扈する。


昨日までの道は、もう道ではない。

踏み固められていたはずの足跡は崩れ、

地形そのものが、別の顔を見せ始めていた。


それは、毎年のことだ。


誰もが知っている。

砂漠は、雨季になると姿を変える。

だから人は慌てない。

だから村は騒がない。


――ただ、今年は少しだけ違った。


村の外れ、遺跡へと続く方角を、

誰も見ようとしなくなった。


理由は、語られない。

必要がないからだ。


人は、分かっている。

帰ってこない者がいることを。

探しに行かない理由も。


ボルダーは、村の片隅でそれを感じていた。


雨に濡れた地面を踏む感触が、まだ足に残っている。

身体は回復してきているはずなのに、

感覚だけが、どこか噛み合わない。


(……雨季だ)


それだけで、時間が進んだことを理解させられる。


パイリーの姿は、村にない。

アルバンの名も、誰の口からも出ない。


それが答えだった。


誰も説明しない。

誰も確認しない。

誰も、慰めない。


砂漠では、それが“普通”だった。


生き残った者は、生きる。

戻らなかった者は、砂に還る。


ただそれだけの理だ。


ボルダーは、何も言わず、空を見上げる。


低く垂れ込めた雲。

どこまで行っても、青は見えない。


(……俺は……)


言葉にしようとして、やめた。


何かを口にした瞬間、

この静かな均衡が崩れてしまう気がしたからだ。


雨音が、強くなる。


砂漠は、今日も変わらず姿を変え続ける。

何もなかったかのように。

誰もいなかったかのように。


――ただ一人、

その変化に取り残された者を残して


雨が、しとしとと音を変えた。


強さは変わらない。

ただ、長く降り続くことを思い出させるような、粘ついた雨だ。


ボルダーは、村の外れに立っていた。

濡れた地面に足を取られながら、あてもなく歩き、

気づけば、人の行き交いから少し外れた場所に来ていた。


遺跡の方角は、雲に隠れて見えない。


見えないからといって、

忘れられるわけではない。


(……終わったんだ)


そう思おうとして、胸の奥で何かが引っかかる。


終わった、という言葉は簡単だ。

だが、それは区切りをつける言葉でもある。


区切るには、あまりにも多くのものが、

まだ胸の内に沈んだままだった。


足元の泥が、ぐずりと音を立てる。

踏み出すたびに、わずかな抵抗が生まれる。


――進みにくい。


それは地面のせいだけではなかった。


「……」


口を開きかけて、閉じる。

誰かに話すべき言葉がある気がして、

それが何なのか分からない。


雨季は、人の都合を待たない。


砂漠にとっては、恵みであり、試練であり、

ただの季節の巡りだ。


だが人にとっては、

“今”を置き去りにしていく合図でもあった。


背後で、足音がした。


重たい足取り。

聞き慣れた、獣を扱う者の歩き方。


「……ここにいたか」


低い声。

振り返るまでもない。


マルバだった。


濡れた外套の裾から、水滴が落ちている。

雨の中を、探して歩いてきたのだろう。


「起きてから、姿が見えなかった」


責める口調ではない。

だが、放っておける状況でもない。


「……すみません」


反射的に言って、

その言葉が何に対するものなのか、自分でも分からなくなる。


マルバは、少しだけ間を置いた。


「村長たちが来る」


その一言で、空気が変わった。


「遺跡の件は放っておけん。

 お前が戻ったとなれば、なおさらだ」


“戻った”。


その言葉が、胸に刺さる。


「何があったか、話せ」


命令ではない。

だが、拒否できる問いでもなかった。


ボルダーは、雨に濡れた掌を見下ろす。


何も持っていない。

何も掴んでいない。


それなのに――

話さなければならない。


「……分かりました」


短く答える。


それ以上の言葉は、まだ出てこない。


マルバは、それで十分だと判断したのか、

視線を村の方へ向けた。


「急がなくていい。

 だが、あまり待たせるなよ」


そう言い残し、踵を返す。


一人残されたボルダーは、

再び、見えない遺跡の方角へ目を向けた。


雨は、相変わらず降り続いている。


砂漠は、もう次の季節へ進んでいる。


――だが、

自分だけが、まだあの場所に立ち尽くしている。


そう、はっきりと理解していた。

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