第五話「その一匙に心を込めて――道具と作法の世界」
「蓮。これ、なんて名前か分かる?」
水谷先輩が俺の前に差し出したのは、なんか……細長い木の棒。スプーンの柄だけ取り出したようなアレ。
「……えっと……“茶杓”?」
「正解!」
やった、初めて正解した!
だけどその直後、後ろから低い声が響いた。
「では問う。茶杓の銘とは何か」
「え、銘?」
――鬼堂先輩だ。
いつの間にか、背後に正座していた。
まるでどこかの道場の師範みたいに、腕を組み、静かに問うてくる。
「茶杓にはそれぞれ“銘”がある。風流の心を込めた、その名はすなわち……“心の一匙”だ!」
「なんでいちいち格言っぽいんですかこの人……」
その後も、茶道具講座は続いた。
◆茶道具講座・初級編◆
棗:抹茶を入れておく小ぶりな器。漆塗りで高級感があり、主将はなぜか「我が魂のブラックBOX」と呼んでいる。
茶筅:抹茶をかき混ぜる竹製の泡立て器。「これでラテアートもできるかも」と言ったら全員から正座させられた。
柄杓:湯をすくう道具。重心を見極めるバランス力が必要で、「武器としても使える」と言い出す雷市先輩。
風炉/釜:お湯を沸かすセット。釜の中でボコボコ湧く湯の音は、鬼堂先輩曰く「魂の鼓動」。
「そして、もっとも大切なのは“所作”だ」
鬼堂先輩が立ち上がると、みんな自然と背筋を伸ばす。
「茶道はただお茶を点てるだけじゃない。一つ一つの動きに、“想い”を込めるんだ。
たとえばこの一礼──これは『あなたを心からもてなします』という覚悟の証!」
バシィッと音がしそうな礼をする鬼堂先輩。いや、迫力が凄い。
「菓子を出すこの手には、“どうぞ召し上がれ”という優しさがある! お茶を差し出すこの一歩には、“あなたと向き合う覚悟”がある!」
「ええい、茶室で泣かないでください!!」
……でも、なんだろう。
やっぱり、ちょっとカッコいい。
ただのお点前じゃない。
道具一つ一つに、意味があって。
動き一つ一つに、心がある。
俺は小さな茶杓をそっと手に取り、柄杓に湯をすくい、茶碗の中へ。
まだまだ下手くそだけど、心のどこかがピリッと引き締まるのを感じた。
「──茶道って、深いな」
その夜、抹茶を点てた俺の両腕はまたプルプルだったけど、
なんだかすごく、気持ちがよかった。