エピソード1 スタート
3年A組。本日より私は、このクラスで授業を受けることになる。
授業にはついていけない、クラスメイトは誰もいない。
肝心の将軍も、今日は千葉へ遠征に行っていた。
最悪である。
私はただこの空しい時間を、じっと耐え過ごすのであった。
「勇美~、遊びに来たぜー‼」
毎度休み時間になると、才蔵がクラスに来てくれる。
これだけが唯一の救いだ。
「どうだ、クラスには慣れたか?」
いや、慣れるわけない。助けてくれ。
「まあ、そうだよな。お前のいなくなった1年A組も、随分と寂しい様子だぜ。
あぁ~、できることなら、俺もそっちに行ってやりてぇんだが・・・・・・」
いや、普通に私が帰りたい。
私は、作り笑顔でなんとか誤魔化す。
「まあ、一応なんとかやっていけてる、大丈夫だよ。」
「・・・・・・ハンカチ貸そうか?」
うるさい、泣いてなんかないやい。
私は血の涙を流しながら、本題に入る。
「それで、頼んでいた斎藤始の件だけど、どうだった?」
すると才蔵は、大きく頷き答える。
「ああ、B組に実際その名前のヤツがいるってことだけは確認したぜ。特に変わったところもない、成績も普通な平凡生徒みたいだ。」
なるほど、まあ先祖がどうであれ、子孫は普通の人間だよな。
私は立ち上がる。
「よし、じゃあこのクラスの教室にいても特にいいこともないし、さっそく会いに行ってみるか!」
そう言う私を、才蔵はジト目で見つめていた・・・・・・
「すみません~!3年A組の近藤勇美です!!
この中に、斎藤始さんっています?」
私は1年A組の教室を開き、開口一番こう言った。
「ちょ、おい!勇美⁉」
後ろの才蔵が、何か引き留めようとしてくる。
どうしたんだろう?
私は才蔵を放っておいて、教室を全体に見回す。
すると、クラスメイト達がみんな困惑している中で、ただ一人オロオロと当たりを見回していた。
そして、目が合った。
・・・・・・あれか。
それを見逃す私ではない。
私は躊躇うことなく、教室の中へズケズケと入りこみ、彼の目の前へ佇んだ。
「君だね。」
「え、いや、その・・・・・・」
違います、と嘘はつけないようだ。彼は沈黙を貫く。
そんな私と始君との間に、一人の女の子が立ち塞がった!!
彼女は不機嫌そうな声を出す。
「ちょっとあんた、私の始に何の用よ。答えによっては、容赦しないわよ。」
この子、「私の始」って言ったぞ!もしかしてこの二人って・・・・・・
私は彼女の殺気を食らいながらも、何くわぬ顔をしたまま、続ける。
「斎藤始さん、あなたは、旧新撰組三番隊隊長・斎藤一の子孫だ。ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな?」
端から見たら逆ナンだが、気にしない。
始君は驚愕したような顔をし、反対に彼女は胡散臭そうな目で私を見る。
「適当なことほざいてんじゃないわよッ‼第一、始が新撰組?の子孫だからって、何だっていうのよ⁉」
しかし、激昂する彼女を、始君は制止する。
「いいよ篠田さん。近藤さん、でしたっけ?僕の知っていることは全てお話しますので・・・・・・代わりに僕のお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「? 私にできることなら、いいけど・・・・・・」
私がそう言うと、始君は覚悟を決めたような目をした。
・・・・・・ふと、何を思ったか、私は才蔵の方を振り向いた。
才蔵は呆れきったように、胡乱な目をしていた。
不思議に思ったため、聞く。
「ん?才蔵、どうしたの?」
「お前、ちょっと自分の過去を思い出した方がいいぜ。」
「ストーカー?」
放課後、再度集まった私たちは、始君から「お願い」について聞いた。
・・・・・・隣には、篠田さんが、まるで仇を見るような目で、私をずっと睨み続けている。
こっわ。
私はできるだけそっちを見ないようにして、始君の話に耳を傾ける。
「はい。一週間ほど前から毎日、登下校、後ろから常に、強い殺意の視線を感じるんです。しかし、後ろを振り返っても誰もいません。気味が悪くなって、何度も親や先生には相談しました。ですが、みんな、僕の気のせいだろうって。」
ふむ、気配はあって姿は見えない。幽霊の類いか?
