第3話「ギルドと疑惑の視線
第3話「ギルドと疑惑の視線」
「……お前、今の……どうやって……?」
レオンの声は震えていた。興奮と、ほんの少しの戸惑いが混ざった声だった。
スモークドラグの火球を光の盾で防いだ直後、町の空気は凍ったままだった。
炎が落ちたはずの地点は焦げもなく、代わりに淡い光の粒が空中を漂っている。
俺は言葉に詰まっていた。
魔法書はすでに沈黙し、胸元で静かに閉じられている。
「た、たまたまだよ。……咄嗟に出た、みたいなもんだ」
苦しい言い訳だったが、他に言いようがなかった。
俺自身、どうやって発動したのか、正確にはわかっていないのだから。
すると背後から、低く唸るような声がかかった。
「見事だったな、少年。お前、どこの師匠に教わった?」
振り向くと、威圧感のある男がこちらを見下ろしていた。
背丈は2メートル近く、灰色の長髪を後ろで束ねた、年齢不詳の人物。
黒いローブに銀の徽章。鋭い眼光。
「……お、おい、レオン。あの人って……」
「しっ! 黙っとけ! あれは――ギルドの査問官、クロイツだ」
さ、査問官……?
つまり、“問題のありそうな魔法使い”を監視する役職ってことか。
(ヤバい……バレたら、本のことも問われるかもしれない)
俺の心臓が嫌な音を立てた。
だが、クロイツと名乗った男は、ゆっくりと俺の胸元――魔法書を見て、目を細めた。
「ふむ……その本。随分と古い形だな。見せてみろ」
(……断ったら怪しまれる。けど……見せたらバレる)
葛藤の中、ページを開くふりをし、さりげなく中身を見せないように手で覆った。
「これは、家に代々伝わってたんです。読み方もよくわからなくて、ただなんとなく持ち歩いてて……」
「ふん、そうか。……まあ、今の技は“たまたま”発動したと信じておいてやる」
冷たい声だったが、強制はしてこなかった。
だが、明らかに“監視対象”としてマークされた。
クロイツは踵を返し、黒いローブを翻して人混みに消えていった。
(危なかった……)
「お、おい、ユウ。いや、オリバー。……お前、ほんとに魔法使いなのか?」
「……いや、多分、違う。俺もわかんないんだ。とにかく、本のせいかもしれない」
そう答えながら、心の中では別の確信が芽生えていた。
(この本――転生者の魔法書は、俺に“魔導士”としての力を与えるだけじゃない)
それ以上の、“何か”がある。
未来の記述。魔法の習得。敵意を持った視線。そして――クロイツのような存在。
何かが動き始めている。
⸻
午後、ギルド本部に到着すると、レオンが受付に向かい冒険者証の更新手続きを始めた。
俺はロビーの片隅の長椅子に腰をかけ、本を開く。
――また、新しい文章が浮かんでいた。
“初めの契約は、歪んだ月の夜に。
声なき魔導士が、扉の向こうから君を見ている。”
(……意味がわからない)
だが、その言葉がどこか冷たい背中をなぞるような感触を残した。
そのとき、俺の背後から声がした。
「ねえ、あんた。今日のアレ、あんたでしょ? 火球を防いだの」
振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
赤みがかった栗毛の髪を肩まで垂らし、眼差しはまっすぐ俺を見ている。
歳は俺――いや、オリバーと同じくらいか少し下か。
腰には短剣と、古びた小さなグリモア。
「……誰?」
俺がそう言うと、少女はにやりと笑った。
「リューシャよ。ここのギルド所属の“半人前”魔導士。あんたみたいな無認可の奴、興味あるのよね」
そして、グリモアを指さす。
「……その本、普通の魔導書じゃないでしょ?」
――この出会いが、後に運命を大きく左右することになるとは、
この時の俺はまだ知らなかった。
⸻
つづく