幕間~紅蓮の女王パーティーをクビになる
冒険者ギルドの扉が開き、その中からフレアリスが姿を現した。
彼女は、五段ほどの石畳の階段を重い足取りで降りてくる。
数日前、ノーラに挑んだ件がソルトの報告によって明るみに出た。ギルドの判断は――銀貨十枚の罰金。
一つは、街の近くの森で火の魔法を使用したこと。
一つは、魔女同士の戦闘に発展したこと。
これが処分の理由だった。
一方のノーラは冒険者でもなく、正当防衛が認められ、処罰は一切なし。
罰金はフレアリスの所属するパーティー全体に課され、彼女は責任を問われて追放処分を言い渡された。
「アンタさぁ、魔女だからって調子に乗ってない? 魔術師で冒険者やる人なんて珍しいから、今までアンタのワガママにも我慢してきたの。なのに探索や依頼と関係ないところでも迷惑かけるとか、もう限界」
「……私は、家系の名誉を取り戻そうと――」
その言葉を手で制して遮ったのは、パーティーのリーダーだった。
「全員で話し合った結果だ。フレアリス、お前はクビだ」
「……ふ、ふふふ、ふふふふ。私がクビですって?」
突然、笑い出したフレアリスに、周囲のメンバーが警戒を強める。
誰もが片手を腰に、すぐに武器を抜けるよう構えた。
「怯えずとも結構ですわ。私の魔法が必要だと頭を下げた者たちが、今ではこの私を追放しようとしている。魂が偉大になると傲りが生まれ、そして悪意が芽吹く……怖いのでしょう? 私が悪夢に見えるのでしょう? いいでしょう」
そう言って、フレアリスは手のひらから銀貨十枚を一枚ずつ、床に落とした。
「それでは、さようなら。もう会うこともないでしょう。私という太陽を失ったことを、干からびた大地で思い知るがいいわ」
そう言い残し、彼女は一度も振り返らずに歩き去っていった。
「……あいつ、何言ってるのか全然分からん」
「次は強欲さんでも誘うか? あの魔女も強いらしいぞ」
「無理無理。あの銀箱女、冒険者やる気ないってさ。何人も声かけてるけど全部断ってるって聞いたよ。それに金にうるさいし、報酬は銅貨一枚単位で細かく交渉してくるらしい」
「そりゃダメだ……」
(……はぁ。ランクCのパーティーを追放されてしまいましたわ。それにしても、この私の評価が思った以上に低かったなんて、想像もしておりませんでしたわ)
ギルドを出たフレアリスは、中央広場へと向かう。
噴水を中心に、放射状に敷かれた白黒の石畳が太陽と月を象っている。
屋台も並び、冒険者や観光客で賑わっていた。
その中に、ソルトの姿を見つけて足を止める。
「じゃあシオっち、二日後ね」
「依頼は難しくないけど、準備は忘れるなよ。じゃあなソルト、考古学の勉強がんばれよ」
「うん、現地集合ね。帰り、気をつけてねー」
彼は神官風の若い女性と、長身の男と別れていた。
「ちょっと、そこのバンダナ小僧!」
辺りを見渡したソルトは、それが自分のことだと気づく。
「……バンダナ小僧? ほぼ初対面ですよね? 失礼じゃないですか。で、何かご用ですか? まさか、意趣返しに?」
「あなたのせいで、私、冒険者をクビになりましたの。……まったく、世の中が間違ってますわ。私を追放するなんて、太陽と月を空から追い出すようなもの。太陽も月もない世界は、やがて干からびた大地に変わり――そして大地は私という存在を渇望するようになるでしょう……!」
「僕は、正当な報告をしただけで――」
「まずは、あなたのような矮小な存在が、この高貴なる私と会話しているという奇跡に、感謝の言葉を述べるべきでしょう? それと、先日の非礼について私に謝罪するのが先ではなくて?」
(あ、ダメだ……この人、話が通じないタイプだ。礼儀がどうこう言ってるけど、礼儀以前の問題だよ。頭のネジが十本くらい飛んでる)
「僕、急いでるんで。さよなら」
「お待ちなさい。エレアノーラはどこにいるの?」
「ノーラさんなら、一人で魔石の買いつけに行きましたよ」
「魔石? アナグラ暮らしのエレアノーラが、そんな大金を?……想像の斜め上ですわ。では、なぜあんな乞食のような生活を?」
「乞食って……あの人、自他ともに認める金の亡者ですから。宿屋を値切りすぎて出禁になるくらいですし、日々どうやってお金を増やすかしか考えてませんよ」
フレアリスの話を聞きながら、ソルトは黙って水筒を取り出して飲んだ。
「まあ、いいわ。それで、あなたエレアノーラの恋人? ……肉体関係はあるのかしら?」
ソルトは思いきり水を吹き出し、そのままむせた。
「ごほっ……ごほっ……うっ、ごほっ……!」
「動揺しているということは……そういうことなのね。理解しましたわ」
「違います! ていうか、ほぼ初対面でそんなこと聞く!? 僕とノーラさんは……もう、いいや! ご想像にお任せします!」
ソルトは怒りで顔を赤くし、そのまま走り去っていった。
(……エレアノーラとは、いずれ決着をつけねばなりませんわ。その時にはバンダナ小僧を人質に……いえ、それは私の誇りが許しません。正々堂々、一対一でなければ。それにしても……ルクレール家から持ち出した資産も、もはや心もとない。この私が金策に頭を悩ませるなど、なんとも憂鬱ですわ……)
――と考え事をしながら歩いていると、フレアリスの足元の横を一匹のクモが通過していった。
「……ぴぃぎゃああああああ! ク、クモですわぁああああああ!!!」
と奇妙な悲鳴を上げ、驚きながら横にびょんと飛びのく。
周りの奇異な視線をその身に集め、コホンと何事もなかったように咳払いし、赤面し早歩きでその場から立ち去ろうとする。
(人前で大恥をかいてしまいましたわ! お、おのれ……エレアノーラのせいですわ!)
フレアリスは虫が大の苦手だった。
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