すると、篠田さんが前に乗り出す。
「だから、今日あんたが来て、てっきり始を追ってたストーカーなんじゃないかと思ったのよ!」
「いや、違う違う!私は今日、始君とは初対面だよ!」
あらぬ疑いをかけられ、私は慌てて否定する。
しかし、ストーカーか。たしかに、気になるな。
私が考え込んでいると、始君が懇願してきた。
「お願いします!僕にできることはなんでもします!だからッ!このストーカーを、退治してください‼」
「今、何でもすると言ったね?」
私はわざと、意地悪そうな笑みを浮かべる。
再び篠田さんの雰囲気が殺気立つ。同時に、才蔵も呆れた様子で私を見やる。
いや、ちょっと言ってみたかっただけだって・・・・・・
「・・・・・・分かったよ、ストーカーの件、引き受ける。報奨は、この件が片づいてからまた相談しよう。」
私は承諾し、一度この会をお開きにした。
「で、どう思う、才蔵?」
「あ? お前の行動のヤバさについてか?」
「違うよ!ストーカーの件の話だよ‼」
才蔵が訝しむような視線を送ってくる。
いや、そこまで言わなくてもいいじゃんか。
才蔵は、ため息をつき、続ける。
「まあ、それは何とも・・・・・・あの篠田ってやつも付いてるんだったら、恋愛絡みじゃなさそうなんだよな~ 怨恨か、あるいは何か目的があるのか・・・・・・」
「そうよね。まあ何にせよ、一度張り込んでみる必要があるね。」
「それだと、俺らがストーカーみたいだがな。」
翌日夕方。斎藤と篠田は、ストーカーからの強襲を防ぐため、いつも通り一緒に登校していた。旗から見ればカップルにしか見えないが、当の本人らにその自覚はない。
至って真剣である。
高校を離れてしばらくの後。彼らは、後ろから近づいてくる、気配を感じた。いつもの気配だ。
バッと振り返る。
しかし、誰もいない。
しばらく歩く。
再び振り返る。
しかし、やはり誰もいない。
だが、気配は引き続き感じている。
そこに確かにいる。だが、見えない。
幽霊の類いか?
二人は訝しむ。
再び、前を向く。
だが、その直後‼
「「―ッ⁉」」
今までに感じたことのないような、強烈な殺気を感じ取り、思わずバッと振り向く。相変わらず、何も見えない。
しかし、何かが、何かが迫っている!
次の瞬間・・・・・・
カキンッ‼
刀と刀がぶつかり合う音が響き渡った。
「始‼」
篠田は、とっさに斎藤に覆い被さる。
「し、篠田さん⁉」
斎藤は密着したことに若干照れるが、そんな場合ではない。
瞬く間に、二人を襲った刀が実体化した。そして、刀のみならず、その持ち主も姿を現わす。
一方、その刀を受け止めたのは・・・・・・
「虎徹」
近藤勇美であった。
ふー危なかったあ・・・・・・‼
ほんと、私達が尾行しといて良かったね。危うく二人が、刺殺されるところだった。
二人を襲ったのは、中年の男性だった。
ぱっと見はどこにでもいそうだが、目つきがそれを許さない。本職のやつだ。
私は口を開く。
「まさか、私と同じ、天然理心流の使い手とは。正直驚いたよ。」
始君と篠田さんがこちらを向く。
「「天然理心流??」」
「ああ。その秘奥義の一、『雲隠』。自らの気配を完全に消し、獲物へと忍び寄る。」
私の言葉に、二人は驚いた様子だ。
「で、でも!気配どころか、姿も完全に見えなかったですよ⁉」
「そう、『雲隠』は、姿すらも、背景と同化させ、認識させない。
そもそも、人間がどうやって他者を認識しているか知ってる?それは、光エネルギーが物体を反射し、当人の網膜に入ることによって像を結ぶ。それが視細胞を刺激し信号を送らせ━━━っていうのはもちろんそうなんだけど・・・・・・正確には物体の「気配」を反射してる。
つまり、その気配を完全に断ち切ることができれば・・・・・・完全に相手の認識から外すことができる。」
この男は、それをやった。
そして私も・・・・・・同じく『雲隠』を使い、彼へ忍び寄り、刀を受け止めた。
ずっと黙ってきいていたその男であったが、ここで口を開いた。
「なるほど。私の切り札が見抜かれるとは。
そしてその語り具合からして・・・・・・お前が近藤だな?」
隠す理由もないので、私は素直に首肯する。
「ええ。三年A組━━江戸幕府再興会大名、近藤勇美。」
すると、彼は、クツクツと笑う。
「フフッ、よもや当の本人が現れてくれるとは。
私の名前は、山南啓介。天然理心流宗家の末裔よ、その首貰い受ける。」
・・・・・・
えぇ!?狙いはまさかの私!!?
・・・・・・篠田さんが胡乱な目を向けてくる。
「なによ、やっぱり原因はあなたじゃない・・・・・・」
山南さんが続ける。
「近藤勇美よ、私はずっと貴様を狙っていた。山南家の家祖、山南敬助を切腹に追いやった、一族の恨みを果たすためにな。だから、同じ新撰組の末裔である、斎藤始の暗殺依頼も請け負った。全ては、貴様との接触を果たすために!」
・・・・・・
いや、こんな事情想定できるか!
