第4話「半人前の魔導士と沈黙の書」
第4話「半人前の魔導士と沈黙の書」
リューシャと名乗った少女は、俺の手元の本をじっと見つめていた。
ギルドのロビー。昼下がりの陽が高い天井から差し込む中、他の冒険者たちが談笑し、武器の手入れをしている。
けれど、リューシャの視線だけは鋭く、俺の胸元にある本――転生者の魔法書から離れなかった。
「その本……他のグリモアと雰囲気が違う。たぶん……認定品じゃないよね?」
「……見た目でわかるのか?」
「多少ね。私は《魔書登録局》の実地研修を受けてたから。……正式な魔導士は、魔導書に印章があるの。認定番号と術式の登録刻印。あんたのには、それがない」
(つまり、この世界でも魔法書には“管理番号”があるわけか……)
ギルドや国家が“魔法”を公に管理しているというのは聞いていたが、思ったよりも厳格だ。
リューシャの目が、鋭く細くなる。
「……ねえ、変なこと聞くけどさ。
あんたの本、“勝手に言葉が浮かんだり”しない?」
――その言葉に、心臓が跳ねた。
(なんでそれを……?)
「……なんで、そんなことを?」
俺が警戒を込めて問い返すと、リューシャは少しだけ眉を下げた。
「……私の姉の魔導書が、そうだったの。昔……死んだ姉さんが使ってたやつ。
“記された文字が、主を導く”って言ってた。今でも覚えてる。……でも、そんな魔導書は、存在しちゃいけないものだった」
リューシャの声が、ほんのわずか震えていた。
過去に、似たような“魔導書”を持っていた者がいた。
だがそれは、表に出てはならないものだった――そういうことか。
「……俺のは、ただの家宝みたいなもんさ。詳しいことは、俺もよくわからない」
嘘ではない。
本当のことを言っても、信じてもらえない。あるいは、通報される。
リューシャはしばらく俺を見つめたまま、やがて小さくため息をついた。
「そっか。まあ、いいや。今さら誰かに密告なんてしないよ。……むしろ、気になるし」
「気になる?」
「うん。さっきの火球の盾、ちゃんと見たから。……私じゃ、あれ、出せない。
それに……この町のギルド、雑魚依頼ばっかでさ。魔導士として成長できる場所、少なすぎるんだよね」
リューシャは腰のグリモアをポンと叩いた。
「で、提案なんだけど。あんた、私と組まない?」
「……は?」
「冒険者チーム。仮登録でいい。私、今“推薦ポイント”が足りなくて、このままだと次の試験に進めないの。けど、チームで実績積めば、推薦される確率が上がる」
(そんなシステムなのか)
国家認定の魔導士になるには、ただ魔法が使えるだけじゃ駄目。
ギルドや訓練機関での“信用”と“推薦”が要るわけだ。
俺にとっても、ギルドで動く口実は必要だった。
認定はされてなくても、“仲間とチームを組んで依頼を受けている”という形があれば、周囲の目も少しはごまかせる。
「……わかった。とりあえず仮でな。レオンには?」
「あいつ、戦士枠じゃなかったっけ? 3人組のほうが依頼も幅広いから、ちょうどいいじゃん」
気が早い。だが、こういうタイプは嫌いじゃない。
その日の夕方。ギルド裏の登録室で、仮チームの手続きを終えた。
チーム名は、まだ決めていない。
ただ、リューシャが「とりあえず【チームなし】でいいよ、適当適当」と言ったのを職員がスルーし、「無所属仮隊」として登録された。
「……ダサっ」
「いや、お前が言い出したんだろ」
「うるさい」
からかい混じりのやり取りのあと、リューシャがふと、夜空を見上げた。
町の西に沈む夕陽。
赤く染まった空に、やがて、ゆがんだ形の三日月が現れた。
歪んだ――まるで、引き裂かれたような月。
(……歪んだ月)
俺は、本を開いた。
数時間前に現れていた言葉が、まだそこに残っている。
“初めの契約は、歪んだ月の夜に。
声なき魔導士が、扉の向こうから君を見ている。”
(契約……?)
俺はまだ、この世界の魔法の“本当のルール”を知らない。
だが、今夜――何かが始まる気がしてならなかった。