第四話「正座三時間、心を鍛えよ――本格稽古、開始!」
春の陽気。窓から入る風はやわらかく、鳥のさえずりも心地いい。
だが──この茶室の空気だけは異様に重かった。
「本日より、正式に“稽古”を始めるッ!!」
主将・鬼堂先輩の号令一発。茶室にピリッとした緊張が走る。
「まずは“正座”。これは茶道の基礎であり、道を極める者の最低条件だ!」
そう言って先輩たちは、何のためらいもなく正座。
背筋は一直線、目を閉じて微動だにしない。まるで石像。
「目標、三時間!」
「さ、さ、三時間ァ!?」
「静かに!」
水谷先輩にピシャリと制され、俺は慌てて座り直す。けど……やっぱりキツイ。
五分で膝が痺れ、十分で腰が悲鳴を上げ、二十分で心が折れた。
「もう無理です……俺、足取れそう……」
「取れてから言え!!」
鬼堂先輩の容赦ない一喝が飛ぶ。
「……なんでそんなに正座に命かけてるんですか……」
「正座に耐えられずして、どうしてお客様の“心”を受け止められる!? 茶道は己との闘い! 他人と戦う前に、自分と戦え!!」
「修行僧の発想ぉぉぉ!!」
その後も、稽古は続いた。
掛け軸の意味を読み取る訓練。
菓子を盛る“角度”を揃える練習。
畳の上を歩く“音”すら立てぬ移動技術。
どれも一見地味で、見てるだけなら何の苦労もなさそうに見える。
……だがやってみると、どれも超ムズい。
「違う! 手首に無駄な力が入ってる!」
「湯を注ぐ時の角度が0.5度違う!」
「和菓子の器に“影”が入っているッ!」
「影ィ!? 物理現象にまで文句をぉぉ!?」
夕方には、もう全身がバキバキ。
腕も足もプルプル。でも、不思議と──
ちょっと楽しかった。
だって、皆が本気だから。ふざけてるようで、本気だから。
「蓮。どうだった?」
稽古終わり、水谷先輩がタオルを貸してくれる。抹茶の香りが、ふわっとした。
「……正座って、格闘技っすね……」
「ふふ、でしょ? でもきっと、そのうち楽しくなるよ」
そう言って笑った先輩の目は、茶室の灯りよりも優しくて、少しまぶしかった。
稽古のあと、みんなで飲んだ一服は、どこかいつもより甘かった。