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誰にも届かなかった僕の声が、君にだけ響いた。  作者: ひとひら


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第26話 家にも愛もなかった僕に、彼女がくれたのは“帰る場所”でした

誕生日から一週間が経った。


「温もりの在処」の再生数は、すでに2000を超えていた。


「零くん、見て! もう2000回も!」


心音さんが興奮気味に言う。

僕たちはソファに並んで座り、スマホの画面を見ていた。


Re:Voice - 温もりの在処

再生数:2,347

コメント:89


コメント欄は、温かいメッセージで溢れていた。


『この歌で涙が止まらなくなった』

『孤独だった私を救ってくれた』

『Re:Voiceさんの声、本当に好きです』


でも、やはりこういうコメントも増えていた。


『そろそろ顔が見たい』

『どんな人なのか気になります』

『Re:Voiceさん、SNSとかやらないんですか?』


「……みんな、僕のことを知りたがってる」


僕は不安そうに呟いた。


「焦らなくていいよ」


心音さんが僕の肩に頭を預ける。


「零くんが苦しくなることは、しなくていい。

私は、今の零くんが好きだから」


「……ありがとう」


僕はスマホを置いて、部屋を見回した。



気づけば、この部屋には僕のものがたくさん増えていた。

クローゼットの半分は、僕の服。

棚には僕が持ってきたCDが並んでいる。

机の上には録音機材。


「ねえ、零くん」


心音さんが笑いながら言う。


「ここ、もう半分零くんの部屋だね」


「……そうだね」


僕は少し複雑な表情になった。

嬉しい。確かに嬉しい。

でも同時に、不安もある。


「……本当に、こんなに僕のものがあっていいのかな」


「え? どうして?」


「だって……ここ、心音さんの部屋だから」


心音さんが首を傾げる。


「でも、零くんもここにいるんだから、零くんの部屋でもあるでしょ?」


「……でも」


言葉が詰まる。


僕は、ここに本当にいていいんだろうか。

心音さんに甘えてばかりで。

負担になっていないだろうか。


「零くん」


心音さんが僕の手を握る。


「考えすぎだよ。私は、零くんがここにいてくれて嬉しいの」


「……本当に?」


「当たり前でしょ」


心音さんが微笑む。

でも、僕の不安は完全には消えなかった。



その日の午後。

僕が一人で部屋にいると、スマホが鳴った。

画面を見ると、義理の母からの着信だった。

心臓が跳ねる。

久しぶりの連絡。

震える手で電話に出る。


「……もしもし」


『あ、零? 久しぶりね』


義理の母の声は、いつも通り淡々としていた。


「……うん」


『最近、全然帰ってこないけど……大丈夫?』


その言葉に、僕の胸に小さな希望が灯った。


心配してくれてる?


