選択
ミルスバッフが砂虫獣の死骸に群がり、白い牙を深く突き立てる。一行には目もくれず、まるで警戒を見せない痩身は欲のままに肉を貪る。
その音は嫌に湿っていた。
その様子を、ガルーシャは静かに観察する。
やがて、興味を失ったかのように踵を返し、歩き出す。
「……おい!」
遅れて現実に戻ったアルバンが、声を張り上げた。
「待て、ガルーシャ!」
腐臭の中に、焦りが混じる。
「まだ二人は動けん!
それに……物資も足りないだろう!」
必死に突きつける現実。
ガルーシャは一度だけ足を止めた。
だが、振り返らない。
背中を向けたまま、淡々と告げる。
「引き返すつもりはない」
あまりに静かな声だった。
怒りも、苛立ちもない。
それがかえって、残酷だった。
「……ミルスバッフどもの狙いは、あれだった」
言葉が続く。
「今は死骸に集中している。
進むなら、今だ」
それだけだった。
再び歩き出す背中には、迷いがない。
「……くそっ」
アルバンは乱暴に頭を掻きむしった。
理解している。
この男は、止められない。
「ボルダー……パイリー……!」
振り返り、声を低く落とす。
「お前たちは、村へ戻れ」
その声には、年長者としての責任があった。
「デンドラはもういない。
この先、お前たちが居ても……足手まといだ」
残酷だが、正しい。
その言葉に、ボルダーは一瞬、視線を落とした。
砂に落ちた影が、微かに揺れる。
だが――
ゆっくりと、彼は顔を上げた。
そして、立ち上がる。
膝に残る震えを、意志で押さえつけながら。
「……俺は」
喉が鳴る。
ひとつ、息を吸った。
「兄について行きます」
短い言葉。
だが、そこに迷いはなかった。
「何を馬鹿な!」
アルバンの声が荒れる。
「聞いていなかったのか!ボルダー!
デンドラはもういない!
お前が行って、何が出来る!」
怒鳴りながらも、その目には焦りが滲んでいた。
ボルダーは、答えない。
ただ、まっすぐにアルバンを見る。
泣き腫らした目。
震えの残る唇。
それでも、その奥には、確かな光があった。
「……俺が」
一度、言葉を切る。
「たとえ間違っていたとしても、俺が、決めた道です」
静かだった。
だが、重かった。
選ばされた道ではない。
押し付けられた役目でもない。
自分で、選んだ。
アルバンは、熱を下げる。
「……道、か」
その一言が、胸の奥を叩く。
遠い記憶が、脳裏をよぎる。
かつて、同じ目をしていた旧友の姿。
「……分かった」
短く息を吐く。
「なら、顔を拭け」
厳しい声だった。
「二度と……
いいか?二度と、弱さを見せるんじゃない」
それは拒絶ではない。
認めたからこその、本心からの言葉だった。
「……私も、まだ行けるわ」
その声が、空気を破る。
パイリーだった。
火鳥獣ガルに近づき、軽やかに跨る。
「ここで引き返したら……
たぶん、一生後悔する」
そう言って、手綱を引く。
迷いはない。
砂を蹴り、ガルが走り出す。
それを追うように、ボルダーも走り出した。
足元がふらつく。
息が荒れる。
それでも、必死に前を見る。
兄の背中を――
あの、遠くて冷たい背中を。
気づけば、その場に残されていたのは一人だけだった。
アルバンは立ち尽くし、漂う腐臭に顔を顰める。
砂虫獣の死骸。
ミルスバッフの群れ。
去っていく三つの背中。
「……若いな」
誰に向けるでもなく、呟く。
だが、その口元は、わずかに緩んでいた。
「……だからこそ、か」
そうして、ゆっくりと歩き出す。
選んだ以上、進むしかない。
それが――
この砂漠の理なのだから。




