解き放たれる淀み
程なくして、一行は遺跡に辿り着いた。
何もない。
ただ広い砂漠が、どこまでも続いているだけだ。
その中にぽっかりと口を開けた遺跡は、
まるで砂に埋もれた獣の顎のようだった。
風も、音もない。
あるのは、獲物を待っているという気配だけである。
空を見上げると、陽はすでに見当たらなかった。
厚い雲が重く垂れ込み、時間の感覚すら曖昧にしている。
ガルーシャは迷いなく遺跡へ足を踏み入れ――
そして、そこで初めて立ち止まった。
その背中を見て、ボルダーは無意識に息を詰める。
パイリーはガルの背から降り、そして手早く僅かな薪を取り出す。
火を焚く準備をするその動きは慣れているが、指先はわずかに強張っていた。
遅れてアルバンが合流したところで、ガルーシャが口を開く。
「ボルダー」
名を呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
「先頭はお前が行け」
非情な言葉だった。
囮でも、盾でもない。
だが――最初に“踏む”役だ。
一瞬の沈黙。
それでもボルダーは、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「パイリー、少し来い」
アルバンが呼びかける。
「ここから先は、三人で進む。
お前はガルの様子を見ておけ」
パイリーは、即座に睨み返した。
「は? 冗談でしょ」
だが、アルバンは一歩も引かない。
「落ち着け。
この先、どんな罠があるか分からん」
言葉に、重みがある。
「嫌とは言わせん」
パイリーは唇を噛んだ。
言い返そうとして――やめた。
アルバンは、続けようとして言葉を切った。
「……もしも、だ」
それ以上は、言わなかった。
だが、十分だった。
⸻
短い休憩の後、
三人の男は遺跡の奥へと進んだ。
足音が、やけに大きく響く。
「……かなり深いな」
アルバンが呟く。
帰り道を思い描いているのが、手に取るように分かった。
やがて、一枚の扉が現れる。
重く、古い石扉。
ボルダーは一度、呼吸を整え――
意を決して、押し開いた。
「――なんなんだ、これは……」
声が、震えた。
眼下に広がっていたのは、
無数の砂虫獣の死骸。
積み重なり、絡み合い、
まるで“捨てられた”かのように横たわっている。
壁という壁には、巨大な繭が形成されていた。
鼓動のように、微かに脈打っている。
「……たまげたな」
アルバンが、呆然と呟く。
降りてきた通路からは想像もできないほど、
途轍もなく広い空間。
ここは――巣だ。
神秘と、嫌悪と、死が混ざり合った場所。
目眩を感じながらも、それでもボルダーは、足を止めなかった。
恐怖を噛み締めるように、一歩、また一歩と進む。
その背を、ガルーシャは無言で見つめている。
相変わらず感情は読めない。
だが、その視線だけは――確かに、外していなかった。
次へと続く吊り橋は、想像以上に長かった。
足を踏み出すたび、古い木材が軋み、低い音を立てる。
その音が、広すぎる空間に吸い込まれていく。
下を見ないようにしても、否応なく視界の端に入る。
干からびた肉と殻が積み上げられたそれは、まさしく残骸。
「……自然の巣、って感じじゃねぇな」
アルバンが、低く呟いた。
その声すら、この空間ではよそよそしい。
壁に張り付く巨大な繭は、まるで呼吸しているようにも見えた。
ボルダーは、小さく喉を鳴らした。
「……兄さん」
思わず、背後を振り返りかける。
だが、ガルーシャは何も言わない。
ただ、歩調を崩さず、視線だけで周囲を確認している。
吊り橋を渡り切った先、空気が変わる。
湿り気を帯びた、重たい匂い。
腐臭とは違う。
もっと古く、もっと澱んだ匂い。
「……呼吸を整えろ」
アルバンが、珍しく声を落とす。
「長く吸うな。気分が悪くなる」
その忠告に従おうとしても、肺が拒否する。
空気そのものが、重い。
やがて現れる、巨大な扉。
石造りで、装飾はない。
だが、中心には――
見覚えのある紋様。
ボルダーは、思わず足を止めた。
(……木鼠……?)
尾を模したような線。
渦を巻く意匠。
「……触るな」
ガルーシャが、初めて明確に制した。
その声は短く、鋭かった。
「ここから先は……」
言いかけて、止める。
一瞬の沈黙。
「……いや。開けろ、ボルダー」
ボルダーは言われるがまま手を伸ばす。
震えが収まらない。
だが、逃げなかった。
「……行きます」
扉に触れた瞬間、
石の冷たさが、皮膚を通して骨にまで染み込んだ。
軋む音。
ゆっくりと、扉が開いていく。
そして――
彼らは、見ることになる。
御伽話として伝えられた真実。
しかし今この瞬間まで確かに忘れさられていた遺物。
“祭り上げられた過去”を。




