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第二章 壁

大きな壁がどこまでも続いています。あの日の夜二人がばらばらに引き剥がされてからも、テトラは必死でリンに会う為、抜け道を探していました。けれど壁は完全に海を二つに分けてどこにも抜け道などありませんでした。

人間の事情を話せば、それは治水対策の為の大きなプロジェクトの一つでした。けれどそんなことは魚達には関係ありません。テトラは夜通し抜け道を探し続け、けれど見つけられずに元の場所へ戻ってきました。

「リン!聞こえるかい!待ってて!僕が助けるからね!」

テトラは叫びます。けれどその小さな声は壁の向こうのリンには届きませんでした。一方リンは恐ろしさで、泣きながら震えていました。

「テトラ!テトラ!お母さん!お母さん!お母さん!」

リンは夜中ずっと助けを呼びましたが、誰も助けには来ませんでした。意地の悪そうなカニが、じろりと泣き震えるリンを見て、そのままカニ歩きで通り過ぎていきました。

ドンッ!ドンッ!テトラはその小さな体を壁に叩き付けて、壁を壊そうとしています。うろこは傷つき血が滲んでいます。それでもテトラは歯を食いしばり、血の涙を流しながら何度も何度も壁にぶつかっていきます。

それをカナタが空から見つけました。

「おい!お前やめろ!やめろったら、お前死ぬぞ!」

カナタはあの夜一度はそこを離れたのですが、やっぱり心配でもう一度様子を見に戻って来たのでした。

「この向こうに大事な人が、恋人がいるんだ!」

「わかった。わかったから落ち着け。お前なんかにこの分厚い壁が壊せるものか、ってやめろ!やめろったら!食っちまうぞ!」

海鳥であるカナタはそう怒鳴りつけました。テトラはその時に初めて我に帰って、カナタを見、後ずさりました。

「あなたは・・・?」

「俺の名前はカナタ。見ての通り、お前らの天敵、海猫さ。」

「僕を・・・食べるの?」

テトラはおそるおそるカナタを見ました。

「食べるつもりなら、もうとっくに食べてるよ。俺はお前を見るに見かねてって、おい!」

もうテトラには何の力も残っていませんでした。彼はカナタの話を聞きながら、だんだん意識が遠くなって、ゆっくりと濃い海の底へ落ちて行きました。


テトラ達の帰りが遅いのを心配した長老が、力尽きた彼を見つけたのはその後すぐでした。カナタが見つけさせる為に大きく鳴いたせいでもあります。

テトラは目覚めてすぐに事情をみんなに話しました。ドニエプラはそれを聞くとテトラを殴りつけ、その場に泣き崩れてしまいました。

次の日も、また次の日も、テトラは別れ別れになった場所へ行って、どうにかして向こうへ渡れないか、色んな方法を試します。けれど全てうまく行きません。そして、それはリンも同じなのでした。最後には二人は壁に体を当てて、出来る限り相手の近くにいようと耳をそばだててじっとしているのでした。

そしてそれをやっぱり鳥は見ていました。

「おいお前。」

カナタは見るに見かねて、壁の上からテトラに声をかけました。テトラもずっと彼に見られていることは知っていましたので、彼を睨み返しました。

「なんだよ、食べるんなら、早く僕を食べろ。ずっと待ちきれないご馳走を見るような目で僕を見るな。」

と、テトラは言いました。

「おいおい、そりゃないぜ。俺はお前さんを助けてやろうっていうのにさ。」

テトラはカナタを見つめました。テトラの真ん丸な瞳に小さく火が灯っているのが見えます。

「どういうこと?」

カナタは、その瞳を見て、思いました。人が人を愛するということはこんなにも素晴らしいことなのか。こんな小さな魚さえ、これほどに力強くさせるものなのか、と。

「ずっと、お前らの事を見てたんだ。あの日から。だから、事情は全部知ってる。俺はお前らの天敵だ。だからお前らを手で引っつかんで、助けるわけにはいかねぇ。それは、動物社会のルールに反することになるからな。それに俺はお腹も空いてるんだ。」

「それなら!」

テトラは声を荒げたけれど、カナタの真剣な目を見てそれ以上の言葉を続けるのをやめました。

「だが、そんな俺にも助けてやれることがある。俺には幸い翼がある。空が飛べる。だから、もしお前達が望むなら、伝えたい言葉を、向こう側に伝えてやっても良いぜ。」

カナタは何故鳥である自分が彼らを助けようと思うのかわかりませんでした。けれど彼は何だかこの魚が、とても気になって仕方がなかったのです。それは今までずっと一人身だった自分が持ったことのない、愛の力がなんだかとても気になるからかもしれない。なんて、そんなことをカナタは思っていました。



