9~強欲魔女と紅蓮の女王
エレアノーラの朝は早い。
目を覚ましたノーラは、掌に魔法陣を描いて清水を生み出すと、手早く顔を洗い、口をすすいだ。
水魔法を専門とするノーラなので、水源に困ることはない。
その後は30分ほどかけて、座禅を組み瞑想に入る。
アナグラで寝泊りすることの多いノーラは、森の奥地や草原、一人旅で遠征先の山中などで寝ることも多く人気のない静かな環境は瞑想には最適だ。
できるだけ何も考えず呼吸だけを意識する。しばらくしてると腹の辺りに良いエネルギーのようなものが固まってきてるを感じる。これを続けることで魔法力の上昇、精神の安定を保つのに一番良いと師匠から教わりノーラは、ほとんど毎日続けていた。
3年続けてきて、今では30分がどれくらいか体感時間で分かる。半分くらいは過ぎただろうと思った
「――見つけましたわよ。貴方がエレアノーラ=リッチポンドですわね」
瞑想に集中していたノーラは突然入ってきた大きな女の声に驚き、身体が真横に倒れそうになった。体勢をゆっくりと戻して呆れた顔で相手を見る。
フレアリス=ヴァン=ルクレールが、こちらにゆっくりと歩み寄って来る。
レースで白い花柄の扇子を顔の辺りに広げ、貴族のような振る舞いをしていた。
(……こないだの魔女じゃない)
ノーラと同い年の18才で魔女で冒険者協会に所属している。冒険者となってからまだ3か月と年季は浅いが、火の魔法を得意とし戦闘面での火力の高さ、火起こしをできる利便さ、そして上品そうな言い回しをする割に、常に上から目線で、独自の口上を垂れる。嘆きの暦を生き抜いた没落貴族の魔女の家系で、さらに、やたら喋る声がでかいという、盛り盛りな属性をもつ。故にこの辺りで残念な美人として名を轟かせていた。
「こんなところに入りこんできて迷子になった? 街はこっちじゃないよ」
瞑想を邪魔されたノーラは、不快感を出さないようになるべく努めて答えたつもりだが、皮肉がたっぷりと込められていた。
「この高貴なるフレアリス=ヴァン=ルクレールが、わざわざこんな辺鄙な所に降臨してやったのですわよ? 感謝のひとつでもあるべきではなくて? 噂には聞いてましたけど……本当にこんなところに寝泊りを? ああ……私は今、海より深い哀れみかけずにはいられない。貴方はこんな粗末なアナグラで寝泊りをし、ボロのローブを着てお金もなく貧困にあえいでいる。飢えた者にはこの土地で生きるには、あまりに辛すぎる」
瞑想が終わったら手持ちの銀貨と金貨を綺麗な布で磨く予定だったのだが、そんな気分にはなれなそうだ。ノーラと同い年のフレアリス=ヴァン=ルクレールは天を仰ぎながら演劇の役でも演じてるかのように、一人でしゃべっている。そして声が大きい。ノーラは深々とため息をついた。
「……どうして私の朝は、こんなにも試練が多いのかしら」
「何そのため息? 私がわざわざ出向いてやったのに、まるで私が邪魔とでもいうように聞こえるわ。この高貴な私の姿を早朝から拝見できたのだから、お礼を言うべきところではなくて?」
「……朝っぱらから気が狂ってるの? だいたい今、何時だと思ってるの?」
「早朝よ。貴方、もう起きてるんだから別にいいじゃない」
皮肉の通じなさにノーラは呆れつつ、小首を左右に振った。この神経の図太さは見習うべき部分があるかもしれない。ノーラは立ち上がって返す。
「で、何か用なの? 見てのとおり私は瞑想の訓練中だったんだけど」
「随分と初歩的な訓練ね、エレアノーラ」
「習得した魔法のタッチメントルーン(土に文字を描いて発動させる術。魔法初心者の必須科目)は済ませてるからね。それに私は魔法よりも、日々のお金稼ぎが優先なのよ」
「ああ可哀そうなエレアノーラ。なんて気の毒なの。家もない、生活の道具もない、お金もない、着回しをする服もない。……顔は――まあまあね、私ほどの美貌じゃないけど」
いきなり批評をし始めるフレアリス。ノーラは呆れを通りこしてツッコむ気も失せていた。アナグラ暮らしをしてるノーラだが、実は宿屋に毎日宿泊し、酒をたしなむ冒険者よりもお金をもっている。
自らをお金の亡者と言うだけあって、これまでの節約生活に加え、金目になりそうな物には誰より早く反応し、商人と組んで投資もしてきたから実はけっこうなお金をもっている。だけど、説明する気もおきないので、早く帰ってくれないだろうかと冷たい口調で返した。
「要件はなんなの? ヒマなら早く帰ってくれない。私は忙しいの」
フレアリスは全く悪気なさそうに答えた。
「そうですわ。私がこのようなところまで来たのは貴方と勝負をつける為。冒険者の間では、この地方でも1~2くらい争うくらいに魔術師として強いという噂があるのです。冒険者でもなく金稼ぎばかりしてる貴方が私より上だなんて、ルクレール家の者として見過ごせませんわ」
「ヴァン=ルクレール? あの貴族名鑑第八版から削除された家系ね?」
フレアリスは顔を真っ赤にして、つばを飛ばす勢いで、怒ってきた。
「……無礼な! 私は炎の選定者、ルクレール家の末裔にして暦後の不死鳥フレアリス! やはり私たちはどちらが真なる魔女か。戦い決着をつけねばならないようですわね!」
ノーラは面倒くさくなり、無視してすたすたと森から出ようとした。
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