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強欲魔女エレアノーラ~値踏み上手の銀箱女  作者: 彩栗ナオ
経済短編~ジルコール市異聞録
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7~強欲魔女と憂鬱な夢

 

 波のようにうねる黒くぶ厚い雲は空一面に広がっている。


 東の方から強い風が吹きつけてきて、ノーラの髪が顔の横に張り付く。


 暗雲は雷鳴を伴ってぽつぽつと雨が降り出した。


 やがて雨は大降りになるだろう、ノーラは空を見上げる。


 止む気配はなく雨音は強くなる一方で、冒険者が作ったアナグラにノーラは身を寄せていた。


 木や土や葉を組み合わせて、主に冒険者が現地で作る簡易な家。それがアナグラである。


 ノーラが身を寄せるアナグラは、丈夫で太いオーク材を三角形の形で綺麗に組み合わせ、水を弾く効能を持つハネダイダイの葉で上から覆い土と小さな木で固めたアナグラだ。


 このアナグラの雨対策は問題なさそうだが、もう3日まともに食べれていない。財布には全財産の銅貨2枚が入った財布。それと手元には、パン屋でその日残った荒い粉で作られた大麦の粗末なパンが1個だけ。


 これを食べたら、他に食べ物は何もない。


 手をつけようとしてからそっと手を戻し、自前の小皿にパンを戻した。


 腹の虫はしきりに食べ物を要求してくるが、やはり、明日朝起きてから食べることにしよう。


 長らく世話になっていた親友の家をケンカ別れし、飛び出して来て2か月になる。


 世界を巡り魔術師としての知識と技能を高めると豪語したものの、わずかな財産は底をつきかけ素寒貧で明日どうなるかも知れない。



 魔女狩りの時代、嘆きの暦の収束宣言を国家が出し、隠遁生活をする必要はなくなったが、未だ魔女や魔術師達に対する世間の印象は良くもなく、パブの皿洗い、パン屋、洗濯女、など働き口を求めたノーラは全部断れられていた。


 小さなため息ひとつついたところで、前方に1匹のシカの姿が見えた。



 シカはノーラのいるアナグラにすっと入って来て、その場で身を丸めた。


 この珍客はノーラと同じく雨宿りが目的のようだ。大雨で可哀そうだからと、珍客の侵入を許したが、油断したそばからシカは小皿にあるノーラの大麦パンをもっしゃ、もっしゃ、と悪気ない表情で食い始めた。


「……ちょっと! それ、私の最後のパンよ!」


 ノーラがシカのパンに手を伸ばそうとすると、シカは取られそうだと思ったのか、ノーラに対し上体を起こししなやかな2本の前足で胸の辺りに前蹴りをお見舞いし、口をもぐもぐさせながら外へ出て行った。


