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強欲魔女の経済学  作者: 彩栗ナオ
経済短編~ジルコール市異聞録
2/6

2~強欲魔女と銀のブローチ

 

 ジルコールの街に近い、背の高い針葉樹が点在する森の中。

 木々の隙間から陽の光が差し込み、小鳥のさえずりが澄んだ空気を満たしていた。


 簡素なアナグラの扉が軋み、ノーラがひょいと顔を出す。


 薄い灰のローブを肩まで羽織っており、アッシュグレーで寝ぐせのついたショートの髪がふわりと揺れた。ちらりと覗く瞳は琥珀色で――計算高そうな光を帯びている。腰には小道具の入ったポーチと、くたびれた帳簿がぶら下がっており、その姿はまるで「歩く帳簿棚」だ。



「ん~……今日も日差しはタダね」


 軽く背伸びをして朝の空気を胸に吸い込み、ノーラは寝癖のついた髪をぐしゃっと手で押さえながら外に出た。


 土と泥、木の枝を組み合わせた粗末な小屋――だが、ここがノーラの我が城だった。

 煙突は石と泥で作った簡易構造、小鍋やマグカップは枝に吊り下げ、アンティーク缶にはルーン書や日記帳がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。


「お金のかからない生活、最高。宿代ゼロ、光熱費ゼロ、必要経費ゼロ」


 昨日の残りのポリッジを固めたルーンバーをかじりながら、ノーラは満足そうにうなずく。

 ルーンバーと呼ぶには失礼なくらい味気ないが、保存性と価格だけは優秀だった。


 日課の瞑想を終え、顔を洗い、身支度を整えると、ノーラは背中に布袋を担いで街へと出発した。


 ノーラはこのジルコールの街を拠点にしていた。


 ・ソラリア王国が関所を数年前に撤廃したこと。

 ・ソラリア内でも冒険者が多い街で、それに伴い商人や物流が増加したこと。


 お金稼ぎを生業にしている、ノーラにとってジルコールの街は暮らしやすい街だった。



 ~ 街・ジルコール郊外(露店市)


 朝市のにぎわいはすでに始まっていた。

 野菜、雑貨、古着、魔術道具の欠片や、拾い物の薬草などが売られている。市場には冒険者や商人が多く買い物や見物を楽しんでいる。


 ノーラはその中でも、素通りするように歩きながらも、どれが高く売れるか価値がある品なのか値踏みを素早く行っていた。


「今日も値踏み日和ね」


 そう呟いたその時、市場はずれの路地裏から少し大きな声が聞こえてきた。




「はあ!? 私の取り分が、これだけ!?」


 金色の長い髪の少女が、両手を腰に当てて詰め寄っていた。

 赤と黒を基調にしたフリルのついた冒険服、光沢のあるブーツ――そして口調が尋常ではない。


「わたくしの魔火がなければあのゴブリン、全滅させられなかったでしょう!? 取り分は八割が妥当ですわよ、八割!」


 相手の冒険者パーティーは、困り顔で言い返す。


「いや、依頼料自体が少ないし、剣士のシグ兄が前衛で盾役やってくれたし――」


「知りませんわ! 私は魔女ですのよ!? 高貴なる魔術師は、それだけで格上なのですから!」


 ノーラは木箱の陰からそれをこっそり眺め、目を細めた。


(あれ……たしか、火の魔術が得意な魔女の冒険者。えーっと……フレアリス=ヴァン=ルクレール。名前だけは聞いたことあるわね)


 パーティーの報酬交渉に不満げな彼女を見ながら、ノーラは小さくため息をついた。


「……八割って、貴族気取りもたいがいにしなさいよ。こっちは値切って銀貨一枚削るのに全力なんだから」


 ノーラはくるりと背を向け、露店街へと戻った。


 今日もまた、儲け話と値踏みの一日が始まる。



 朝市も終盤になり、店主たちが(昼飯前の一売り)に向けて声を張り上げ始めた頃。


「さて……そろそろお宝タイムね」


 ノーラは腕を組み、目つき鋭く古着露店を巡っていた。

 特に目をつけているのは、商品整理を始めた古着屋だ。目利きが甘い商人は、午後を前にまとめ売りや投げ売りを始める。


 そんな中――


「おや、嬢ちゃん。魔術師風の旅人さんかな? 掘り出し物あるよ」


 男は年季の入った木箱を開け、がらくた混じりの小物を見せてきた。

 錆びたブローチ、欠けた腕輪、ボタンの取れたマント留め。


 ノーラは無言でしゃがみこみ、指で品物をどけていく。


(安物ばっか……いや、これは――)


 一瞬、指が止まる。


 くすんだ銀の中に、一点だけ唐草模と様透かし細工が彫り込まれたブローチがあった。

 表面は黒ずみ、留め具も緩い。だが――


(これ、ジンセリア銀細工工房の作風ね。最近は若い子に人気が出てきたって噂がある)


 ノーラは顔に出さず、ブローチをそっと戻す。


「ふーん。大したもんないわね。これ全部でいくら?」


「あー? じゃあまとめて30コル(銅貨30枚)でいいよ、銀も混じってるしな」


「じゃあ逆に聞くけど、これを銀として秤にかけた場合、何コル分あると思ってるの?」


「……へ?」


「今の銀相場なら、これは細工落ち含めて実質5コル以下。唐草模様は手作業でなく刻印だし、裏の刻印は溶けてるわ。しかも留め金が甘い。誰がそんなのに30コル払うっていうのよ?」


 露店の親父が一瞬たじろいだ。


「……嬢ちゃん、そういうの得意だねぇ」


「値踏み姫をなめないでちょうだい」


 ノーラは涼しい顔で銀のブローチを持ち上げた。


「この銀だけ、5コルで。まとめ買いなら3コル。今日売れ残ったら価値はゼロよ?」


「……チッ、わーったよ、3コルで持ってきな」


「ありがと。まいど~」


 翌日・別の市場(仕立て屋前)


 ノーラはブローチを布磨きと灰で丁寧に磨き直し、裏面に細工品につき注意」と札を添えて展示した。


 通りすがりの若いお嬢様風の少女が、足を止める。


「あら、この唐草模様……素敵。これ、いくら?」


「一品限りで15コルよ。細工はジンセリア流派、最近人気が出始めてるって話よ? この手のは王都の小洒落た娘たちが着けてるらしいわよ」


「……そ、それじゃ、これもらいますわ!」




 ノーラは手のひらの15コルを確認し、こっそり笑う。


(3コルで仕入れて、12コルの儲け。ルーンバー40日分ね)


 街の騒がしさが遠くなってゆく中、ノーラは再び今日の値踏み先を探して歩き出すのだった。


閲覧いただきありがとうございます。

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