魔王が死んだーー誰が死体を食べたのか
魔王が死んだ。
それは、もう神話の世界。誰の記憶にも残っていない。
誰も、もう魔王の顔さえ覚えていない。
死んだ魔王の肉体は、勇者が首を持ち帰った。
魔王の幹部が腕と脚を持ち帰った。
魔王の女が心臓を持ち帰った。
魔王の奴隷だった子どもが武器を持ち帰った。
そして、魔王の身体は四散していった。
ふと気づく。
魔王の残りは、どこにいった。
大きな部位だけ取られていって、残りの余りはどこにいった。
それは、天使の取り分だ。
そんな御伽噺があったらいいのに。
魔王は、食べられました。
小さな、小さな、スライムに。
スライムはゆっくりと魔王を消化した。
一年。
十年。
百年。
千年。
スライムは長い間、動く必要がありませんでした。十分な栄養があったから。
スライムは、ようやく動き始めます。魔王の城すらも跡形もなくなった、小さな窟の奥から。
自我のない、不定形の身体をふるわせて。
そして、スライムは獲物を見つけた。
少女だった。
少女が倒れていた。
捨てられた死体。
いや、わずかに息がある。その喘鳴は最期が近いことがわかる。外側には青痣と折れた四肢、肉体の内側では内臓が壊れている。
スライムは、全身を覆い尽くし、消化していく。
少女の記憶が混じる。
少女の脳から、少女の意思が雑じる。
少女の気持ちが、交じる。
スライムは、ようやく自我に目覚めました。
ここはスラム街の果て。
荒野と呼ばれる世界だ。モンスターがあふれる人間の居住区の外だ。
「ユミヤ」
わたしは、ユミヤ。
スラムのザガンの徒党で、お気に入りの少女だったけど、抗争に負けて、巻き込まれて撃たれて捨てられた。
それで終わるだけの存在。
ユミヤは、たしかめるように、手を握る。
ボロボロの服を、スライムで補って再生していく。
外套のように灰色の布も生成して被る。
「殺そう。ジラファミリーを全員」
ユミヤは、復讐を願っていた。
そして、ユミヤはスラムの頂点に立つことを望んでいた。
もちろん少女は武力によってではなくて、その美貌と頭脳と手腕によってであったが、スライムにとって、それは、些細なことだ。
首元の小さなネックレスをユミヤは優しく握った。
ジラは酒を飲んでいた。
長年というには短いが、4年程度の抗争にケリがついたのだ。
ジラはファミリーの見張り以外の全員を集めて、宴会をしていた。薄汚いスラムの中では上等な建物の上階で、酒が何本も開けられていた。
「ザガンのやつ、傑作だったな。裏切り者には気をつけろって、スラムで習わなかったのかな」
ザガンはファミリー幹部の裏切りで、殺された。その幹部には、ザガンを裏切ったつもりがなかったのだが、ジラにザガンの情報を結果として流してしまった。
敵意のない裏切りに、ザガンは油断しあっけなく銃弾の雨に倒れた。
宴会の闌の中で、警報が鳴り響いた。
すぐに、宴会中の徒党の武力要員は、酔いを一瞬で醒ます丸薬を飲み込む。武装は当然、酒宴でも解除していない。
重武装はしていないから、十数名が完全武装のために走り出した。
「誰だ。興がさめた」
ジラは、抗争が連鎖しないように、十分な配慮をしていた。この状況で、他の徒党が襲ってくるとは考えていなかった。
ザガンの徒党の討ち漏らしがあったか、と思考しながら、部下たちがバリケードを部屋や廊下に設営していく。
静かだった。
警報音だけが鳴り響く。
銃撃音が聞こえない。もう敵が突撃してきているならば、到達していてもおかしくなかったのに。
先に迎撃に向かった部下は、どうした、とジラは疑念に思った。
そして、廊下の奥から、一人の少女が歩いてきていると報告が来る。少女の服は血染めで、真っ赤で、武装はなさそうだ。
「撃て」
ジラは、ためらわなかった。たとえ非武装に見えても、ここまでそんな姿で来ている時点で、部下を殺してきている。
スラムでは出回らない希少な武器を使っている可能性がある。
少女の身を一斉射撃の弾雨が襲う。
そして、着弾した部分には、傷一つない。
「チッ。プロテクトフィールドか」
アンチマテリアルプロテクトフィールド、通称AMPF。高性能な物理バリアを張る、ミズキ工業の主力製品。市場シェア100%の独占商品。
