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氷人形は真なる欲望を暴かれる

作者: 南田 此仁
掲載日:2026/08/16

 第一王子の生誕パーティーで、それは起こった。


 きらびやかなホールの中央。

 婚約者であるセシリアを差し置いて、令嬢たちが順々に王子にプレゼントを渡していく。


 王子とセシリアの婚約は二人が幼いころから結ばれていたものの、方や柔和な笑顔と気さくな会話で誰をも魅了する王子と、方や氷人形(アイスドール)などと揶揄される無表情で愛想の欠片もない侯爵令嬢。

 王子が成人を迎えたあかつきには、自らの意思で婚約者を選びなおすだろうというのがもっぱらの周囲の見解であった。

 ――そしてその見解については、セシリア自身もまったくの同感であった。




 いよいよ次の順番に迫ったセシリアは、他の令嬢たちと同様、事前に預けていたプレゼントの包みを使用人から受け取った。

 ……いや。受け取った、はずだった。


 セシリアがプレゼントにと用意したのは、木箱に入った羽根ペンとインク瓶のセット。

 しかし今手にしているのは、魔法陣が描かれた分厚い本である。


 きっと他の誰かが用意したプレゼントと取り違えてしまったのだろう。同じような厚みと重さだったうえ、うまく寿(ことほ)ぎを伝えられるかどうかと緊張していたこともあって、気づくのが遅れてしまった。


