第六話「初めての“客人”をもてなす日」
ある日の放課後、鬼堂先輩がいきなり言った。
「蓮、明日。お前に、客をもてなしてもらう」
「えっ!?」
いきなりの通達。
まだ茶碗を落とさず持てるようになったくらいなのに。
「大丈夫よ、蓮くん。うちの部に興味を持ってる一年生が来るだけ。気軽にね」
そう笑う水谷先輩の隣で、雷市先輩が無言で“刀のように茶筅を構える仕草”をしてくるから気軽になれない。
──そして、翌日。
「ご、ごめんください……」
そろそろと茶室の襖を開けて現れたのは、小柄な女子生徒。目が合うとぺこりと頭を下げる。
「は、初めまして。森田ひよりです……茶道、興味あって……」
俺の心臓は跳ねた。
目の前の子の視線が、俺の手元に注がれている。期待と緊張、そしてちょっとした好奇心の入り混じったまなざし。
──俺が、迎えるんだ。
「……いらっしゃいませ。まず、お菓子をどうぞ」
盛った和菓子は、さっき水谷先輩と一緒に作ったもの。見た目はちょっと不格好。でも、丁寧に盛った。
「……わぁ、かわいい」
その言葉が嬉しくて、背筋が伸びる。
茶碗を温める。茶杓で抹茶を入れる。湯をそっと注ぐ。
茶筅を握る手が、少し震える。でも、心の中で唱える。
“心をこめて、目の前の人のために”。
茶筅を回す。ゆっくり、丁寧に、円を描くように。
目を閉じると、釜の湯がコポコポと鳴る音だけが耳に入る。
「……一服、差し上げます」
茶碗を両手で差し出す。森田さんがそっと受け取る。
その瞬間、なぜか全員が息を止めた。
彼女は、茶碗をじっと見つめて──
「……いただきます」
ゆっくりと口をつける。
「……」
緊張がMAXの中、彼女がふっと微笑んだ。
「なんか、あったかい味がします。すごく、落ち着く」
その一言で、肩の力が抜けた。
そして、なんだろう。
今まででいちばん、美味しい抹茶だった気がする。
俺の心のなかに、小さな“茶道”が灯った気がした。
「……蓮、いいお点前だった」
最後、鬼堂先輩がぽつりと言った。
いつものような熱血シャウトではなく、静かな声で。
「“格闘”じゃない、誰かのためのお茶。お前、やっと“道”に入ったな」
この日、俺ははじめて“もてなす”ことの意味を知った。
気持ちを込めて誰かに差し出す一服の温かさを。
そして、森田さんが帰り際にふと呟いた。
「……また来てもいいですか?」
俺は、思わず笑った。
「もちろん。また、茶室で会いましょう」