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誰にも届かなかった僕の声が、君にだけ響いた。  作者: ひとひら


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第27話 もう帰る場所じゃない実家で荷物をまとめた僕は、 唯一“おかえり”と言ってくれる彼女の家で、本当の居場所を見つけた

週末の午後。

僕は一人で、実家に向かっていた。


「本当に一人で大丈夫?」


出かける前、心音さんが心配そうに尋ねる。


「……うん。これは、僕が一人でやらなきゃいけないことだから」


「そっか。じゃあ、待ってるね」


心音さんが優しく微笑んでくれた。


「何かあったら、すぐ電話して」


「うん」


僕は心音さんとキスをして、部屋を出た。



冬の景色が流れていく。

今日は、実家から荷物を全部持ってくる日。

もう、あそこには帰らない。


心音さんの部屋——

いや、僕たちの部屋に、全てを移す。


胸の内に重たいものが沈む感覚。

でも、後悔はなかった。


実家の近くまで来た。

見慣れた景色。

でも、もうここは僕の「地元」じゃない。

深く息を吸って、実家への道を歩き始めた。

実家の前に着く。

見慣れた家。でも、もう帰る場所じゃない。

震える手で、ドアを開ける。


「……ただいま」


小さな声で言ったけれど、返事はなかった。

靴を脱いで、中に入る。

リビングからテレビの音が聞こえるだけ。


「零か」


義理の父の声がした。


「……ただいま」


「おかえり」


それだけ。

僕は何も言わずに、二階の自分の部屋に向かった。


部屋に入って、ドアを閉める。

静かな部屋。

この部屋で過ごした時間。

でも、そのほとんどは孤独だった。

誰も訪ねてこない部屋。

誰も「おやすみ」を言いに来ない夜。


僕は持ってきた大きなバッグとダンボールを広げた。

服をクローゼットから出して、畳んで詰めていく。

本を本棚から取り出して、一冊ずつダンボールに入れる。

机の引き出しの中のもの。

思い出の品。

一つ一つ、丁寧に。

でも、機械的に。

感傷に浸る余裕はなかった。


荷物を詰め終わる頃、ドアがノックされた。


「零、ちょっといいか」


義理の父の声。


「……はい」


ドアを開けると、父が立っていた。


「荷物、まとめてるのか」


「……はい」


父は部屋の中を見回した。

ほとんど空っぽになった部屋。


「どこかに行くのか?」


その質問に、僕は少し間を置いてから答えた。


「……大切な人と暮らします」


父は僕を見た。

表情は、相変わらず読めない。


「……そうか」


それだけ。


「いつ?」とも聞かない。

「どこに?」とも聞かない。

「大丈夫か?」とも聞かない。

「寂しい」とも言わない。

ただ、「そうか」とだけ。


僕の胸が、キュッと締め付けられた。


沈黙。

僕は何か言葉を待っていた。

引き止めてくれるかもしれない。

でも、父は何も言わなかった。


「……じゃあ、行きます」


「気をつけてな」


父は背を向けて、階段を降りていった。

それだけだった。


止めない。

引き止めない。

寂しくないのかとも聞かない。


僕は部屋に戻って、バッグとダンボールを抱えた。


重い。

荷物も、心も。


部屋をもう一度見回す。

空っぽの部屋。

最初から、ここに僕の居場所はなかったのかもしれない。



「……さよなら」


誰にともなく呟いて、部屋を出た。


階段を降りる。

リビングから、テレビの音が聞こえる。

義理の父も母も、出てこなかった。

玄関で靴を履く。

最後に、もう一度リビングの方を見た。

誰も出てこない。


「……行ってきます」


小さく言ったけれど、返事はなかった。



外は冷たい冬の風が吹いていた。

ドアを閉める。

振り返らなかった。


荷物を抱えて、駅に向かって歩き始める。

一歩、また一歩。


涙が出そうになった。

でも、僕は泣かなかった。


寂しい。

でも、それ以上に。

解放された気がした。


もう、ここに縛られなくていい。

もう、愛されることを期待しなくていい。


電車に乗る。

窓に映る自分の顔。

少し寂しげだけど、どこか晴れやかだった。

スマホを取り出して、心音さんにメッセージを送る。


『今から帰ります。荷物、全部持ってきました』


すぐに返信が来た。


『おかえり、零くん。待ってるよ』


その言葉に、胸が温かくなった。

