第二話「茶道とは格闘技だ!!」
茶室の畳に、俺・白川蓮は突っ伏していた。
「……もう、ダメだ。腕が、肩が、茶碗を持つどころか箸すら無理……」
見学のつもりが、何故か三時間みっちりの体力練が終わり、ようやく“お点前体験”にこぎつけたのだが。座る体力が残っていない。
「ふふ。新入生って、最初はそうなのよ」
そう言って、にっこり笑う先輩女子──水谷先輩が優雅に茶筅を手にしていた。彼女だけが唯一の癒し……かと思いきや。
「ただしその茶筅、最高速で回すと音が“ビィィィィ”ってなるから注意してね」
「なんで茶道に“最高速”って概念があるんですか!!」
「命懸けで点てるからよ」
「真顔で言わないでぇぇぇ!!」
そのとき、鬼堂先輩が立ち上がった。
静まり返る茶室。畳を踏む音が、異様に重い。
そして、口を開いた。
「──よく聞け、蓮。茶道とは格闘技だ。」
「また名言(迷言)きたーーーッ!!」
俺のツッコミは届かない。鬼堂先輩は本気の目をしていた。
「よいか、相手の心を読み、気配を察し、完璧なタイミングで一服を差し出す。油断すれば、茶碗は倒れ、菓子は崩れ、全てが乱れる。だが逆に、心と動きが一致すれば──」
そこで彼は、畳の上でスッと正座し、背筋を正した。
その一瞬。
空気が変わった。
息を呑む俺の前で、鬼堂先輩は一礼し、まるで“構え”のように茶碗を手に取る。流れるような所作。静と動が溶け合うような緊張感。まるで剣士の初太刀のようだった。
「……今、気付いたか?」
「え……」
「この一杯に、全てを懸けている」
彼はそう言って、湯を注ぎ、茶筅を構える。そして、
「オリャァァァ!!」
全身の筋肉を使って、茶筅を回転させた! 風が起こり、湯気が渦巻き、抹茶の香りが辺りに広がる。
「気合いで泡立てるタイプぅぅぅ!?」
──でもその一服は。
ものすごく、あったかくて。
ものすごく、丁寧で。
ものすごく、美味しかった。
俺は飲み干して、思わず言った。
「……なんか、負けた気がする……」
その日から、俺の中で“茶道”の意味が、少しだけ変わった。