表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

第八話 「文化祭演舞茶会!心と技の一服バトル!」

桐生第一高校・文化祭。

 その体育館ステージが、今だけ“巨大な茶室”に変わっていた。


 緋毛氈ひもうせんを敷いた舞台上に、ふすまや床の間が再現され、静かな音楽が流れている。


 観客はざっと200人以上。立ち見まで出ている。


 


 そして今、中央の舞台には──


「次なる演者、瑞鳳館高校・日向 聖!」


 呼び声と共に、あの男が静かに現れた。


 


 日向はゆるやかに一礼し、歩を進め、正座。

 一切の無駄がなく、まるで能楽のような滑らかさ。

 すべてが「美しい」。それだけで、観客が息をのむ。


「これが……競技茶道の型……」


「凄い、指先まで絵みたい……」


 


 柄杓を手に湯を汲む。その音すら芸術。


 茶筅を回す動きは、まるで音楽。泡が、花のように立ち上がってゆく。


 ──そして、客席からランダムに選ばれた観客へ一服を差し出す。


 客が、口をつけた瞬間。


「お、美味しい……これ、なんか、安心する味……!」


 会場に、ざわめきと拍手。


 


 その中、舞台袖で見ていた蓮と森田の背筋が、ぐっと伸びる。


「……すごい。まるで完成された“作品”みたい……」


 森田の言葉に、蓮は無言で頷いた。


「でも俺たちは、“作品”じゃなく“想い”を届けよう」


 


 そして、次──


「桐生第一高校 茶道部、演舞開始!」


 


 舞台に上がるのは、蓮と森田。


 鬼堂先輩は「俺は最後の奥義枠だ!」とか言って棗を磨きながら後方支援中。


 


 二人は正座し、深く礼。

 その瞬間、体育館の空気が変わった。


 


 ぎこちない動きだ。でも、その一つ一つが誠実で、真っ直ぐだ。

 菓子を置くとき、そっと相手を見て微笑む。

 茶碗を拭くとき、指が震えても、抹茶に集中する。


 


 茶筅を持つ。森田の手が、少し震えていた。


 そのとき、隣の蓮が、そっと囁く。


「……大丈夫。君の一服が、きっと誰かを笑顔にするから」


 


 森田は頷き、茶筅を回した。


 形は不格好かもしれない。泡も少し偏った。

 でも──茶碗を差し出す手には、確かに“心”があった。


 


 飲んだ観客の女子生徒は、ぽつりとつぶやいた。


「……なんか、涙出そう」


 


 その瞬間、舞台が静まり返った。


 


 拍手が起きた。静かに、そしてどんどん大きく。


 そして、日向が舞台に再び現れ、蓮たちに深く一礼した。


「……素晴らしい“道”だった。お前たちの茶は、“人”を見ている。

 俺たちは“型”にこだわりすぎて、“客”を忘れていたのかもしれないな」


 


 そう言って、茶杓を鞘に戻し、立ち去っていく日向。

 まるで、ライバルが仲間になっていくような──そんな背中だった。


 


 そして舞台袖。

 鬼堂先輩が、誰にも聞こえないようにぽつりと呟いた。


「……あいつら、もう“武”じゃなく、“茶”で戦ってやがるな……」


 


 その日、文化祭の一番の拍手を受けたのは、

 どこか不格好で、でも一番あたたかい一服だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