「やれやれ。まったく酷いもんだぜ。」

カナタはそう、壁の上で羽を休めながら一人ごちました。彼はもう何回、壁を往復したでしょう。二人の愛の語らいのメッセンジャーとして。そう、それはこんなものでした。

「リン、大丈夫かい。一人で淋しいだろう。そばにいられなくてごめん。食べるものは足りていますか?寒くはないですか。ちゃんと眠れていますか?泣いていませんか?」

「ええ、大丈夫よ。テトラ。最初カナタさんが来た時はもう駄目かと思ったけれど、ちゃんとテトラの思い受け取りました。私は大丈夫。一人で淋しいけれど、優しいうつぼのおじさんが色々助けてくれて、なんとか頑張れています。お母さんは元気ですか?きっと私の事を心配してくれていると思います。とてもとても会いたいけれど私は元気にしていると伝えてください。

それとテトラ、無茶しないでね。私、あなたに何かあったらそれこそ死んでしまうわ。ああテトラ、でも私、あなたに一目で良い。会いたい。」

「リン、元気で良かった。僕はもう一度君に会う為なら、なんだってするよ。その為ならこの命だって惜しくはない、なんて言ったらきっと君は心配するんだろうな。でも大丈夫。君に会うまでは絶対死んだりなんかしない。そして絶対君を助けるから。リン、愛してる。」

「やだやだ、テトラ。死ぬなんて言わないで。私も愛してる。テトラ。心の底から。あなたが私を助けてくれるのを待ってる。ずっと、ずっと待ってるね。」

始終このような調子でしたから、カナタは、散々惚気やがって・・・たいがいでこいつら食っちまおうか、なんて、優しい彼にはできるはずもないことを思うのでした。


そんな風にして、何週間かが過ぎていきました。その間に、その海に住む魚達は協力してあの大きな壁をどうにかしようと努力しましたが、どうすることも出来ませんでした。

やがて、彼らの間になにやら不穏な噂が広がり始めました。それはもうすぐ伝説の嵐が来るという噂でした。

「伝説の嵐?」

「ああ、何百年かに一度やってきて、全てをめちゃめちゃにして去ってしまうんだ。今回のことで海の神様が怒って、きっと嵐が来るんじゃないかって噂さ。」

その噂はすぐに長老の耳にも届きました。長老はすぐに占星術の本を開き、今年の星のめぐりついて調べました。そして彼は知ったのです。今年が百年に一度の大きな嵐の年であることを。そしてそれがちょうど、1週間後の夜に訪れることを。


「良いか、お前達。決して伝説の嵐の夜に外へ出てはいけないよ。もしも外へ出たら今まであったことのないほどの強い流れに呑みこまれて、死んでしまうのだからね。」

長老は人々を集めて、そう告げました。彼らは口々に、自分達に続く不幸を嘆きました。彼らの中には壁によって別れ別れになった者も少なくはなかったのです。その上にそんな嵐が来るなんて、と彼らは抱きあって泣きました。

その時、ふと長老はテトラを見ました。テトラは真っ赤に今にも燃え出しそうな瞳で、長老を見ていました。長老は何だかとても嫌な胸騒ぎがして、テトラの元へ行こうとしましたが、他の集まった魚達にさえぎられて、いつのまにかテトラを見失ってしまいました。


テトラは海を泳いでいました。その日はテトラは朝早くに自分の小さな緑色の岩の寝床から出て、色んな場所へ一人で出かけました。

始めテトラは自分が長老に拾われた自分が長老に拾われた、小さな砂利の敷き詰められた浅瀬へと向かいました。あの日のことはほとんど覚えていません。けれど父さんと母さんが手をにぎって、僕を守るように抱きしめてくれていたことだけは、そのぬくもりと共に、覚えているのでした。

ドニエプラさんの家にも行き、もう今は壊れて穴だらけのホタテ貝の檻の中をゆっくりと泳ぎました。貝の中の泡が、遊ぶようにテトラのひれに絡んで、そして海面へ登ってゆきました。リンとよくかくれんぼをした虹色の水草の林も、流れの早い岩場のすべり台にも全部一人で行きました。そして、太陽が真上に昇ったころ、テトラは水中からその強い光をあおいで、うなずくのでした。


昔、長老が自分に言ってくれたことを覚えています。

「お前のその赤い色は、お前の父さんと母さんから受け継がれたものだ。お前はその印にかけて、強く優しい子にならなければいけないよ。」

長老の家のドアの前に立って、テトラはそんなことを思い出していました。


「だめだ、テトラ!そんなことをすればお前は死んでしまう。リンだってそんなことは望んでいない。やめろテトラ。そんなことをしてはいけない!」

長老は銀のひげを振り乱しながら、テトラを説得しようとしていました。それはテトラがこう長老に自分の決意を伝えたからです。

「伝説の嵐の夜に、僕はその波に乗って、リンに会いに行きます。」

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