真意
扉の先には、一本の道が真っ直ぐに伸びていた。
その左右には穴が空いている。
覗き込めば、底の知れない深淵が口を開けていた。
そこには光はおろか、音すら吸い込まれて消えていった。
そして――
この橋の果て。
そこが、この遺跡の最深部なのだろう。
湿り気を帯びた濃密な魔力が、霧となって漂っている。
荘厳さすら感じさせる巨大な柱が一本、静かに佇み、その表面からはまるで樹木の様に、枝が無秩序に伸びていた。
柱の中心部。
そこから、淡い光が明滅している。
生きているかのように。
「……ボルダー」
ガルーシャが足を止めた。
「行け」
短い命令。
アルバンは息を呑み、その背中を見守る。
逃げ場のない一本道。
戻るという選択肢は、最初から存在しなかった。
ボルダーは枝を掻き分け、柱の中心へと近づく。
手を伸ばし――
触れた瞬間。
膨大な力が、逆流するように流れ込んできた。
(――ッ!?)
意識が揺らぐ。
世界が遠のき、足元が崩れかける。
その肩を、強く掴む手があった。
「大丈夫か!」
アルバンだった。
ボルダーは息を整え、じっと“それ”を見つめる。
恐怖ではない。
理解しようとする視線だった。
そして――
「……大丈夫です」
勢いよく、それを引き摺り出した。
枝が軋み、柱が低く唸る。
現れたのは、獣石。
だが、これまで見てきたどの獣石とも違う。
歪で、濁っていて、どこか“古い”。
「……これは、一体……」
アルバンが眉をひそめる。
その瞬間、ガルーシャは確信していた。
目的は、果たされた。
「ご苦労」
淡々とした声。
「引き返すぞ」
ボルダーは思わず、表情を緩めた。
終わったのだと――そう、信じた。
踵を返し、来た道へ足を伸ばす。
その背後から、ガルーシャの声が落ちる。
「感謝するぞ、ボルダー」
そして――
静かに、ゆっくりと腕が伸びた。
キィン――!
鋭い金属音。
ボルダーは弾かれたように振り返る。
アルバンが、剣を抜いていた。
その切っ先は、ガルーシャを正確に捉えている。
「……何の、つもりだ」
ガルーシャは、感情のない声で問う。
「悪いが、ここまでだ」
アルバンは一歩も退かない。
「何をしてる、ボルダー!
そいつを持って、早く行け!」
怒鳴るような声。
だが、ボルダーは動けなかった。
「お前……」
アルバンの視線が鋭くなる。
「まだ分からんのか!?こいつはお前を殺して、そいつを奪い去るつもりだ!」
その言葉で、すべてが繋がった。
(……そうか)
ボルダーは歯を食いしばり、背を向けて走り出す。
「逃がさん」
ガルーシャが詠唱を始めると彼の指先が、淡く光る。
集う魔力は一瞬のうちに球を形成し、パチリと枝が伸びる。
その一瞬、ガルーシャは選別を済ませる。
閃光。
空間を突き抜ける雷が一直線に走り――
「ぐッ!」
ボルダーの右脚が正確に撃ち抜かれた。
そして勢いのまま崩れ落ちる。
「……チッ」
アルバンは舌打ちし、ガルーシャへ斬りかかる。
同時に詠唱。
「コル――」
だが、ガルーシャは一瞬で距離を取る。
速すぎる。
詠唱を中断せざるを得ず、アルバンは構え直す。
「……どちらにせよ、か」
ガルーシャはそう呟き、剣を抜いた。
初めて見せる、殺意。
瞬間、ガルーシャが肉薄する。
「ぐおッ……!」
アルバンの身体が弾かれる。
その剣戟は、もはや人の速度ではなかった。
致命を避けるだけで、精一杯。
度重なる金属音の応酬、僅かな隙も見せない強敵を前に、アルバンは反撃の糸口を紡ぎ出そうと杖に力を込める。
詠唱が、始まる。
だが――
ガルーシャの声が、それを上書きした。
「何……!?」
不可視の刃、不可避の一陣。
次の瞬間、
アルバンの身体が宙を舞った。
身体がズタズタに引裂かれ、そのまま吹き飛ばされる。
ドチャアッ
湿った音と共に、身体が地に叩きつけられる。
血溜まりを形成し、四肢は千切れかけている。
それでも――
ガルーシャは止めなかった。
「コル・ゼルガンダー」
振り落とされる雷霆。
一瞬の轟音が鳴り響き、しかし、それが嘘だったかの様に静寂が訪れる。
肉が焼け、焦げた匂いが立ち込める。
ゆっくりと近づき、ガルーシャは手を伸ばす。
「……これは、返してもらう」
砂虫獣の獣石へ。
だが――
指先は、空を切った。
「……?」
初めて、ガルーシャの表情が揺らぐ。
ズクッ。
背中に、鈍い痛み。
「……幻、術……か」
振り返る。
そこに立っていたのは――
血に塗れたはずの、壮年の男。
その傷痕は、どこにも無かった。
視線を落とし、暗い顔で、鎧の隙間へと刃を通している。
「……抜かせ」
低く、重い声が響き渡った。




