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選択された運命

「コル」


ガルーシャが短く呟いたその瞬間を、アルバンは聞き逃さなかった。


剣から即座に手を離し、反射的に距離を取る。

判断は早かった。

この男の詠唱に、猶予はない。


「ヴォルガルガンダー」


閉所かつ至近距離で放たれる最上級の火炎。


「な……馬鹿な……!」


明らかな自爆行為だった。

先行したはずの回避は無駄だと悟ったアルバンは、歯を食いしばる。


地を走る火炎、

蛇のように這い寄る業火が、宙行く足を絡めとる。


服は燃え、肌は焼かれ、肉が焦げていく。


着地と同時に、身体が崩れ落ちる。

炭化した脚は、もはや自分の体重すら支えきれなかった。


「……ヌウッ……!」


喉の奥から、掠れた呻きが漏れる。


視界が揺れる中、アルバンはそれでも顔を上げた。

目の前に立つ、煤の香りを漂わせる黒い鎧。


血が溢れている。

だが、ガルーシャはそれを一顧だにしない。


まるで――

最初から“死”という概念が存在しないかのように。


「……無駄、だ」


淡々とした声。


ガルーシャは突き刺さったままの剣を引き抜き、だらりと腕を下ろす。

床に落ちる血音だけが、やけに大きく響いた。


溢れ出る血を気にする素振りすらないその姿を見て、

アルバンは、ようやく理解する。


――ああ……こいつは……人間じゃない。


「ッ……!」


それでも、アルバンは目を逸らさなかった。


覚悟の時が来たのだと、

身体より先に、心が理解していた。


ガルーシャが、腕を振り上げる。


「ハァッ……ハァッ……!」


一方で、ボルダーは必死に進んでいた。


右脚を撃ち抜かれた痛みが、遅れて全身を支配する。

床に手をつき、歯を食いしばりながら、這うように前へ。


「……クソッ……!」


抑えた手に力が籠もり、血が滲む。


視界の先に、出口がある。

ただそれだけを信じて、足を引きずる。


額を伝う汗が、床に落ちる。


その時だった。


――静かだ。


「まさか……」


さっきまで背後にあった、

剣戟の音も、魔力の唸りも、すべてが消えている。


胸が、嫌な音を立てた。


心臓が、張り裂けそうだった。

まさに今、恐怖に押し殺されようとしている。


考える余裕はない。

逃げるしかない。

逃げなければならない。

そう選んだから。


だが――


「逃がさんぞ、ボルダー」


声が、背後から届く。


思わず振り返ってしまった。

そうしてはいけなかったと、後悔が走るよりも早く、兄の姿に目を奪われる。


炎に照らされた漆黒。

揺らめく影。

死の輪郭は一歩、また一歩と近づいてくる。


蛇に睨まれた蛙のように、身体が、手が、足が動かない。


「――ッ!」


目と鼻の先、絶対者が立ち塞がる。

次の瞬間、身体を掴まれた。


ガルーシャは腕を振り、ボルダーが投げ飛ばされる。

歪んだ石を、護らなければならないそれを、思わず手放してしまう。


床に叩きつけられた衝撃で、肺の空気が一気に抜けた。


「……ッ……!」


緑色の光を漏らす獣石が、カランカランと転がり、

やがて穴の前で止まる。


ガルーシャが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

兜から覗くのは、紅い眼光。


起き上がろうと床に手をつく。

だが――


ドン、と重い衝撃。


ガルーシャの足が、ボルダーの背中を踏み付けた。


息が、止まる。


指先に、魔力が集まるのが分かる。


「コル――」


「待ってくれ、兄さん!」


その言葉が、空間を裂いた。


詠唱が、止まる。


一瞬。

本当に、一瞬だけ。


二人の間を、完全な無音が支配した。


時間が止まったかのようだった。


「……兄さん……」


ボルダーは、必死に言葉を紡ぐ。


「何故……何故、こんなことを……!」


ガルーシャの表情が、わずかに歪む。


「何故、だと?」


吐き捨てるような声。


「必要だからだ」


踏み付ける力が、一層強まる。押さえつけられた肺から空気が逃げ出す。


「そしてこれは――」


剣が、ゆっくりと振り上げられる。


「清算だ」


決着を告げる言葉。


刹那――


閃光。


世界が、白に塗り潰された。


衝撃に押し出され、ガルーシャの身体が弾かれる。


「……まさか、と思ったけど」


聞き慣れた声。


「恨むわよ、ガルーシャ・シンバル」


光の中に、双杖の女が立っていた。

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