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5~強欲魔女と偽りの雨乞い

 

 しばらくの日照りが続いていた。


 空気は乾き、ソラリア王国内の多くの村が水不足にあえいでいた。強烈な日差しは畑の穀物をしなびさせ、井戸の水位をじわじわと削っていく。街道沿いの町々でも、慢性的な水不足が深刻な問題となっていた。


 ジルコールの街も例外ではない。



 しばらくの日照りが続き、ジルコール近郊の街では水の供給が制限されていた。


 街の中心部では井戸の水量が減り、井戸番の男たちが口々に叫ぶ。


「ひとり一瓶まで! 繰り返す、一瓶までだ!」


 井戸の前には水の配給を待ち、列をなす人々。

 ノーラはそれを遠巻きに見て呟いた。


「レストランも次々と臨時休業……ってことは、冒険者の胃袋も止まるってことね」


 ノーラは水魔法の得意な、自分に向けられる需要の高さを見て、唇をゆがめて笑った。


 水魔石アクアジェムは高騰を続け、街には行商人が水の樽を抱えてやって来ては、瞬く間に売り切れていた。闇取引さえ横行する有様で、水を得る者は金を得る者。ノーラにとっては、まさに稼ぎ時だった。


 ソルトを助手として雇い、安値で水を卸す救世の魔女として町中を歩き回った結果――ノーラの財布は、膨れ上がっていった。


 そんなある日、ノーラの目に奇妙な露店が映った。


 ――《雨雲を呼ぶ護符》


 しわくちゃの老人が満面の笑みを浮かべ、布を張っただけの小さな屋台でそれらしい紙切れを売っていた。


「まいど! 神の祝福を受けた護符じゃよ! 干ばつの村々で大人気、ひとたび祈れば、雨雲がやってくる!」


 ノーラは近づき、露店の端にある小さな紋章に目をとめた。


(……このマーク、見覚えがある。前に詐欺で捕まった小商会じゃない)


 隣で見ていたソルトがぼそりと呟いた。


「ノーラさん、あれ……ただの紙切れじゃ?」


「ええ。でもね、飢えと渇きの中では、希望ってのが一番高く売れるのよ」



 ノーラの瞳は冷静だった。

(でも、この機運に乗ればお金にはなりそうね)


 ~その日の午後~


 ノーラは仮設の祭壇を用意し、周囲に民衆を集めて、雨乞いの儀式を開催した。


「雨が降れば、お代を頂きます。降らなければ無料!」


 ノーラの魔術には、風水師から得た「今日の午後に雨が降る確率が高い」という情報と、自身の《水、時間操作の遅、強化、拡大》のルーンを使った魔法による天候操作があらかじめ組み込まれていた。


「ご照覧あれ、天空の精よ――」


 彼女が詠唱し、魔法陣が展開される。空に小さく雲が集まり、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。


 ……だがそれも束の間だった。


 雲は風に流され、再び日が差す。群衆はがっかりとした顔でざわめき始める。街全体に雨を降らすのは水魔法専門のノーラの魔術をもってしても難しい現象操作だった。ノーラは一瞬動揺したが、冷静を装い言い放った。


「……今日は気まぐれだったようね。次回はもっと確実に降らせるわ」


 民衆の目に、不信と嘲りが浮かび始める。

 失敗してもノーラにとって損はしないが、この街で顔の売れているノーラの信用は損なわれる。致命的な失敗をしたかも……後悔の念と共に拳に力を込める。




 そのときだった。


 ぽつ、ぽつ――


 再び、雨粒が。


 今度は、はっきりとした雨音。空は曇り、恵みの雨が街路を打ち始める。


「降った! 本当に降ったぞ!」


「雨だ! 本物の雨だ!!」


 民衆は歓喜し、ノーラの元に次々と銀貨や銅貨を投げ入れた。


「ふふっ……やっぱり運すら味方するのが私ってわけ」


 ノーラは銀貨の山を前に満足げに笑った。


 だがその裏で、ソルトは異変を目撃していた。


 人波の向こう――フードをかぶった屈強な体格の老人が、杖の先に小さな木彫りの雨乞い人形をつけていた。そしてその人形を逆さにし、杖をそっと地面に突き立てると、小さなルーンが淡く輝き、空に波紋のような魔力が広がった。


(……あの人が……雨を……?)


 ソルトは思わず追いかけた。


「待ってください!」



 老人は足を止め、ちらりと振り向く


「この雨……もしかして、貴方が降らしたんじゃないですか?」


 ソルトの問いに、空を見上げ薄く笑った。


「さて……何のことかな? 空模様は気まぐれゆえ、人の手でどうこうなど。わしはただ、雲の気分を読み取っただけさ。なぜ降ったか理由は北風にでも聞いてくれ」


 そして、そのまま雑踏に消えていった。


 戻ってきたソルトに、ノーラが声をかけた。


「……見た?」


「え?」


「雨が降ったんじゃない、降らされたのよ。私の魔術じゃない……でもおかげで報酬はもらえた。ラッキーね」


 ノーラはそう言って銀貨を弄びながら、遠くの空を見上げていた。


「……あの老人。何者なんでしょうね……」


「そうね、名乗ってくれるなら名前くらい刻んであげるのに」


 ノーラはため息混じりに笑った。


 こうして、珍しくも商売に失敗しつつも恵みの雨を呼んだ一日が、ノーラとソルトの記憶に刻まれたのだった。

ルーン魔術には様々種類があり、同一の魔法でも強化、分裂、圧縮、伸縮、発動時間操作など術者や状況に応じて発動効果は変わります。



閲覧いただきありがとうございます。

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