「……いだっ!?……うっ、普通にけっこう痛いんだけど……それよりこのパンの代金、どうしてくれるのよ!?」


 シカはノーラに怒鳴れて、シカは遠くへ駆け足で去って行った。



「あぁっドロボー!? 食い逃げ犯!……不覚だわ、逃げられた…」



 失意の中でノーラがアナグラに戻ると、今度は白黒の毛並みの犬。ハスキー種が入れ替わるようなタイミングで入ってきた。


 犬は雨を落とすようにブルブル身を振り、水滴がビシャビシャとノーラの顔に降りかかる。


 ノーラは肩をすくめた。

 奇妙なことは続くものだと。


 犬の頭を撫でようとすると、犬はノーラの手をすり抜け、全財産の銅貨2枚が入った財布を口に加え、アナグラから素早く出て行った。


「……ちょっと! 私の命の次に大事なお金を、どうするつもりよ!?」 



 さすがのノーラも堪忍袋の緒が切れ、どしゃぶりの中で犬を追ったが、身体能力はただの一般人同然である魔女の足で追いつけるはずもなく、すぐさま後ろ姿を見失った。


 次に会ったら、げんこつしてから謝罪と賠償金を要求しよう決意した。鼻息荒くしたノーラがアナグラに戻ると――


 今度は、ノーラの持っている道具の中で唯一、価値がありそうな、魔術教本の本が、なんといつの間にか入りこんだ羊の群れにもしゃもしゃと食われていた。


 ノーラは立ち尽くして両手で頭を抱えた。



「……な、何これ……何が起こってんのよ!?」


 何かがおかしい、何かが。


 ありふれた初心者ご用達の魔術教本だが、最近魔術書の価値はどんどん上がっていると聞く。


 その魔術書が闖入者にどんどん食われていく。

 ノーラは自分の手元から、財産が根こそぎ奪われて行く悪夢のように感じた。


 これが夢だったら良かったと心から思った。



「……やめろ、やめなさい! 私の財産をぉおおおおおおお!」


「――ん?……夢」


 自分の上げる大きな声でノーラは目を覚ました。

 当時の記憶だが、夢の中では随分と内容が脚色されていた。




 一人旅を初めてから3年が経過した。今では、けっこうな財産を持っているノーラだが、宿代をケチってアナグラで寝泊りすることがほとんどだ。街に入り宿屋で寝る時も交渉して、わざわざ馬宿のワラが積まれたワラ束の中で寝ることも多い。


 それにしても、夢の中とはいえ命の次に大事なお金を盗まれたりパンを食われたり、魔術書を食われたりと耐えがたい最悪な内容だ。何か悪いことでも起きなければ良いけど。



 ノーラはマツの葉をしきつめた寝床から起き上がり、アナグラの外に出て体を伸ばした。


 森の中だが、すでに太陽は真上に上っているようだ。


 昼過ぎまで寝てたのは久々のことだ。


 まずは顔を洗ってから瞑想の時間をとって、街で外食、その後で市場へ出かけよう。


 体を伸ばしてているノーラの視界に、ソルト=シオが入った。


 ソルトはノーラを見つけて、小走りでやってくる。



「探しましたよノーラさん。まさか本当に、アナグラで寝泊りしてるとは思いませんでしたよ。魔物や野盗にでも遭遇したら、どうするつもりなんですか?」



「撃退する。慣れてるから問題ないよ。それよりも、ソラリア王国で本当に稼げるかどうかが大事。まずは様子見してから、市民権を取ろうと思う。ここで稼げないようだったら、市民権をとるお金が無駄になってしまうからね……はっ!?」


 ノーラは咄嗟にアナグラの前で両手を広げ立ち、入り口に入れないように通せんぼの形をとる。


 ソルトは小首を傾げ聞いた。


「……いきなり何なんです?」



「いや、なんとなく財産が盗まれるような気がして」


「そんな野盗みたいな真似しませんよ、僕は」


「うん。そうだよね。まあ、気にしないで」


 ソルトはノーラの様子を訝しげに見つつも、あきらめたようにため息をついた。


「まあ、アナグラで暮らしててもノーラさんらしいっちゃらしいですけど。……で、今日は街に行くんですよね?」


「ああ、うん。ちょっとした打ち合わせもあるしね。あと、昼は久々に外食でもしようかと」


「へぇ、それは珍しい。てっきり今日もパンの耳か何かをかじってるのかと」


「……ソルト、悪いけど一つ言わせて。わたし、昨日パンの幻覚を見たんだ。自分のパンを鹿に食われ、財布は犬に盗られ、魔術書は羊に食べられるっていう悪夢を」


「なんですか。その呪われた牧場エピソード……」


「泣けるよね。現実じゃなくてほんと良かった」


 ノーラは一息ついて、アナグラの入り口をちらりと見た。


「念のため、今日はちゃんと宿を取ろうかな。いや、正確には――《交渉の末に無料に近い値段で転がり込む》っていう感じだけど」


「また宿屋の人に無理難題ふっかけて、追い出されないようにしてくださいよ」


「前はちょっとギリギリの線を攻め過ぎたからね。今度は安牌を狙っていくことにする」


 ノーラは森の道を歩きながら、宿代をいかに抑えるかの案を次々とつぶやき出した。


「まず、ワラ部屋は確定として、さらに何か労働割引を引き出せないか。皿洗い? いや、前回それで皿を割ったから微妙だな……」


「むしろ追加料金になってませんか、それ」


「いや大丈夫。今回は知的労働で攻める。魔術解説、ルーンの識別、あと偽書判別のワークショップを開開催してもいいかな」


「宿屋で何を開催する気なんです?」


「わたしは今、交渉材料の棚卸しをしてるの」


 そう言って、ノーラはソルトにウインクを一つ。


「とにかく行こう。今日の目標は正規の値段で泊まらないこと。成功すれば、明日のごはんがちょっと豪華になる」


「失敗すれば道端の野草ですけどね」


「それもまた、冒険ってやつよ!」


 二人は軽口をたたきながら、にぎわう街道を抜けてソラリアの宿屋通りへと向かっていった――。












閲覧いただきありがとうございます。

ご意見、感想などありましたら海を泳いで渡って喜びます。

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