第12話 消えたくてたまらなかった僕を、彼女がそっと抱きしめてくれた夜だった
注意
本作には、心が揺れ動く描写や孤独な気持ちに触れる場面があります。
読む方によっては心が痛くなることもあるかもしれませんので、無理のない範囲でお楽しみください。
あの日の朝は、いつもと変わらない光に満ちていたはずだった。
窓の隙間から差し込む陽の光が、床をゆるやかに照らしていた。鳥の声も聞こえて、世界はちゃんと動いている――そんな気がした。
僕も、少しずつ、少しずつ、彼女の前では笑えるようになってきた。昨日までは、ぎこちなくても声を出して話せたのに、今朝はどうしたことか――喉が詰まり、言葉が出ない。
胸の奥がぎゅっと締めつけられ、呼吸が少し浅くなる。息を吸っても、心の中のざわめきは消えず、世界が遠くなるように感じた。
「……どうして、急に?」
僕は膝を抱え、静かにその場に座り込む。
心の奥で、怖さや不安がざわざわと波打つ。涙は出そうで、でもまだ出ない。言葉も、声も、うまく形にならない。
でも、ふと、心の片隅に温かい記憶がよみがえった。
――あの夜、心音さんがただ隣にいてくれたこと。
――言葉よりも強く、僕を包んでくれた手のぬくもり。
「……消えたくない」
言葉にはならなくても、心の奥で小さく震えた。
深呼吸をして、ゆっくりと体を起こす。
怖さや不安はまだ残っているけれど、あの手のぬくもりを思い出したことで、ほんの少し前に進めそうな気がした。
⸻
(心音視点)
どうしてだろう――胸の奥がざわざわと落ち着かない。
今日の零くんは、いつもより静かで、メッセージも通話もない。小さな違和感が、私の心をぎゅっと締めつける。
私はスマホを握りしめ、そっと家を出た。夜風が肌を刺すけれど、それすら気にならない。
願いはひとつ――ただ、彼が無事でありますように。
玄関を開け、浴室のドアをそっと押す。そこにいた彼を見つけた瞬間、胸の奥がぎゅっとなる。床に座る彼は、少し青ざめていて、肩を小さく震わせていた。
「零くん……大丈夫?」
声をかけると、彼は少しだけ震えながら視線を上げた。
私はそっと駆け寄り、手を握る。ぬくもりが彼の小さな震えに届くように。
「大丈夫……もう、ひとりじゃないよ」
静かな声で、繰り返す。
彼の目がゆっくりと開き、胸の奥で小さな光が灯るのを感じた。
⸻
(零視点)
心音さんの手のぬくもりが、胸の奥にじんわり広がる。
息をすることも、少しだけ安心できることも、こんなに尊いんだと気づく。
泣きたい気持ちも、怖さも、まだ残っているけれど、今はもうひとりじゃない。
「ありがとう」
小さく、声にならない声を漏らす。
すべてが壊れそうでも、彼女の手がそっと支えてくれる。それだけで、まだ生きていける気がした。
夜の空気は静かで、胸の奥に小さな希望が揺れていた。
その光を、僕は胸にそっと抱きしめる。
読んでくださり、ありがとうございます。
こちらの小説家になろうでは控えめな描写にしています。
零の胸の奥の苦しみや揺れる想いを、カクヨムで静かに紡いでいます。
零の心の震えを知りたい方は、ぜひカクヨムでもご覧ください。
カクヨム版タイトル『僕の声を、君にだけ』
ひとひら