通常弾では効果がない。
「あれを持ってこいっ」
ジラは、苛立ちながら叫ぶ。
重武装した部下が、マテリアルブロウ弾を詰めた大型の銃を構える。
プロテクトごと吹き飛ばす威力の銃弾が少女を襲った。
けれどーー。
「バカなっ。まさかフォースプロテクトッ」
そう言ったときには、少女の身体は、ジラの前にいた。重武装の部下も初めに銃撃した部下も、バラバラに刻まれていた。
「何のことか分からないけどーー」
「お、お前はーー」
血に染まった灰色のフードの下には、ザガンを殺したときに跳弾で死んだであろう少女の顔があった。
「死んで」
少女の握っている真っ黒な刀が、ジラの首を切り飛ばした。
ユミヤは、ジラファミリーを壊滅させたあと、ザガンファミリーの居住地に戻っていた。
そこには、行き場をなくしたファミリーが、利用できそうな物だけを回収しようとしていた。
ユミヤは、ジラの髪をつかんでいて、首だけがぷらぷらと揺れ動いていた。
「殺した。だから、わたしに従え」
ユミヤは、残った徒党の連中に首を放り投げた。
物資を漁っていた徒党のメンバーが固まった。何か言いたそうにしていた。
固まっていたなかで、一人の少年が前に出る。
「ユミヤ、生きていたのか。それで、コレは――」
少年の名はアーノルド。ユミヤと同じぐらいの年齢で、徒党の中では異性にしては、少し親しくしていた。
「ジラ。わたしが殺した。だから、わたしが、ここを支配する」
「いやいや、ユミヤ。どこかで頭でもやったのか。そんなので、従うわけ――」
「従わないなら、従うまで減らす」
アーノルドは、ユミヤの目と、その手にもつ剣を見て、本気だと悟った。
「待て待て。俺は従う。俺は従うから」
アーノルドは手をあげる。
その脇を、一人の少女が駆けていく。
「ユミヤ。生きてたの。よかった」
ユミヤは抱きしめられる。ユミヤよりも、まだ少し背の低い少女――セツナ。
セツナに抱きしめられるままになりながら、ユミヤは、逃げ出そうとした徒党の仲間を銃撃した。一応、殺さない箇所を撃ったつもりだったが、急所を抉っていた。
使ったのは、ジラのアジトで奪った銃だ。ユミヤは、それを隠し持っていた。目立つ剣とは別に、懐に構えていた。
「ゆ、ゆみや。」
「ごめん。逃げようとする人がいたから」
撃たれた男が倒れるなかで、その場にいる人間は、刺激してはいけないと理解して、じっとしていることにした。
「スラムでは強さが全て。従う、従わない?」
「し、従うっ。あ、あんたがボスだ」
一人の男が口走ると、一斉に他のものも同意見を述べた。囂々とした声は、ユミヤが銃を下げたことで、徐々に鳴り止んだ。
「そ。よかった。じゃあ、とりあえず、ジラのアジトから物資を奪ってきて。残党がいたら始末して。――――――――行って」
ユミヤが再び銃を向けると、徒党のメンバーは一目散にはしっていった。
帰ってきたのは、少年や少女たちばかりだった。大人の構成員たちは、どこかに逃げてしまった。頭の捩子のイカれた人間に従えるほど、自己の保身に敏感でない大人はいなかった。
ユミヤは、かつてザガンが座っていたイスに腰掛けた。
長い黒髪は背もたれに寄りかかり、射干玉色の綺麗な反射を月明かりのもとにさらしていた。
「そっか。逃げるのが正解か」
自分の行動をどこか俯瞰するように、ユミヤは、語る。現実とスライムの本能のズレーーまだ世界や人間に対しての理解が離れている。
黒髪を手でもて遊びながら、ユミヤは、少し邪魔だなと思った。
「ねえ、アーノルド」
ユミヤは、ビクビクとした表情でこちらを見ている少年に、視線を向ける。
「これから、どうなると思う」
「ボ、ボスが、あっ、前のボスが二人とも死んだって情報が出回れば、他の徒党がここの地域を得ようと攻めてくる、と、思う」
アーノルドは最も蓋然性がありそうなことだけ喋った。
「あ、そっか。そっかそっか。まだ戦闘は続くんだ」
穴をつつけば、きっとアリがたくさん出てくるように。
一度、火が付けば、大量に出てくる。力を確実に示さないかぎり。手を出せば、痛い目を見せると学ばないかぎり
