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強欲魔女エレアノーラ~値踏み上手の銀箱女  作者: 彩栗ナオ
経済短編~ジルコール市異聞録
11/37

10~強欲魔女と紅蓮の女王2

 

 見上げるほど背が高く針葉樹で構成されている森の中。朝の光が木々の間から光線のようにいくつも零れてくる。小鳥のさえずりが近くから聞こえてくる。実に気持ちの良い朝だ。


 このノーラが過ごしてる森はジルコールの街からも近く、歩行の邪魔になる小石や木の根なども少なく歩きやすい。魔物も少ないし綺麗な水が湧き出る泉もあり、世界の色々な国を旅してきたノーラには過ごしやすい森でもあった。



 後ろから聞こえる、フレアリスが喚き散らす声がなければ――の話だが。


 朝の静寂の雰囲気が台無しだ。


 ジルコールの市場開放を知らせるの鐘が鳴ったら、市場で中古の服を見てから、書籍商のところで立ち読み。その後は市場で昼食をとるつもりだったのだが――フレアリスはどこまで着いてくる気なのだろう。



「この私をここまで無視……いい度胸です!」



 枯葉を踏みつけるノーラの足音。それに一拍遅れて着いてきていたフレアリスの足が止まった。ようやく着いてくるのを諦めたのか、とノーラが後ろを、何気なく振り返った瞬間だった。



 木々の間を淡い朝の光が照らし、鳥の囀りと朝露の滴る音だけが響いている。そんな穏やかな空気を裂くように、フレアリスはノーラを目掛け手を向ける。





 魔法陣を描き出し、手の平大ほどの大きさの火球が、ノーラを目掛けまっすぐ飛んできた。しかし火球の速度はさほど早くもなく、弓矢を向けられたほどの脅威や速度もない。ノーラは余裕をもって横に移動した。火球はノーラの横をするりと抜け、ノーラの短めのアッシュグレー色の髪を揺らした。



(……無詠唱の魔術。けん制又は警告のための攻撃か)


 無詠唱は詠唱の時間と、魔法陣を接続する接続ルーンの放出する時間を短縮できる技術だ。より素早く魔法を放出できるが、威力や精度が従来より2~3割落ちるデメリットがある。





「それで、次は? 火遊びで野兎でも丸焼きにする芸でも見せてくれるの?」




「失礼な! 次は本気で試させて――もらいますわ!」


 フレアリスの掌に集まる赤い魔力が膨れ上がる。そこから迸るのは、魔法の基本術を応用した試しの魔火――対象の動きに反応し、数秒後に小爆発を起こす導火線付きの魔炎球だ。



「迎え火よ、汝の虚飾、焼き払え!――《試しの魔火プロービング・フレア》!」


 その声と共に、彼女の周囲に赤黒い炎の糸いくつも浮かび上がった。それは通常の炎とは異なり、相手の魔力に反応し、探るように軌道を変えて迫る試しの炎だ。


 ルーン構成は、火、誘導、精密の3つのルーンで構成されており、命中率を重視した炎の魔法だ。


 糸のような魔火が森の木々をかすめて飛んでくる。ノーラはすぐに腰を低くし、後ろへ素早く跳んだ。間一髪でその軌道を読んでかわす。枝葉が焦げ、細かい火の粉が空に散っていく。


「ちょっと、本気すぎない?」


 ノーラが小さく舌打ちしながら、冷静に手を動かす。



「水銀の、光は誘う、底なしへ――水銀のアクア・トラップ――」


 虚空に描いたルーンが水色に輝き、魔術ルーンが発動。ノーラの足元から粘り気のある冷たい水銀状の液体が広がり、フレアリスの足元を絡め取るようにまとわりつく。


「くっ、視認性の悪い水魔法なんて卑怯ですわ!」


 フレアリスは一歩引こうとするが、粘着性の液に足を取られ、動きが鈍くなる。魔火が命中する距離を保てず、弾道が逸れた。



「気づかない方が悪いの。これ、戦闘の基本だから」




 ノーラは静かに諭すように言いながらも、その口調に感情がこもっていないわけではなかった。――正直、面倒だ。でも、フレアリスのような魔女が増えてくれるなら、それはそれで悪くないとも思っていた。


 火花が散るなかで、フレアリスの脳裏には過去の思いが不意に蘇る。


(エレアノーラ……貴女、なんで冒険者にならないの)



 思えば最初に彼女の噂を聞いたのは、ギルドのパーティーに頭を下げ勧誘され、冒険者として1週間経った頃。火急のトラブルに、一人で水魔法を使って荷馬車を救った話。その手際、その洞察、その計算。実に鮮やかだ。


 冒険者でもないのに名声を得ていくノーラに、フレアリスは内心嫉妬していた。そして、どんな魔女なのか興味があった。





 フレアリスは、没落したルクレール家の名声を轟かせるために冒険者になった。そんな折に冒険者ですらなく、ほとんど一人で行動しているノーラの噂を耳にした。入ってくる内容は金の亡者で、その日泊まる宿屋にすら値切り交渉をする。洞窟の奥の空の宝箱すら持ってきて売りつける。行商人のように商品を買いつけ別の地域に売りに行く。など、ともかく自分の金を増やすことだけに固執してる噂だ。



 金稼ぎに奮闘してる魔女が自分より、魔法の才能が上ということはない。

 そんな思いを胸中に隠しながら、フレアリスは再度魔法を放った。


「……私の方が、魔女としての資質に優れているはずですわ!」 





 次の瞬間、火球と水罠がぶつかり、白い水蒸気が爆ぜた。







 その時、森の奥からばさばさと茂みをかき分ける音が響いた。


「ノーラさん! あ、あの……変な魔力を感じたんですけど、大丈夫ですか!?」


 走り寄ってきたのはソルト。寝癖のついた頭に、寝巻の上から羽織った外套。彼は明らかに寝間着姿のまま、必死で走ってきた様子だった。


「ちょっ……来ちゃダメ! 危ないって!」


 ノーラが叫ぶと同時に、魔火のひとつがふらふらとソルトの方向へ飛んで――


「わっ!? あっつ!!」


 ソルトの裾に火の粉が触れ、軽く焦げた。即座にノーラが水魔法で打ち消す。


「……な、何が……? わああっ、僕、燃えてる!?」


 ソルトの裾に火の粉が触れ、軽く焦げた。即座にノーラが水魔法で打ち消す。


「まったく、何してるのよ」



「……貴方、ただの金の亡者じゃないのね……次は本気でいくわよ」


 ソルトは火傷した腕を、冷やしながら怒りを滲ませる。


「……街のすぐ近くで、しかも森の中で火の魔法!? ダンジョンじゃないんですよここは! このこと、冒険者協会に報告しますからね!」


「はぁ!? 火傷程度で大げさな……それに、これは、そう魔女同士の名誉をかけた試練というか、決闘よ!」


「程度ですって!? 僕の腕が炙られてるんですけど!? それにアウトです!協会に報告します! しかもこれ魔女案件ですし、余計にややこしくなるんですから!」



 ノーラは苦笑しながら、ため息をついた。


「はいはい。じゃ、報告も怒鳴り合いも森の外でね。朝から面倒すぎる……」




閲覧いただきありがとうございます。

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