「……心配してくれるんですか?」


少し期待を込めて尋ねた。


『まあ、一応ね』


一応。


その言葉に、僕の心が冷えていった。


「一応……」


『それで、いつ帰ってくるの? 荷物もまだあるでしょ』


「……わかりません」


『そう。まあ、無理はしないでね』


それだけ。


「……はい」


『じゃあ、また』


電話は切れた。

僕は震える手でスマホを握りしめた。


一応。

心配じゃない。

ただ一応、確認しただけ。

義務みたいに。


涙が溢れそうになった。


どうして、こんなに冷たいんだろう。

どうして、僕のことを見てくれないんだろう。


「零くん、ただいまー」


ドアが開いて、心音さんが帰ってきた。


「あれ? どうしたの?」


心音さんが僕の表情を見て、すぐに駆け寄ってきた。


「零くん……泣いてる?」


「……ううん」


嘘をつこうとしたけれど、声が震えていた。


「何があったの?」


心音さんが優しく尋ねる。


「……義理の母から、電話があって」


「うん」


「最近帰ってこないけど大丈夫かって」


「心配してくれたんだ」


「でも……」


僕は俯いた。


「心配してくれるんですかって聞いたら、『まあ、一応ね』って」


心音さんが黙って聞いている。


「……本当は、僕のことなんてどうでもいいんだ」


涙が落ちる。


「僕、どこにも居場所がないのかな」


「零くん……」


「実家には、僕の場所はない。

でも、ここは心音さんの部屋で……」


声が震える。


「僕、どこにいればいいのかわからない」


心音さんが、ぎゅっと僕を抱きしめた。


「零くん、聞いて」


「……うん」


「零くんの居場所は、私が作るから」


心音さんが真剣な顔で言う。


「ここは、もう零くんの家でもあるの。

私がそう決めたの」


「でも……」


心音さんが僕の顔を両手で包む。


「零くん」


「……うん」


「一緒に暮らさない? 正式に」


「え……?」


僕は驚いて心音さんを見た。


「もう曖昧じゃなくて、ちゃんと一緒に暮らそう」


「でも……僕なんかが……」


「零くんなんかじゃない」


心音さんが強く言う。


「私は、零くんと一緒に暮らしたい。もう、零くんのいない生活なんて考えられない」


心音さんの目に、涙が光っていた。


「だから、ちゃんと一緒に暮らそう。

ここを、二人の家にしよう」


僕は何も言えなかった。

嬉しくて。

怖くて。

でも、何より幸せで。


「……本当に、いいの?」


「いいに決まってるでしょ」


心音さんが微笑む。


「私、零くんが大好きだよ。

一緒にいたいの」


「僕も……僕も、心音さんが大好きだよ……」


涙が溢れた。


「一緒に、暮らしたい」


「じゃあ、決まりだね」


心音さんが僕を強く抱きしめる。


「これから、ここは二人の家」


「……うん」


僕も心音さんを抱きしめ返した。

どれくらいそうしていただろう。

やがて、心音さんが顔を上げた。


「じゃあ、実家に荷物取りに行こう。全部」


「……うん」


「零くんのもの、全部ここに持ってこよう」


心音さんが優しく微笑む。


「そうしたら、もう迷わなくていい。

ここが零くんの家だって、ちゃんとわかるから」


僕は頷いた。


確かに、そうだ。

ここが、僕の家。

心音さんがいる場所が、僕の居場所。


「ありがとう、心音さん」


心音さんが僕の頬にキスをする。


「これから、ずっと一緒だよ」


「……うん」


僕たちは抱き合ったまま、しばらく動かなかった。



冬の午後の光が優しく差し込んでいた。

不安は完全には消えない。

義理の両親との関係も、まだ終わっていない。

でも、それでも。

僕には、帰る場所がある。

心音さんという、かけがえのない人がいる。

それだけで、僕は生きていける。


「ねえ、零くん」


「ん?」


「今夜は、お祝いしよう。同棲記念日」


心音さんが笑う。


「何食べたい?」


「……心音さんと一緒なら、何でもいい」


「また、そういうこと言うんだから」


心音さんが照れながら、僕の頭を撫でる。



その夜、僕たちは特別な夕食を作った。