「あのっ――」


 ふり返っても、自分にプレゼントを手渡してくれたとおぼしき使用人の姿は見当たらない。


 どうしよう。

 少々はしたないけれど、会場の端に見えるプレゼント置き場まで自分で取りに行ってしまおうか。

 わずかな逡巡に本を抱きしめた途端、表紙の魔法陣が黒い光を放った。


「きゃっ!?」


 思わず取り落とした本は床の上でひとりでにページを開き、浮かび上がったインクが寄り集まって黒い塊が形成されていく。


「まさか、あれは『白日の闇』ではなくて!? 使用者の真なる欲望に従って魔獣を生み出すという、恐ろしい禁書ですわ!」


 誰ぞ令嬢の叫び声が響くと、セシリアの周囲からざっと人が離れた。

 輪のなかに残されたのは元凶であるセシリアと、逃げ出さずその場にとどまった王子だけ。


 本から生まれた黒い物体は、全身をみるみる深い体毛に覆われて、鋭く尖った耳とおぞましい三対の脚を生やし。

 おおよそ身体にそぐわぬ大きな目が開かれたかと思うと、周囲を見渡すようにぎょろりと動いた。


「ご覧ください殿下、その魔獣こそがその女の本性ですわ!」


 人垣のどこかから声がする。


 切れ目のごとくガパリと開かれた口はまるで笑っているかのように(いびつ)に吊り上がり、たれ出た舌は古びた血のようにどす黒い。


 近衛兵たちが厚い人垣をかき分けて王子のもとに至るより速く、それは王子に向かって襲いかかった。


「キャーーッ!」

「殿下!!」


「キャウゥゥゥ〜ン!!!」






 ――一瞬のことだった。


 阿鼻叫喚がやんだ静寂のなかに、獣めいた荒い息づかいだけが響く。


 ヘッヘッヘッヘッ……


 王子の顔面にしがみつき、千切れそうなほど全力で尾を振りながらベロベロと顔中を舐めまわしているのは――手のひらサイズの魔獣。

 王子は咄嗟に上げかけた腕もそのままに、呆然とされるがままになっている。


 いち早く我に返ったセシリアは、足早に王子に近づくとベリッと魔獣を引き剥がして後ろ手に隠した。


「キャウキャウッ! クゥゥ〜……もがもがっ」


 情けない声を上げる魔獣を抑え込むようにきつく両手で握りしめる。

 解放された王子の顔に傷はなく、むしろ輝きを増してみえる(ヨダレで)。


 ハンカチを差し出したいけれど手が足りない。

 しかしきっと、自分よりも王子に相応しい令嬢がその役目を買って出てくれるだろうと、セシリアはもう何度目かわからない諦めの気持ちを呑み込んだ。




 ようやく人垣を抜けて駆けつけた近衛兵の前に、セシリアがズイッと魔獣を突き出す。


獰猛(どうもう)な魔獣です。早急に処分を」


「は、はぁ……」


 セシリアのか細い指の間からスポッと頭を出した魔獣は、『遊んでくれるの?』とでも言いたげにくりくりの瞳を輝かせて近衛兵を見つめている。


 や、()りづらい……。


 近衛兵たちの心がひとつになった瞬間である。

 小さな体躯に、令嬢の細腕でも捕らえられるような非力さと、庇護欲をそそる愛くるしさ。

 飛びつかれた王子本人も無傷であり、おおよそ危険性らしきものが欠片も感じられない。


 近衛兵は互いに顔を見合わせ、自分以外の誰かが対処しろと視線で責任をなすりつけあっている。

 そんな緊迫した(?)状況に、ポツリと声が響いた。


「……これが、君の『真の欲望』なのか?」


 この場で最も地位の高い王子の発言を邪魔しないよう、みなが息を潜めて成り行きを見守る。


「さ、さささて、わたくしにはなんのことだか」


 王子の真っ直ぐな視線の先で。思いきり真横に顔を背けたセシリアが、うわずった声で答えた。

 冷徹にすら感じられるほどの無表情にも関わらず、昔から嘘をつくのが大層苦手な娘であったのだ。


「君自身の欲望ではないのか? 今すぐ私のもとに駆け寄り、抱擁を交わして、熱い口づ――」


「殿下っ!」


 セシリアが淑女らしからぬ大きな声を上げる。

 その表情にこそ変化はないものの、耳元は真っ赤に染まり、心底動揺しているだろうことは明白だった。


「私は、これが君の欲望であればいいと思う」


「そ、それはどういった……」


 近衛兵が左右に分かれ、その間を通って王子が歩み寄ってくる。

 つま先が振れそうなほどの至近に立った王子は、セシリアの頬にそっと手を添えた。


()()、君だけだ。私が笑顔を保たずとも、気の利いた会話を振れずとも、ただ隣に座っているだけで楽しそうにしてくれるのは。昔からずっと、そんな君に救われてきた」


「…………」


『楽しそう』だなんて、誰からも言われたことがないのに。

 吊り上がった目に、動かない表情。「そんなにつまらないならもういいわよ!」と、お茶会中に友人が怒り出したことなら多々あるけれど。


「君自身は気付いていないかもしれないが……君は楽しいとき、鼻歌を歌うんだ。隣に座る私にしか聞こえないくらい、とても小さな声で」


「!!?」


 恥ずかしさのあまり全身が強張ると、手のなかで「ギュエッ」と小さく悲鳴が上がった。


「君を愛している。誰にでも優しい君は、私に対しても友愛の情しか抱いていないのではないかと不安だったが……。君も同じ気持ちだと、自惚れてもいいだろうか?」


 添えられていた手はするりと顎を捉えてセシリアを上向かせ、寄せられた唇が最後の許可を待って静止する。


 どんな相手とも人当たりよく付き合えて、物事の細部にまで公正な目を生き渡らせられる、優しくも頼もしい王子。

 幅広く人望を築いてさぞや立派な賢王になるであろう第一王子に、嫌われる才能しかないような自分では相応しくない。

 もっと笑顔が素敵で愛嬌のある、王子と並び立つに相応しい令嬢がいるはずだ。

 ――ずっと、そう思ってきた。


「わた、わたくしは……」


 呼気がかかってしまいそうで顎を引こうとするけれど、添えられた王子の手がそれを許さない。

 心中は転げ回るほどひどく狼狽(ろうばい)しているというのに、微塵も外に表れない自身の表情が恨めしいやら助かるやら。


「お、幼いころより、ずっと、殿下をお慕い申しあげ――」


 続く言葉(想い)は、王子の口中へと注がれた。



「いやあぁぁぁ!」と、婚約者の座を狙っていた令嬢たちの悲痛な叫びが響き渡る。

 当のセシリアはといえば、ついに本当の氷人形にでもなってしまったかのように息もできずピシリと凍りついていた。

 その身体が『氷』とはほど遠く熱を帯びていることを知るのは、触れている王子だけ。


 満足気に口づけを解いた王子は、即座に近衛兵に指示を出した。


「バーチェス伯爵令嬢とその側近を捕らえよ。禁書庫への侵入、および禁書窃盗の疑いがある。司書官である伯爵本人へも、書庫の鍵の管理について尋問を行うものとする」


「はっ!」


 捕らわれながらも髪を振り乱して己の無実を叫ぶ令嬢の声は、最初にこの本を『禁書』だとを指摘した声によく似ていた。


 事件への箝口令が敷かれ、パーティーがお開きとなる。


「さて、リア」


 呆然と令嬢を見送っていたセシリアの肩を、王子の手が抱き寄せた。


「リアの誕生日から三ヶ月。此度(こたび)の誕生日で晴れて私も成人を迎えたことだ、さっそく式の日程について話し合うとしよう。私としては極力早くに――」


 未だ口づけの実感も追いつかないセシリアは。

 湯だったように働かない頭で王子に促されるまま、二人きりになれる場所へといざなわれてゆくのであった。





 ――次代の王は大層な愛妻家であった。同時に、周囲の反対を押し切ってペットとした魔獣をもいたく可愛がったとかなんとか。

魔獣は六本脚でふわもこでおめめクリクリ。

真なる欲望に忠実で、ちょっとでも目を離すとすぐさま王子に飛びかかります。


楽しんでいただけましたら、評価やご感想いただけると飛び上がって喜びます・:*+.\(( °ω° ))/.:+*:・

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― 新着の感想 ―
魔獣ちゃんの6本の脚はいろんな事をしてあげたいの体現なのかな?(*´ω`*) この王子様きっと今までもセシリアに対する嫌がらせを陰で『無かった事』にしてたんだろうなぁ(*゜Д゜)
魔獣さん、恋のキューピットになれただけでなく、大切に育てられたようでよかったですね。
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