「じゃあ、てっとり早いし、待とうか」
ユミヤは、黒剣をだきしめて、妖艶に笑った。
ソレを見て、周りの徒党のメンバーは、同じように笑った。作り笑いで、偽物で、不誠実で、防衛本能として。
零細徒党の二つが抗戦して共倒れになったという噂は、しばらくすると、中小規模の徒党にもナガレ始めた。
その中小規模の徒党の中には、ザガンの徒党を一応の傘下にいれていたものもあれば、逆にジラの徒党をそのように扱っていたものもある。猫の額のようなちっぽけな領土でも、それぞれの徒党のプライドがある。
なにもせずに、その場所をゆずることはできない。
だが、ザガン側は、平静を維持していた。
構成員の大部分が、飛散したとはいえ、一応の徒党の体裁をザガンの徒党は維持していた。ユミヤを徒党の次期ボスとして、少年少女たちが動いていた。上納金もしっかり納められていた。
代わって、ジラの徒党は、完全に壊滅したといっていい様相を呈していた。メンバーはどこに行ったのか分からないほどに散り散りとなっており、次期ボスの候補も死んでしまっていた。烏合の集ともいえない連中が、細々と一応の動きを見せているのみ。その領土を管理しているとは、とても言えない状態だった。
だから、その盤面を崩すためにも、ジラの直属のミハソギファミリーは報復を準備していた。
ザガン側の零細なファミリーを徹底的にたたいて、その不均衡を壊そうともくろんでいた。
「それで、この使者は、殺して良いの」
ミハソギファミリーのボダンという男は、銃撃を躱したユミヤによって、胸ぐらを掴まれて、吊るされていた。
とても少女とは思えない膂力だ。その目は冷たくボダンを見つめる。
「アーノルド、どうすればいいと思う」
「待ってくれ。情報を吐かせたほうがいい。どういう命令が出ているのかを知っておいたほうがいい」
「話があると乗り込んで、わたしを見て、いきなり銃撃。殺害以外の命令があるの」
ユミヤは、猛禽のような眼を横目にして、アーノルドに尋ねる。
「他の敵もいるはずだから……」
アーノルドは、ユミヤの目に威圧されて、本当に欲しい情報とは別の卑近な情報について語った。
「なるほど。たしかに、虫が1匹なんてありえないわね。でも、まぁ、いいわ」
ユミヤはボダンの肉体を両断した。胴と脚が綺麗にわかれて、地面におち、血があたりに散らばる。
血が湧き出すなか、爆音が響き、十数人の完全武装の男達が侵入してきた。
「ほら、どっちみち」
ユミヤは笑う。
「どこの製品か知らないが、こっちも情報は得てるんだぜ。吹っ飛ばしてやる」
一人の男が構えているのは、アルハーシュ社のマテリアルブレイク弾。対プロテクト仕様の貫通性に特化した銃弾。その銃弾は、ミズキ工業のアンチプロテクトフィールドを易々と貫通する高性能な弾だ。
すぐさま、撃たれた銃弾は、目にもとまらぬ速さでユミヤの脳天を焦点に駆け抜ける。
そして、ユミヤのフォースプロテクト――いや純粋な魔力の層にぶつかる。巨大な魔力が物質を通さないように、ユミヤを覆っている。その魔力の厚い層を悠々と銃弾は貫通していく。
ユミヤは、それを眼で見ながら、黒い刀で銃弾を真っ二つに切った。
「――――さて、終わりかしら」
撃った男は固まっていた。
スラムでは、まず手に入らない高価な銃弾だった。確実に仕留めるために無理をして仕入れた一品だった。少女の頭を吹き飛ばして、あとは、何もできない少年たちを殺すか、傘下におさめるだけの仕事。そのはずだった。
カタカタと構えた銃が震え出す。一発限りの銃を地面に放り投げた。そして、脇の銃に切り替えて通常の弾を撃つ。急いでいたせいで、オート機能も使わずに一発一発ずつ。
当然、少女の魔力層を超えられない。意味もなく、銃弾は少女の周りに落ちていく。ユミヤは歩いて行く、その哀れな男に。
「さようなら」
男は、恐怖の顔のまま、首だけが宙を舞った。
同時に、他の侵入者の首も、飛んでいく。黒い刀がありえない距離まで伸びていた。
「バッーーバケモ……ノ……ッ」
胴体のない頭が一つそう呟いて、地面に転がった。
本当、小説書けなくなってきた。なんだろうなぁ、疲れかな