まさか、一族ぐるみで狙われていたとは。
上さまといい、みんなどれくらい先祖に思い入れあるんだよ、まったく。
・・・・・・
まあ、仕方がない。
「虎徹」
私が狙いというのなら、ここで決着をつけないといけない。
でないとこれからも、始君は一生つけ狙われる。
私が刀を抜いたのを見て、山南さんも笑みを浮かべる。
「いい覚悟だ。
━━摂州住人赤心沖光‼」
山南さんが、自刀を私に向ける。
「近藤の継娘よ。自らが宗家の末裔と騙るなら、私にそれを証明してみせよ!」
力強い宣言に、私も気合いを入れる。
「いざ尋常に勝負‼」
次の瞬間、私と山南さんは同時に消えた。
秘奥義━━『雲隠』だ。
その場にいた始君と篠田さん、それに才蔵は、目を見張っている。
剣撃だけが、その場を走る。
それにしても山南さん、かなりの刀技だ。
王道に忠実というか、正統派の動き、そして何より、綺麗だ・・・・・・
今も、天然理心流同士の技が行き交う。
「雲向剣‼」
「クッ!月波剣‼」
つばぜり合いから乗り越えて攻撃してくる山南さんを、私はなんとか受け流す。
本当に正統、油断ならない。
・・・・・・でも!
「私はもっと強い人達と、戦ってきたぁ‼」
私は、山南さんの力強い一撃を、無理やり押し返した!
「ッ⁉」
そうだ。たしかに山南さんは強い。だが、その動きはまっすぐすぎる。
天然理心流のみを極めた技だ。
でも私は、これまでいろんな人と戦ってきた。
現人神・『帝』こと天野孝明、長州の勇将・桂孝允さん、伝説の“暗殺者”坂本竜魔、
そして何より・・・・・・
我らが上様、江戸幕府再興会将軍・徳川義信様。
私が積んできた経験は、決して遅れを取っていない。
こんなところで━━負けるはずがあない‼
攻守が完全に逆転する。
私の攻撃が苛烈化、山南さんは受け流すのが精一杯だ。
ついに山南さんは、距離を取った。
「はあはあはあ。
近藤勇美、まさかこれほどとは・・・・・・
━━だが、次で決める‼」
山南さんが、一度刀を鞘に収めている。
どうやら、必殺の一撃を準備しているようだ。
・・・・・・
ならば、私も必殺で対抗する‼
━━次の瞬間、両者掛け出した。
「虎口剣!」
「龍尾剣‼」
そして決着がつく。
同時に、両者の『雲隠』が解ける。
その場に立っていたのは・・・・・・
私だった。
「助かりました近藤さん‼これでもう、怯えることなく登下校ができます‼」
始君が、しきりに感謝をしてくる。
「ふんッ!結局あんたが原因だったじゃない。マッチポンプよ。」
一方の篠田さんは辛辣だ。
まあ、たしかにそれもそうなので、言い返せない。
私はあの時、トドメまでは刺さなかった。
しかし、一度完膚なきまでに叩きのめした以上、再び始君を襲うことはないはずだ。
あったとしても、狙われるのは、私だろうし。
「それで近藤さん、僕を尋ねてきた要件は?僕にできることならなんでもしますが・・・・・・」
「今何でもと言ったね?」
私はわざと、意地悪そうな笑みを浮かべる。
再び篠田さんの雰囲気が殺気立つ。同時に、才蔵も呆れた様子で私を見やる。
いや、もうこのやり取りはいいから・・・・・・
私はコホンと咳払いをして続ける。
「江戸幕府再興会に入ってほしい‼ぜひ私に、協力してほしい。」
「・・・・・・?はい、分かりました。」
始君は、首を傾げつつも、承諾してくれた。
「ちょっといいの?そんな怪しげな団体に入って・・・・・・」
「う~ん、でも約束だし。仕方ないよ。」
私の目がキラリと光る。
コイツチョロいな。無茶言っても聞いてくれそうだ。
私は内心ほくそ笑む。
才蔵は胡乱な目付きで呟いた。
「勇美・・・・・・お前ますます将軍に似てきてたな・・・・・・」
・・・・・・
・・・
━ッ!?!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????????
次の瞬間、私はピシリと固まり、動けなくなってしまった。
と、才蔵の携帯が鳴る。
「ん、掃除?どうしたんだ?
・・・・・・そうか、分かった。勇美に伝える。」
一瞬話して、すぐに通話を切る。
そして、こっちを向いて言った。
「勇美。掃除より、任務完了の報告だ。」
勇美に敗れた山南であったが、まだ息絶えてはおらず、痛む身体を起こし、なんとか正座する。
「敗れたのか、私は・・・・・・
なれば生きている価値も無し、もはやこれまで‼」
そう言い、自分の腹に、自刀を突き立てる。
その時。
『ならばその命、私がいただこう。』
「―ッ⁉」
突如、天から声が降り注ぎ、一人の男が頭上から舞い降りてきた。
その男とは・・・・・・江戸幕府再興会将軍・徳川義信の最側近、明智秀光であった。
「上さまからの御命である。山南啓介、貴方を下し仲間に引き入れよと。
貴方は私と共に、上さまを守護する暗部の一員として、働いてもらいたい。」
突然の出現と言葉に、山南はわずかに動揺するが、すぐに状況を理解し、ニヤリと笑う。
「なるほど、こんな私にも、まだ生きる価値があると言うか。
しかし!貴様に私を下す力があるかな?その力、試させてもらう‼」
そして刀を抜き、明智に向ける。
「良かろう!せいぜい足掻き、抗ってみせよ。」
「いざ尋常に勝負‼」