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腐った死線

三人は、ほんの一瞬、完全に硬直した。


それは恐怖によるものではない。

あまりにも巨大で、あまりにも現実離れした“それ”を、脳が理解するまでの空白だった。


砂塵の向こうにそびえ立つ柱。

いや――柱ではない。


ゆっくりと蠢くそれは、確かに“生きている”。


「……砂虫獣……」


誰かが、絞り出すように呟いた。


次の瞬間、アルバンが我に返る。


「――コル・ルーガンダー!」


白杖を掲げ、叫ぶように詠唱する。

杖先から迸った水流は、圧縮された刃となり、轟音を立てて砂を切り裂いた。


地を抉り、空気を裂き、一直線に巨大な胴体へと叩きつけられる。


「なぜ……!」


アルバンの声が震えた。


「なぜ、もっと早く気付かなんだ……!」


後悔と怒りが入り混じった叫び。


その声に、パイリーの思考が一気に現実へ引き戻される。


「五月蝿い! 集中して!」


吐き捨てるように言い返し、背負っていた二本の杖を引き抜く。


胸の前で交差させ、深く息を吸う。


「コル――」


砂塵の向こうで、巨大な影がわずかに身じろぎする。


「――ルーガンダー!」


パイリーの詠唱が終わると同時に、濁流が生まれた。


アルバンの水流と重なり合い、二つの奔流が絡み合いながら、砂虫獣へと襲いかかる。


だが――


砂虫獣は、動きを止めない。


巨大な柱が、軋むような音を立てて揺れ、

次の瞬間、空気そのものを引き裂くような金切り声を上げた。


「――っ!」


あまりの音圧に、二人は反射的に耳を塞ぐ。


鼓膜が悲鳴を上げ、頭の奥が痺れる。


そして、砂虫獣は鎌首を下ろした。


裂けた肉塊から現れたのは、

無数の歯が並ぶ、醜悪な口腔。


腐臭が一気に吹き出し、風に乗って広がる。


その瞬間――


「……チッ」


乾いた舌打ちが、異様なほど冷静に響いた。


ガルーシャだった。


彼は、武器を取らない。

詠唱も行わない。


ただ、幼いデンドラの背へと、指先から火を走らせた。


「――ッ!」


熱に驚いたデンドラが悲鳴を上げ、反射的に前方へ駆け出す。


その動きにつられ、もう一体のデンドラも後を追う。


「ボルダー」


淡々とした声。


「何をしている。

早く、その手を離せ」


ボルダーの思考が、凍りついた。


理解している。

理解してしまっている。


――囮だ。


目を閉じる。


現実から逃げるように。

だが、逃げ場などどこにもない。


「……ごめんよ」


声が震え、喉が詰まる。


それでも、指を緩めた。


手綱が解け、

デンドラたちは一直線に砂虫獣へと向かって走り出す。


「……ッ!」


異変に気付いたアルバンとパイリーは、即座に距離を取る。


次の瞬間。


ゴオォォン――!!


砂虫獣の巨大な頭部が地面へ突き刺さった。


大地が揺れ、砂が舞い上がる。


ゆっくりと頭が持ち上がり、

走り込んできたデンドラたちを、何の躊躇もなく呑み込んだ。


そして――


砂虫獣の胴体が、異常な速度で膨れ上がる。


内部で、デンドラ達の溜め込んだ膨大な水が爆ぜている。


ガルーシャは、それを見逃さなかった。


一歩、踏み出す。


砂を踏みしめ、掌を真っ直ぐに突き出す。


「……コル・ゼルガルガンダー」


呟くような詠唱。


次の瞬間――

世界が、白に塗り潰された。


稲光が空を裂き、

雷が奔り、

膨れ上がった砂虫獣の胴体を、内部から一閃する。


轟音。


光。


爆ぜる砂。


巨大な胴体が、力を失って崩れ落ちた。


静寂。

焼け焦げた匂いが蒸気と共に溢れ出る。


砂塵の向こうで、パイリーは呆然と立ち尽くしていた。


「……最上級の……雷術……」


掠れた声。


アルバンもまた、言葉を失っていた。


理屈では分かる。

だが、理解は追いつかない。


同じ“術者”でありながら、

そこにあったのは、埋めようのない隔たりだった。


ガルーシャは、すでに視線を逸らしていた。


崩れ落ちる砂虫獣にも、

犠牲になったデンドラにも、

感情を向けることなく。


まるで――

最初から、結果を知っていたかのように。

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