二人で並んで料理をして。

笑い合って。

幸せを噛みしめて。

食事の後、僕たちはベッドで抱き合った。


「心音さん」


「ん?」


「愛してる」


心音さんが少し驚いた顔をして、それから柔らかく微笑んだ。


「私も。愛してるよ、零くん」


僕たちは深くキスをした。

お互いの温もりを確かめ合うように。


この人と、ずっと一緒にいられる。

その幸せが、胸を満たしていく。


義理の両親からの言葉は、まだ胸に刺さっている。

でも、それでも。

心音さんの言葉が、その痛みを和らげてくれる。



二人だけの、温かい時間。

僕は、ここにいていい。

その言葉を信じて、僕はこれからも生きていく。

心音さんと一緒に。




翌朝。

 薄いカーテン越しに、白い光が滲んでいた。

 冬の朝は静かだ。

外の世界さえ息を潜めているようで、僕の鼓動だけが、ゆっくりと部屋に響いていた。


 隣を見ると、心音さんがまだ眠っていた。

 細い肩が毛布に埋もれ、静かな寝息が規則正しく響いている。

頬に落ちた髪を指先でそっと避けると、少しだけ唇が動いて、名前を呼ぶように息を漏らした。


 その小さな声に胸が熱くなって、僕はそっとベッドを抜け出した。


 冷たい空気に頬を撫でられながら、机の上のスマホを手に取る。

 習慣のように、Harmoniaのアプリを開いた。


 Re:Voice - 温もりの在処

 再生数:3,156

 コメント:127


 指が震えた。

 昨夜、心音さんの隣で投稿したばかりの曲。

 それが、もうこんなにも聴かれている。

 画面をスクロールすると、そこにはたくさんの言葉が並んでいた。


 ――『家族に愛されてない私でも、この歌を聴くと、生きてていいんだって思える』

 ――『義理の家族に育てられて、居場所がなかった。あなたの歌に救われた』

 ――『誰も待っていない部屋に帰るのが辛い。でも、この歌を聴くと少し温かくなります』


 読み進めるたび、胸の奥で何かが崩れていく。

 画面が滲んで、文字が霞んだ。

 僕だけじゃなかった。

 僕と同じように、孤独の夜を越えようとしている人たちがいる。

 痛みを抱えながら、それでも誰かを信じたいと願っている人が、確かにここにいる。


 指の甲で涙を拭う。

 そのとき、柔らかな声が背中から降ってきた。


 「零くん……どうしたの?」


 振り返ると、心音さんが目をこすりながら立っていた。

 眠たげな瞳に、少しだけ心配の色が滲んでいる。


 「心音さん……見て」


 僕はスマホを差し出した。

 彼女は画面をじっと見つめ、ゆっくりと息を吸った。


 「……すごい、コメント」 


 そして、微笑んだ。


 「零くんの歌、ちゃんと届いてるね。同じ痛みを持つ人たちに」


 「うん……僕、一人じゃなかった」


 心音さんが僕を抱きしめた。

 その腕の中で、張り詰めていた何かがほどけていく。

 胸の奥に、やっと“居場所”という名の灯がともる。


 「零くんの声はね、ちゃんと人を包んでるよ」


 「……僕も、誰かを包めてるのかな」


 「うん。もう、できてる」


 その言葉に、心が震えた。

 僕は深く息を吸い、画面に指を添えた。



 Re:Voiceより


 『コメント、全部読ませていただきました。

  僕も、家族に愛されない痛みを知っています。

  でも、今ははっきり言えます。

  僕たちは、一人じゃない。

  同じ痛みを抱えた人たちが、こうして繋がっている。

  だから、これからも歌います。

  皆さんと、そして僕自身のために。

  本当に、ありがとう。』


 送信ボタンを押した瞬間、胸の奥で何かが解ける音がした。

 心音さんが僕の肩に手を置く。


 「素敵な言葉だね」


 「……ありがとう」


 数分も経たないうちに、返信がつぎつぎと届いた。


『Re:Voiceさん、ありがとう』

『泣きました』

『一人じゃないって思えた』

『また歌ってください』


 画面の向こうで、知らない誰かが僕に手を伸ばしてくれている気がした。


 その温もりに包まれながら、僕は静かに泣いた。

 今度の涙は、悲しみじゃなかった。

 ようやく、生きていていいんだと思えた。


 


