幕間~紅蓮の女王と偽銀貨
ジルコールの街の外れ。
貧困女王ことフレアリスの借りる一軒家。
冒険者をクビになり、別の仕事を始めるも短期間でことごとくやらかしクビ、クビ、クビ、クビ。
自称、高貴を名乗るフレアリスのテーブルの上に並ぶ昼食は質素なものだった。
朝食抜きの昼食にしては白パン1個、トマト3切れと少量のサラダ、とスープのみと食事事情の貧しい食事だった。食後のアップルティーを一口飲み一息つく。だが、テーブルの上の帳簿を見るフレアリスの顔は渋い。
(マ……マズイですわ。食料も尽き欠けるのはさすがに万事休すです……仕事をしても、どうやら民草はこの私の素晴らしい手腕を理解できないようですし……ここは仕方がありません……手持ちのセンス溢れる私の私服を売りに行くしかないようですね。こういうお金の絡むことは、あの金の亡者エレアノーラが詳しいんでしょうけど、頼るのも癪ですし……)
盛大なため息をつくフレアリス。
外は静かで、小鳥のさえずりだけが聞こえてくる。
しばし考え、意を決してフレアリスは勢い良く立ち上がり自室へと向かった。そして、クローゼットを勢い良く開け、慣れ親しんだ自分の私服を見つめ、うなずいた。
クローゼットの奥から、真紅のフリルドレス、刺繍入りマント、宝石のついた髪飾りが引きずり出される。
「……どれも私の輝かしい歴史を刻んだ戦友ですが……まあ、民草にとっては手に余る宝でしょう」
フレアリスは未練たっぷりにマントの裾を撫でると、大きなカゴに私服を押し込み、街へと向かった。
ジルコールの中央通りを抜け、少し外れた広場。
そこでは月に一度の骨董市が開かれていた。
錆びた甲冑、割れかけの壺、誰が使ったか分からない魔道具――そして、一角には怪しげな貨幣を並べた屋台があった。
「おや、お嬢さん。見る目がありますな。こちらは百年以上前、東方の海底都市から引き揚げられた伝説の銀貨でしてな」
男は笑顔を浮かべ、手袋越しに一枚のコインを摘まみ上げる。
確かに美しい。表には流麗な女神の横顔、裏には見たことのない紋章。
ただし、どうにも光沢が安っぽい。
「ふふ……私の鋭敏な鑑定眼を侮ってはなりませんわ。これは……間違いなく……」
フレアリスは深く頷き、なぜか即決で財布から銀貨数枚を取り出した。
「……買いますわ。ええ、この私の直感が告げていますの」
数分後。彼女は、私服を売るつもりで来たのに、逆に骨董屋で見知らぬ銀貨を買って帰るという偉業を達成していた。
その様子を、通りの向こうから見ていた青年――ソルトは深くため息をつく。
(……あれは、フレアリスさん……さっきチラっと見たけど、あの店の商品偽物ばかりだったけど……一応この後にノーラさんに会うし、報告しておこうかな)
彼はそのまま、ノーラがいる待ち合わせ先へと向かった。
バタフライ書店で立ち読みをしているノーラは、後ろからソルトに肩をつつかれた。
「……で、フレアリスが銀貨買ったっての」
「うん。しかも骨董市で。どう見ても怪しいやつ」
ノーラは額に手を当て、深く息を吐く。
「……あの高飛車、懲りないわね」
数分後、路上からノーラを見かけたフレアリスは意気揚々と近寄って来た。
「ごきげんよう、探しましたわエレアノーラ! 本日はあなたに感謝される知らせを持ってまいりましたわ!」
彼女は懐から銀貨を取り出し、まるで輝かしい宝物でも見せるかのように差し出す。
ノーラは手に取ると、一瞥して小首を左右に振る。
「偽物ね」
「……は?」
「銀じゃなくて白銅。表面だけ薄く銀メッキ。重さもズレてるし、刻印も粗い」
ノーラは淡々と説明するが、フレアリスは耳まで真っ赤になる。
「そ、そんな馬鹿な! この私の高貴なる直感が――」
「その高貴なる直感で、前にも錆びた兜を伝説の兜って買ってなかった?」
「……っ」
横でソルトが肩を震わせて笑っている。
「……ぷっ、錆びた兜が伝説はさすがに……」
「そ、それは……たまたまですわ!」
ノーラはクスッと笑い、銀貨を指先で弄びながら言った。
「ま、せっかくだし記念品に取っとけば? フレアリス様、百戦百敗の証ってコインに刻んであげるから」
「や、やめなさいませぇぇぇぇ!」
翌日――。
ジルコール商業区の通りは、陽射しに照らされてきらめくガラス窓と、行き交う人々の活気に満ちていた。香辛料や焼き立てパンの匂いが漂い、露店の客引きの声が飛び交う。その中を、フレアリスは大股で闊歩していた。胸を張り、ドレスの裾を翻し、わざとらしく靴音を響かせて。
――昨日、ノーラに散々バカにされた銀貨。
あれが偽物など、認められるものですか!
