4~強欲魔女と偽りの値段
街道沿いの小さな市場町「エルヴェラ」。
物価が安く、旅人向けの雑多な商人が多く集うこの町で、ノーラとソルトは一夜の宿を探していた。
「……安宿はありましたけど、ノーラさんの条件――逃走経路と見晴らしがいい場所、ってなると限られますね」
「それと商人を観察できる場所も条件よ。怪しい商売には目を光らせておかないと」
ノーラは街角で、布を敷いて座り込む老人商人に目を留めた。
彼の前には金属のきらめく山――主に古銭、ブローチ、小型の装飾具。
だがその中に、ひときわ輝く銀貨がいくつか見えた。
「……変ね。あの型……ちょっと古いわね」
ノーラは銀貨に近寄り、何気ない風を装って尋ねる。
「おじいさん、これは本物のフロー銀貨?」
「へっへ、いい目してんな、姉ちゃん。古いけどな、貴族筋の屋敷から流れてきた品さ」
「ふーん。ひとつ買ってもいい?」
「5フローで3枚、どうだい」
ノーラはにっこり笑い、3枚の銀貨を受け取った。
その場を離れると同時に、ソルトが眉をひそめて声を落とす。
「買って良かったんですか? 露骨に怪しかったけど」
「もちろん。だって――これ、偽銀よ」
「は?」
ノーラは1枚の銀貨を親指で弾いた。
乾いたカンという音が、小さく響く。
「音が軽すぎる。銀が混ざってても量が足りないわ。それにこのフチの細工――溝が浅い。ロストワックスの抜き型ね」
「……じゃあ騙されたってことですか?」
怪訝な表情をするソルト。というのも、一流の商人に匹敵する目利きを持ったノーラが偽銀貨を買うとは信じがたいと思ったからだ。
「違うわ。証拠を掴んだのよ」
ノーラは腰のポーチから、小さな銀の秤と薬品を取り出した。
銀貨を乗せ、薬品で試す。
うっすらと反応し、灰色に変色する。
「やっぱりニッケル混ざってる。しかも銅の比率も高め。裏の刻印も若干ずれてるし、プロの偽造ね」
ソルトが目を細める。
「つまり……この町で偽銀が流通してる?」
「そうね。しかも今朝の宿の精算時、細かい銀貨をやたら嫌がってた。多分、どこかの商人が偽銀を掴まされたのね」
ノーラは懐から1枚の羊皮紙を取り出し、そこに記録していた銀貨の流通ルートのメモを睨む。
「さっきの老人は、おそらく偽銀をばら撒く末端の抜け道商人。売る対象は旅人限定、確認が甘い層に絞ってるわ」
「つまり、このまま放置したら――僕らも巻き込まれる可能性があると」
ノーラが指を立てる。
「だから今夜、もう一度あの露店を見に行くわ。もし銀貨が追加されてたら、流通ルートを掴めるかもしれない」
~夜・市場裏手~
ソルトが見張り、ノーラは老人の露店に再度接触。
その隙に別の商人から、偽銀と同じ刻印の卸元の話を聞き出した。
「……やっぱり、カーラの細工屋ね。前にも裏銭で名が出た業者だわ」ノーラの目が鋭くなる。
「じゃあ、本格的に潰す方向ですか?」
「いいえ。交渉するだけよ」
~翌日・町外れ~
ノーラは偽銀を手に、細工屋に乗り込んだ。
証拠と分析表を提示しながら、こう告げる。
「あんたの商売は見逃してあげる。ただし条件があるの。
1つ、これ以上この町で偽銀を流すのは止める。
2つ、代わりに私に本物と偽物の見分けリストを定期的に流すこと」
細工屋の親方は唸りながらも頷いた。
「……やるな、嬢ちゃん。どこの商会だ?」
「個人で商売してるけど、将来はもっと大きくなるわよ」
ノーラは銀貨3枚を片手で転がしながら、笑って見せた。
市場を離れ2人は帰路で会話をしていた。
夕焼けの空を見上げ、ソルトは呟くようにポツリと言った。
「結局、儲けにはならなかったですね」
「いいえ。信頼を買ったの。こういう取引履歴は、あとで金になるのよ」
「こわ……」
ソルトは思わずため息をついた。
ノーラの瞳には、銀のように光る企みがまたひとつ、宿っていた。
世界の貨幣
金貨 1ソル
小金貨 0.5ソル=6フロー
銀貨 1フロー
小銀貨 1ハーフフロー=10コル
銅貨 1コル
小銅貨 1セン=10リム
最小補助通貨 1リム
他に古代王朝の貨幣などが、世界には存在します。
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