帰る場所がある。

待っていてくれる人がいる。

それだけで、僕は大丈夫だった。




心音さんの部屋——

僕たちの部屋の前に着く。

深く息を吸って、ドアを開けた。


「おかえり、零くん」


心音さんが笑顔で迎えてくれた。


その言葉を聞いた瞬間、視界が滲んだ。

荷物を置いて、僕は心音さんを抱きしめた。


「心音さん……」


「うん」


「ただいま」


「おかえり」


僕たちは強く抱き合った。

長い、長い時間。


「……辛かった?」


心音さんが優しく尋ねる。


「……うん。でも」


僕は心音さんを見た。


「泣かなかった」


「零くん……」


「父さんが『どこか行くのか』って聞いてきて。

『大切な人と暮らします』って答えたら、『そうか』って。

それだけだった」


心音さんが僕の背中をさする。


「止めもしない。何も聞かない。

寂しかったけど……でも、もう泣かなかった」


「強くなったね、零くん」


「……心音さんがいるから」


僕は心音さんの肩に顔を埋めた。


「心音さんが待っててくれるから、頑張れた」


「これからは、ここが零くんの家だよ」


心音さんが囁く。


「もう、どこにも行かなくていい。

ここが、零くんの帰る場所」


「……ありがとう」


僕は何度も何度も繰り返した。


「ありがとう、心音さん」


「うん」


心音さんが僕の背中をさする。


「零くん、よく頑張ったね」


その言葉に、僕の涙が止まらなくなった。

悲しいのか、嬉しいのか、もうわからなかった。

ただ、全部が溢れてきた。

義理の両親への想い。

寂しさ。

でも、心音さんへの愛。

全部が混ざって、涙になった。

心音さんは何も言わずに、ただ抱きしめてくれた。

ずっと、ずっと。

やがて、僕は落ち着いた。


「ごめん……また泣いて」


「謝らないで」


心音さんが微笑む。


「さ、荷物片付けよう。一緒に」


「うん」


僕たちはバッグとダンボールを開け始めた。

服をクローゼットにかける。

本を本棚に並べる。

一つ一つ、丁寧に。


「この棚、零くんの」


「ここは、零くんのスペース」


心音さんが楽しそうに言う。

部屋に、少しずつ僕の場所が増えていく。


「ねえ、零くん」


「ん?」


「この部屋、もう完全に二人の部屋だね」


心音さんが嬉しそうに部屋を見回す。

僕も見回した。


確かに。

ここには、僕のものがたくさんある。

心音さんのものと、並んで。


「……本当に、ここにいていいんだよね」


「当たり前でしょ」


心音さんが僕の手を握る。


「ここは、零くんの家。私たちの家」


「……うん」


僕は心音さんを抱きしめた。


「ありがとう」


何度目かわからない「ありがとう」。

でも、何度言っても足りない。



その夜、僕たちはベッドで抱き合っていた。


「零くん」


「ん?」


「新しい年、もうすぐだね」


「……そうだね」


もう十二月の後半。

あと少しで、新しい年が来る。


「来年は、どんな年にしたい?」


心音さんが尋ねる。


「……心音さんと、ずっと一緒にいたい」


「それは決まってるでしょ」


心音さんが笑う。


「他には?」


「……もっと歌いたい」


僕は少し考えて。


「同じように苦しんでる人たちに、届けたい。

一人じゃないって、伝えたい」


「素敵だね」


心音さんが僕の頬にキスをする。


「きっと、できるよ」


「……うん」


僕は心音さんを見つめた。


「心音さんがいれば、何でもできる気がする」


「私も。零くんがいれば、何でも乗り越えられる」


僕たちは静かに抱きしめ合った。



新しい年へ。

僕たちの物語は続いていく。


まだ癒えない傷はある。

義理の両親との関係も、完全には整理できていない。


でも、それでも。

僕には、帰る場所がある。

愛してくれる人がいる。

それだけで、僕は生きていける。




僕たちは抱き合ったまま、眠りについた。

明日も。

明後日も。

これから先も。

二人で、一緒に生きていく。

新しい家で。

新しい人生を。



スマホの画面には、新しい通知が表示されていた。


『温もりの在処』へのコメント:

『私も今日、実家を出ました。Re:Voiceさんの歌に勇気をもらって。ありがとう』



僕の歌が、また誰かを救っている。

その事実が、僕に生きる意味を与えてくれる。




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