彼女は心の中でそう繰り返し、バッグにしまった銀貨を握りしめていた。別の鑑定士なら「これは希少品です!」と目を見張るに違いない――そう信じ込みながら。
しかし――。
「そこの赤いドレスの嬢ちゃん! その銀貨、どこで手に入れた!」
鋭い声が飛ぶ。通りの角から現れた二人の警備兵が、鋭い目つきでフレアリスを指差していた。
「な、何事ですの!? この私をいきなり止めるなど、無礼千万ですわ!」
驚きで心臓が跳ね、声が裏返る。だがプライドがそれを必死に覆い隠そうとする。
「うるさい! その銀貨、先週盗まれた商会のコレクションの一部だ!」
フレアリスは一瞬固まった。頬が引きつり、喉がからからに乾く。慌ててバッグを背中に隠しながら、言い訳を紡ぐ。「ま、待ちなさい! これはわたくしが高貴なる交渉術で――」
だが兵士は聞く耳を持たず、逡巡する暇もなく腕を掴まれ、通行人たちの視線にさらされながら詰所へ連行されていった。
~詰所内~
薄暗い詰所は紙とインクの匂いに満ち、机には書類が山積みになっている。
木製の椅子に押し込まれたフレアリスは、背筋を張ろうとしても動揺し落ちつかない様子を見せていた。非などないはずなのに、なぜ高貴なる自分がこのような目に合うのか? まさか魔女だからと差別されているのではないか――など心労が増していくばかりだった。
「名前は?」
「フレアリス=ヴァン=ルクレール。偉大なるルクレール家の――」
「はいはい、で、盗難品を所持していた理由は?」
「そ、それは……運命的な出会いですわ!」
兵士たちは顔を見合わせた。
(あー……これは話の通じないタイプだな)と無言の目配せを交わす。
そのとき、奥の机で書類をまとめていた人物が立ち上がった。
「……あら、あんた何やってんのよ」
ノーラだった。
ギルドの仕事で警備隊と話をしていたところ、神妙な顔で縮こまるフレアリスを見つけてしまったのだ。いつもの高飛車さは影を潜め、まるでしぼんだ風船のように肩を落としている。
ノーラは兵士の手にある銀貨をひったくるように受け取り、一瞥する。
「これ、完全な偽物よ。盗難品じゃないって保証するわ。盗まれたのは純銀製の高級品で、これはただの安物。ホントにしょうもないやつね」
兵士は渋い顔をしたが、ノーラの言葉に押されてフレアリスは釈放された。
帰り道
石畳を歩きながら、フレアリスはぷりぷりと怒っていた。
「……助けてくれたのは感謝しますけど、もう少し私の高貴さを尊重してほしいですわ!」
「はいはい。あんたがその偽銀貨持ってる限り、また同じことになるわよ」
「な、ならば……せっかくですし、この銀貨を首飾りにして――」
「やめときなさい。それ、変な迷信までついてる安物だから」
フレアリスは一瞬考えたあと、偽銀貨をくるくると指で回し、妙に晴れやかな顔で笑った。
「……いいでしょう。このコイン、わたくしの不運を象徴する記念品にいたしますわ!」
ノーラは溜息をつく。
(そんな記念、いらないと思うけど……)
街の喧噪の中に二人の声が消えていった。
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