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誰にも届かなかった僕の声が、君にだけ響いた。  作者: ひとひら


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31/33

第30話 不安だらけの僕が、君と苺の午後を過ごしてラジオ出演を決めるまで

電話から三日が経った。

その間、僕の頭の中は、ずっと同じことで埋め尽くされている。


ラジオに出るべきか。

それとも、断るべきか。


答えは、まだ出ないままだ。


「零くん、また考え込んでる?」


心音さんが、少し心配そうに声をかけてくる。


「……ごめん」


「謝らなくていいよ。悩むのは当然だし」


そう言って、心音さんは僕の隣に腰を下ろした。


「でもね、あんまり一人で抱え込まないで」


「……うん」


僕はスマホをテーブルに置いた。

画面には、Harmoniaのアプリが開いたままだ。


Re:Voice

フォロワー数:12,456


また、増えている。

コメント欄にも、毎日新しいメッセージが並んでいた。


『ラジオ出るって本当ですか?』

『まとめサイトで見ました。楽しみにしてます!』

『無理はしないでくださいね』


まだ何も決めていないのに、噂だけが先に広がっていく。


「……みんな、期待してくれてる」


小さく呟くと、胸の奥がきゅっと苦しくなった。


「でも、僕は……」


言葉が続かない。

応えたい気持ちはある。

それでも、怖かった。


表に出ることが。

注目されることが。


「零くん」


心音さんが、そっと僕の手を握った。


「無理に出る必要はないよ。断ったって、誰も責めない」


「……でも」


「でも?」


「せっかくのチャンスなのに……」


俯いた僕の言葉を、心音さんは黙って聞いてくれている。


「逃げてばかりじゃ、何も変わらない気がして。でも……」


息を吸う。


「怖いんだ。もっと注目されたら、正体がバレるかもしれない。

義理の両親に、知られるかもしれない」


その瞬間、自分でも気づいた。

僕が一番恐れているのは、きっとそれだ。


「零くん」


心音さんが、真剣な表情で言った。


「もし、知られたら……どうなると思う?」


「……わからない」


正直な答えだった。


「多分、何も言わない。興味もないと思う。でも……」


胸が苦しい。


「それが、一番辛いかもしれない」


心音さんは何も言わず、僕を抱きしめてくれた。


「零くん、もう両親に認められなくてもいいんだよ」


「……頭では、わかってる」


「心が、追いつかないんだよね」


「……うん」


温かい腕の中で、僕は小さく頷いた。

この温もりがあっても、過去の傷は簡単には消えない。


その週末、僕は再びカウンセリングを受けた。


「ラジオ出演の話は、どうですか?」


「……まだ決められていません」


「一番の不安は?」


少し考えてから、答える。


「表に出ることです。今は匿名で歌っていて、それが安全で……」


「でも、注目されると?」


「正体がバレるかもしれない。特に、義理の両親に」


先生は静かに頷いた。


「認めてもらえない現実を、改めて突きつけられるのが怖いんですね」


胸が締めつけられる。


「……はい」


「それは、とても自然な感情です」


先生は穏やかに続けた。


「ですが、水無月さん。

あなたが愛されなかったのは、あなたのせいではありません」


「……」


「ただ、その人たちには愛する力がなかった。それだけです」


涙が溢れた。


「今のあなたには、心音さんがいる。

そして、あなたの歌に救われている人たちがいる」


先生は、最後にこう言った。


「ラジオに出るかどうかは、あなたが決めていい。

でも、出るなら――誰かに認められるためじゃなく、

あなた自身のために」


帰り道、僕は心音さんに言った。


「……ラジオに出ようと思う」


「本当に?」


「怖い。でも、僕のために、挑戦したい」


心音さんの目が潤んだ。


「一緒に、行ってくれる?」


「もちろん。どこまでも」


冷たい冬の風の中、僕たちは抱き合った。


その夜、田中さんにメールを送った。


『ラジオ出演の件、お受けいたします』


送信ボタンを押す。


「……送った」


「零くん、すごいよ」


「まだ、何も始まってないけど」


「決めたことが、すごいの」


心音さんが、誇らしそうに微笑んだ。



スマホが小さく震えた。

画面を見ると、田中さんからすぐに返信が届いている。


『Re:Voice様

ご連絡ありがとうございます!