 その週の金曜日、僕は久しぶりにカウンセリングに行った。

 冬の街は白く霞み、吐く息が白い。

 粉雪が街灯に溶けて消えていた。


 「水無月さん、調子はどうですか?」


 先生の声は、いつものように穏やかだった。


 「……前より、楽になりました」


 そう言うと、胸の奥が少し温かくなった。


 「まだ寂しいことはあります。

  義理の両親から“心配してる”って電話が来た時は、胸が締めつけられました」


 先生は静かに頷いた。

 僕は続けた。


 「でも、心音さんが一緒に暮らそうって言ってくれて。正式に同棲することになったんです」


 「それは、よかったですね。居場所ができたんですね」


 その言葉に、自然と笑みがこぼれた。


 「はい。それに、僕の歌を聴いて救われたって言ってくれる人がいるんです」


 先生の目がやわらかく細まった。


 「素晴らしいことです。

  水無月さんは、痛みを表現に変えられるようになった。

  それが、人と人をつなぐ力になっている」


 胸の奥に、光が差したようだった。

 少しの間、窓の外を見た。

 雪が静かに降り積もり、街の音をやさしく包み込んでいた。


 「焦らずにね。少しずつ、心を温めていきましょう」


 「……はい」



 診察室を出ると、待合室に心音さんがいた。

 白いコートの襟を立てて、窓の外を眺めている。

 僕に気づくと、ふわりと笑った。


 「おかえり」


 「ただいま」


 その笑顔を見ただけで、胸の奥が満たされていくのを感じた。


 「どうだった?」


 「うん。少しずつ、前に進めてる気がする」


 「よかった。零くん、ほんとに変わったね」


 風が冷たくても、手を繋げば温かかった。

 その温もりが、僕の世界を確かにつないでくれていた。


 


 夜。

ベッドの横に置いたスマホの録音ボタンを押す。

赤く光るランプを見つめながら、声日記を録音した。


 ――「今日は、カウンセリングに行った。

  先生に“ 焦らずにね”って言われた」


 少しの沈黙。


 「義理の両親のことは、まだ心が痛い。

  でも、もう無理に帰らなくていい。

  ここに、僕の家がある」


 深く息を吸う。


 「それに、僕の歌を聴いてくれる人がいる。

  同じ痛みを抱えた人たちが、僕の声を待ってくれている。

  僕、一人じゃない」



 声が震える。

 でも、それは生きようとする心の震えだった。


 「ありがとう、心音さん。

  ありがとう、聴いてくれるみんな」


 録音を止めて、息を吐いた。

 そのとき、リビングから声がした。


 「零くん、お風呂沸いたよー」


 「今行く」


 部屋を出ると、心音さんが笑顔で立っていた。

 その笑顔が、どんな言葉よりも優しかった。


 「……一緒に入る?」


 少し照れくさそうに言うその声に、僕は小さく頷いた。


 

 冬の夜が、静かに溶けていく。


 外では、雪が降り続いていた。

 音もなく、白く、世界を包むように。


 僕はその温もりの中で、そっと目を閉じた。

 ――この場所が、僕の“在処”だ。

 もう、どこにも行かなくていい。


 心音さんの胸に顔を埋めながら、

 僕は、生きることを、もう一度選び直していた。




(心音視点)


 零くんが眠ったあと、

 私はそっとベッドの端に腰を下ろした。

 彼の呼吸は穏やかで、胸の上下が小さな波のように揺れている。

 その音を聴いているだけで、胸の奥がひりついた。



 あの夜、震える声で歌った零くん。

 その声が、今はもう、世界のどこかで誰かを抱きしめている。

 儚く、切なく、でも確かに温かい光のように。

 雪の降る冬の夜のように、静かに、柔らかく、そっと。


 机の上には、彼のスマホが置かれている。

 通知が小さく光って、誰かの言葉が届いている。


“ありがとう”

“泣きました”

“一人じゃないって思えた”


 そのひとつひとつを、私は胸の奥にそっと置いた。


 画面を閉じて、代わりに零くんの髪に触れる。

 冷たい指先が、彼の体温で少しずつ溶けていく。

 そのぬくもりに、私の胸もほんの少しだけ温かくなる。


 「……零くん、よく頑張ったね」


 声にならない声で、そっとつぶやく。

 返事はない。

 でも、まつげがかすかに震えた。

 その微かな反応だけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


 窓の外、雪は音もなく降り続き、街灯の光に溶けていく。

 世界は静まり返り、息をひそめているみたいだった。


 ——こんなにも小さな光なのに、

  零くんは誰かを救おうとしている。


 私の手は、まだ何もできない。

 でも、そっと誰かの手を握ることなら、できる。

 それだけで、きっと十分なんだ。


 零くんの寝顔を見つめながら、私はそっと呟いた。


 「……ありがとう、零くん。

  あなたに出会えて、本当に、よかった」


 雪が白く舞い、夜の静寂が部屋を満たす。

 この小さな部屋の中で、

 誰にも知られない奇跡が、そっと息をしている。


 ——どうか、明日も、

  彼の声が、世界のどこかで、そっと誰かを包みますように。





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