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闇と赤光

「……任務、完了」


緑の光が、黒鎧の男の掌に収まっていた。


闇の底へ落ちていく者に、

それを止める力は残されていなかった。


……暗い。


それが、最初に浮かんだ感覚だった。


音がない。

風もない。

身体の輪郭すら、もう分からない。


落ちているはずなのに、

下も上も、どこにも存在しなかった。


(……まだ、生きてる……?)


そう考えた瞬間、

胸の奥を、焼けるような痛みが走る。


息を吸おうとして、

肺が軋む。


吐こうとして、

何も出てこない。


自分の声が、

どこにも届かない。


指を動かそうとして、

動いているのかどうかさえ、分からなかった。


思考だけが、遅れて落ちてくる。


パイリー。

アルバン。

兄の背中。


次々に浮かんでは、闇に溶けていく。


(……逃げろって……言われたのに……)


悔しさなのか、

恐怖なのか、

それとも――ただの虚無なのか。


感情の区別すら、もうできなかった。


ただ一つだけ、

はっきりと分かることがあった。


――ここには、誰もいない。


助けも、答えも、

光すら存在しない。


闇は、何も語らず、

何も拒まず、

ただ、落ちてくるものを受け入れていた。


(……終わり、か……)


その思考を最後に、

意識は、ゆっくりと沈んでいった。


意識が、底へ沈みきる――

その直前だった。


闇の中で、

何かが、揺れた。


音ではない。

光でもない。

それでも確かに、“違和感”があった。


沈みゆく思考の奥で、

微かな熱が灯る。


――違う。


この闇は、空っぽではない。


胸の奥。

獣石に触れた掌の感触が、遅れて蘇る。


あの、脈打つ感覚。

鼓動のようで、鼓動ではない、異物の存在。


(……まだ……)


まだ、何かが――


闇が、わずかに軋んだ。


まるで、巨大な何かが身じろぎするように。

底の見えない暗黒が、“深さ”を持った瞬間だった。


――問いかけが、落ちてくる。


言葉ではない。

音でもない。


それは、直接、思考の内側に触れてきた。


まだ、終わりを望むか。


息が詰まる。

いや、そもそも息などしていない。


それでも、ボルダーの中で、

何かが必死に答えようとしていた。


(……終わり……?)


パイリーの声。

逃げろ、と叫んだ必死な顔。


アルバンの背中。

何も言わず、前に立った姿。


兄の影。

遠ざかっていく、あの背中。


(……こんな……)


こんな場所で、

何も分からないまま終わるなんて。


悔しさが、

ようやく“感情”として形を持った。


ならば、問おう。


闇が、応える。


力を望むか。

それとも、ただ救われることを望むか。


選択。


その言葉が、

重く、深く、胸に落ちる。


ボルダーは答えを探すように、

必死に思考を掻き集めた。


兄を倒したいわけじゃない。

必死にもがきたいわけでもない。


ただ――


(……失ったまま、終わりたくない……)


その瞬間。


闇が、炎を孕んだ。


暗黒の底で、

赤く、静かな火が灯る。


それは焼き尽くす炎ではない。

包み込むように、確かに“生きている”火だった。


よかろう。


声に、微かな笑みが混じる。


ならば、手を取れ。

これは救いではない。

これは――契約だ。


闇の中に、

一本の“腕”が差し出される。


燃え盛ることのない、

しかし決して消えぬ、炎の輪郭。


ボルダーの意識は、

その光に引き寄せられるように――

再び、浮上を始めた。


炎の腕に触れた瞬間、

熱は痛みではなく、“重さ”として伝わってきた。


燃えているはずなのに、

焼かれない。


拒絶も、抱擁もない。

ただ、等価であることを求める力。


――条件がある。


思考の奥に、静かな圧がかかる。


与えた力は、私のものではない。

お前の中に“置く”だけだ。


その意味が、

ゆっくりと理解に落ちてくる。


(……借りる……?)


違う。


借りるのではない。

背負うのだ。


闇の奥で、炎が揺らいだ。


私が手を差し伸べるのは、

失われたものを嘆く者ではない。


奪われたものを、

自ら取り戻そうとする者だけだ。


胸の奥が、僅かに軋む。


緑の光。

兄の掌に収まっていた、あの獣石。


(……取り返せ、って……)


言葉になるより先に、

答えが落ちてきた。


あれは、本来――

この世界に“放たれてはならない”ものだ。


――目覚めるべき時を、間違えている。


炎は、確信をもって告げる。


黒鎧の男が持ち去った獣石。

それを、再びこの地に戻せ。


それが、

お前に与える役目だ。


役目。


その言葉に、

僅かな震えが走る。


(……できなかったら……?)


問いは、即座に返された。


その時は、ここまでだ。


救いはない。

逃げ場もない。


だが――


炎が、ほんのわずかに和らいだ。


それでも進むというなら、

私は、お前を拒まない。


契約とは、命を守ることではない。

選び続ける意志を、最後まで見届けることだ。


闇の底で、

炎の輪郭が、はっきりとした“姿”を結び始める。


まだ名は告げられない。

だが、それが何者であるかは――

本能が理解していた。


(……取り返す……)


震える思考の中で、

それでも言葉を選ぶ。


(……俺は……)


英雄でもなく、

救世主でもなく。


ただ、失ったまま終わることを拒んだ、

一人の人間として。


(……行く……)


その瞬間。


炎が、確かに“笑った”。


ならば誓え。


奪われた獣石を、

お前自身の意志で取り戻すと。


それが叶った時――

私は、次の問いを与えよう。


炎が、掌から溶けるように広がり、

闇そのものを押し退けていく。


落下ではない。

浮上でもない。


――目覚めだ。


熱と共に、

世界の重さが戻ってくる。


まだ、何も始まっていない。


だが確かに、

運命は――ここで動いた。

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