ご出演をお受けいただけて、本当に嬉しいです。

詳細につきましては、改めてお電話でお話しできればと思います。

明日の夕方、お時間はありますでしょうか。

一緒に、素敵な放送を作りましょう。

田中』


「……明日、また電話だって」


そう伝えると、心音さんがこちらを見る。


「大丈夫?」


「……心音さんがいてくれたら」


僕がそう言うと、彼女はやさしく微笑んだ。


「大丈夫だよ」


その一言だけで、胸の奥が少し軽くなる。


「じゃあ、明日も一緒に頑張ろうね」


「うん」


短く頷き合い、僕たちは顔を見合わせた。



その夜、僕たちは少し早めにベッドに入った。

抱き合いながら、これからのことを静かに話す。


「緊張する?」


「うん。でも……」


僕は心音さんを見つめた。


「少し、楽しみでもある」


「零くん、変わったね」


「……心音さんのおかげだよ」


そう言うと、彼女は照れたように微笑んだ。


僕たちは深く口づけを交わす。

互いの温もりを確かめ合うように、そっと。


新しい挑戦が、すぐそこまで来ている。

怖さはある。

それでも、前に進みたいと思えた。


義理の両親に認められなくてもいい。

僕には、帰る場所がある。

愛してくれる人がいる。


――それだけで、僕はもう十分に強かった。




翌日の午後。

淡い冬の光が街を包み、澄んだ空気が頬をひんやりと冷やしていた。

遠くを走る電車の音が、静かな街並みに溶けていく。


「零くん、準備できた?」


心音さんの声が、やさしく耳に届く。


「うん」


僕は少しだけ震える手でコートを羽織った。

今日は心音さんとカフェへ行く約束の日だ。

夕方には田中さんとの電話が控えているけれど、それまでは二人の時間。


「行こう」


差し出された手を、そっと握る。


駅前のカフェに着くと、入り口に小さな看板が立っていた。


――期間限定・苺のアフタヌーンティーフェア。


「わあ、やってる!」


心音さんの瞳がきらりと輝く。


「予約してたんだ」


「うん。零くんと来たかったから」


照れたような笑顔に、胸がきゅっとなる。


店内は外の寒さとは別世界で、甘い香りと温かな空気に満ちていた。

窓際の席に案内され、向かい合って座る。


三段のスタンドが運ばれてくる。


「すごい……」


「綺麗でしょ?」


一段目は苺のショートケーキとタルト。

二段目はマカロンとスコーン。

三段目には小さなサンドイッチ。


「どれから食べる?」


「……心音さんが決めて」


「じゃあ、スコーンからね」


彼女はスコーンを取り、ジャムとクリームを添えて僕の皿に置いてくれた。

ひと口食べると、やさしい甘さが広がる。


「……美味しい」


「でしょ?」


心音さんが嬉しそうに微笑む。


ストロベリーティーも運ばれてきた。

淡いピンク色が、冬の光に透けている。


「綺麗な色だね」


「うん。飲むのがもったいないくらい」


それでも二人で一口ずつ味わった。


「零くん、次はケーキ」


苺のショートケーキを前に置かれる。

ふわふわのスポンジと、甘酸っぱい香り。


「……美味しい」


そう言うと、心音さんの頬がほんのり赤くなる。


「よかった。零くん、気に入ってくれて」


「心音さんこそ、楽しんでる……?」


「もちろん! 零くんと一緒だから、すごく美味しいよ」


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


窓の外では、冬の午後が静かに傾いていく。

この場所は、甘くて、やさしくて、穏やかだった。


「今日、田中さんと電話だよね」


「……うん」


「大丈夫。私、そばにいるから」


重ねられた手の温もりに、少しだけ勇気をもらう。


怖さは消えない。

でも、この時間があったから、前に進める気がした。




(心音視点)


午後の淡い光が、街をやさしく染めている。

冬の空気は冷たいけれど、零くんと並んで歩く道は不思議とあたたかかった。


「零くん、準備できた?」


少しでも安心してほしくて、声をやわらかくする。


「うん」


その短い返事が、愛おしい。


カフェに着くと、苺フェアの看板に零くんの目が輝いた。

その反応だけで、連れてきてよかったと思える。


店内は甘い香りに包まれていて、向かいに座る零くんの横顔をつい見つめてしまう。

冬の光が、彼の輪郭をやさしく照らしていた。


スコーンをそっと差し出す。

零くんは戸惑いながらも、私の手から受け取ってくれる。


それだけで、胸がきゅっとする。


「美味しい……」


頬を赤くするその表情が、たまらなく嬉しい。


――この時間が、ずっと続けばいい。


そんな願いを胸にしまいながら、苺のショートケーキを彼の前に置いた。


「心音さんこそ、楽しんでる……?」


「もちろん。零くんと一緒だから、もっと美味しいよ」


本心だった。


テーブルの上で重なる手。

冬の午後は静かに藍色へと変わっていく。


田中さんとの電話が近づいても、今は大丈夫。

零くんが前に進むなら、私はずっとそばにいる。




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