第2話「異世界の常識」
第2話「異世界の常識」
森の中を抜けると、小さな集落が見えてきた。
木造の家が並び、煙突から白い煙がゆるやかに上がっている。遠くに石壁が見え、門番らしき男たちが槍を手に立っていた。
「ここが……ロウヴィルの町か」
そう言ったのは、俺――オリバーの同行者であり、彼の幼馴染だという男。名をレオンというらしい。
自分の足で歩いているのに、どこか借り物の体のような違和感が残る。けれど、レオンと話しているうちに、少しずつ“オリバー”の記憶が呼び起こされてきた。
体の動かし方、家の場所、訛りのある言葉――断片的ではあるが、確かに彼の記憶は残っている。
(でも、俺はあくまで“折場旬”だ)
意識の深い場所に、それだけはしっかりと刻まれている。
「とにかく、無事で良かったよ、オリバー。あのまま死んでてもおかしくなかったんだぜ? 魔獣に襲われて剣を受け止めるなんて、無茶しやがって……」
(魔獣……そうか、こいつは戦ってたんだな)
オリバーが命を落としかけた理由。それは、レオンをかばって魔獣の攻撃を受けたことだった。
それがもし偶然じゃなかったとしたら――
俺が転生してきた理由も、ただの偶然ではないのかもしれない。
「それにしても、なんか……しゃべり方、ちょっと変わったな? 前より落ち着いてるっていうか、年寄り臭いっていうか」
「そうか? ……死にかけたから、何か吹っ切れたのかもな」
適当にごまかすと、レオンは「ま、そういうことにしとくか」と笑った。
この世界の人間は、意外とあっさりしているのかもしれない。
町の門を通るとき、門番にちらりと目を向けられた。
だが、レオンが「この子は怪我してたけど、無事に戻りました」と言うと、すんなり通された。
門をくぐった瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、異世界ならではの光景だった。
馬ではない四足の獣が荷車を引き、空には鳥よりも大きな影が舞う。
屋台では、見たことのない果物や、魔法の道具のようなものが並んでいる。
建物の壁には“ギルド”と刻まれた看板もあった。
(すげぇ……本当に、異世界なんだな)
けれど、驚きよりも先に俺の意識を引いたのは――
胸元の本。
“転生者の魔法書”は、相変わらず俺の体にしっくりと馴染んでいる。
まるで、もともとここにあるべきものだったかのように。
(そういえば……さっきの文章)
“火の粉は、空から降る。愚者はそれを見上げ、賢者は盾を取る。”
今のところ、意味はわからない。だが妙な胸騒ぎがする。
「おい、こっちだ。ギルドに寄ってから帰るぞ。冒険者登録の更新があるからな」
レオンが手招きする。ギルド、か。
異世界モノでよくある組織。だが、ここではそれが現実に存在している。
「……なあ、レオン。ギルドってのは、誰でも入れるのか?」
「ん? ああ、金と身分証があればな。でもな、上のランクに行くには、国の認定が必要なんだ。魔導士や騎士もそうさ。誰でも名乗れるってもんじゃない。称号がない奴が魔法を使ってると、最悪捕まるぜ」
その言葉に、思わず胸の本を押さえる。
(やっぱり……俺の力、バレたらまずいな)
魔導士は“公的機関に認められた者”だけ。
しかも、この世界の魔法は――
そう思った瞬間、道の反対側で何かが爆ぜた。
ドォン!!
黒煙。叫び声。人々が逃げ惑う。
空を見上げれば、炎を吐く飛竜のような生き物が、町の上空を旋回していた。
「なっ……!?」
「やべえ、あれは【スモークドラグ】だ! なんでこんな町に……!」
騒然とする町。兵士が慌てて集まり始める。
俺の胸元の本が、熱を持ったように震えた。
開くと、そこにはたった一行。
“火の粉は、空から降る。”
まさか……これのことだったのか?
見上げた空から、飛竜の口が赤く輝く。
吐き出される火球――それは、まるで彗星のように地面に落ちてくる。
(盾……盾があれば――)
思考よりも先に、体が動いていた。
「っくそ……守れ!!」
俺は、胸の本を強く握りしめ、心の中で叫んだ。
(防げ、防げ、防げ……!)
すると、本のページが勝手に開き、言葉が浮かび上がる。
“守護魔法・第一式”
声に出していない。詠唱もしていない。
けれど、俺の前に光の盾が現れた。
次の瞬間、火球が直撃する。
だが――光の盾は、それを完全に弾き返した。
周囲が静まり返る。
目を丸くしてこちらを見るレオン、兵士たち、町人たち。
俺は、無意識に魔法を発動させた。
――魔法書を使って。
(ヤバい……見られた)
俺の力は、認定もされていない、名もなき魔法使いのもの。
この世界では、それは異端であり、時に“禁忌”でもある。
けれど、その中でひときわ目を輝かせた者がいた。
「……あれは……魔導士だ!」
その声が町に響いた瞬間、俺の物語が、またひとつ動き出した。
つづく