第九話 「浴衣と汗と正座地獄!夏の特別稽古スタート!」
梅雨が明け、蝉の声が鳴り響く、ある土曜日。
茶道部は今日から三日間──
“夏の作法集中稽古”、通称「地獄の合宿(部内)」に突入していた。
「……で、なんで俺、浴衣で坂道ダッシュしてるんですか」
「黙れ白川ァァァ!! 襟が乱れているぞォォ!!」
鬼堂先輩の怒号が、グラウンドに響く。
舞台は学校の裏手にある茶室&庭園エリア。
涼を感じる日本庭園の片隅で、なぜか浴衣姿の茶道部員たちが、武士の訓練のように鍛錬していた。
「姿勢を保ったまま正座ジャンプ20回ッ!!」
「裾を踏むな!心も布も整えよ!」
「盆略点前、スピードと正確さの両立ッッ!」
気温35度。蝉も黙る中、部員たちは汗を滴らせながら正座とお辞儀と抹茶を繰り返していた。
「はぁ……はぁ……俺たち、何部だっけ……?」
「茶道部だ! 忘れるな!“静”のなかの“動”を極める部だッ!!」
(※静の中に“全力疾走”を含めるのは鬼堂先輩だけ)
この稽古の最大の目的は──
「夏の装いでの美しい所作」を身につけること。
浴衣や夏着物を着たときに、どうすれば袖が美しく流れるか。
暑さと闘いながら、涼やかな所作を保てるか。
汗をかいても、乱れぬ礼儀・乱れぬ心・乱れぬ帯。
すべてが、“もてなしの心”の鍛錬である!
そして午後。
茶室にて、**“流れるように茶を点てる所作試験”**が行われる。
「……この袖の捌き、どうかな……」
森田は青の朝顔柄の浴衣で、やや不安そうにしていた。
「すっごく似合ってるよ。それに、所作も美しい」
蓮の言葉に、森田は顔を赤くしてうつむいた。
その後ろで、雷市先輩が物陰から「青春だなァ……」と涙を流していた。
試験が始まる。
蓮は汗をぬぐい、正座し、柄杓を構える。
浴衣の裾が揺れる。
けれど、今日はもう慌てない。
“見られている”意識が、自分を静かに引き締めてくれる。
──そして、一服。
涼やかに、爽やかに、客役の先生に一礼して差し出した。
「……白川くん。暑さの中で、この所作。立派でしたよ」
先生の言葉に、思わずこっそりガッツポーズ。
その夜。
部室にて、花火大会ならぬ“線香花火と冷やし抹茶の会”が開かれた。
鬼堂先輩もどこか満足げに、着崩した浴衣で星空を見上げていた。
「……お前ら、成長したな。そろそろ“夏の大会”に出ても、いいかもな……」
「夏の大会!? 茶道に大会ってあるんですか!?」
「ある!あるんだよ!競技茶道高校生選手権ッッ!!」
「出たな都市伝説ィィィ!!」
こうして、茶道部の暑くて熱い夏は、まだまだ続く――。