装備を買いに行くよ
武器屋とは、国から許認可を受けた、ダンジョン向けの武装を取り扱う店の総称。日本各地にあり、冒険者登録した者のみが入店できる。
駅前にある〝堀川美術〟は、この町で唯一の武器屋で、もちろん武器だけではなく、防具や薬品、その他各種道具類も販売しており、なかなかに繁盛しているようだ。
「ところで、駅前の武器屋は、なんで堀川〝美術〟なんだ?」
「あぁー。あの店はもともと、美術品とか観賞用の日本刀やら鎧兜なんかを売ってたっていうからぁ、その名残りなんだろぉ? 知らんけどさぁ」
僕の質問に、リョータが適当な答えを返す。
なるほど。無線機器を売っていた電気店が、取り扱わなくなったあとも◯◯ムセンとかいう店名なのと同じ理屈か。
「なあシンよぉー。せっかく冒険者登録したんだから、チラッと覗いてみようぜぇ、武器屋!」
「ひやかしで、混み混みの店内をウロウロしたら迷惑だろう」
先ほど無事に市役所で冒険者登録をした僕たちは、晴れて武器屋に入店できるようになった。
しかし、ダンジョンから持ち帰られた素材や、長年にわたり研究された高度な技術で作られる製品はとても高価で手が出ない。だから……
「学生冒険者は、ここ一択だろう」
「やっぱそうなるよなぁ……」
やってきたのは、全国的にチェーン展開している某有名ホームセンター。
残念そうな顔のリョータを引き連れて入店すると、全国共通の独特な香りに鼻孔をくすぐられ、なぜかテンションがあがっていく。
「おっし! どっちがスゴい装備を選ぶか勝負しようぜぇ!」
ほら。リョータも一瞬でテンションMAXになってる。
恐るべし、ホームセンター。
「全身一式だぞぉ。家にあるのを使っていいのはインナーまでだぁ!」
「受けて立つ。上限2万円だからな」
もちろん、乗らないはずがない。
男の子はみんな、ホームセンターの商品を見て〝あ、コレ、攻撃力高そうじゃね?〟などと、空想に胸を高鳴らせ、強者との戦いに思いを馳せるものなのだ。たぶん。
「それじゃ、1時間後にレジ集合な! 店内で出会ったらぁ、双方が視界から外れるまで、お互いその場から離れる事ぉ!」
なんか面倒なルールまで設定されてるし。
……まあいいや。リョータは真っ先に武器になりそうな物を探すだろうから、僕は防具を選ぶとしようか。
とはいえ、ホームセンターで買える物なんて、厚手の服とかヘルメットくらいだ。たいした防御力はないだろう。
あとは、手袋と靴……かな。
足場のコンディションが不明だから、長靴にするべきか?
いや、フットワーク重視でスニーカーっぽい安全靴という手もあるな。
「うおっ! かわいいなぁ、お前ぇ!」
いや、何でペットコーナーにいるんだよリョータ?
ダンジョンにハムスターは連れて行けないぞ。
「いやぁー。やっぱジャンガリアンより、だんぜん俺はゴールデン派だなぁ!」
独り言デカいし。
全然動かないし。
やれやれ。面倒くさいけど一声かけるか。
「……何やってるんだよ。早く装備を選べ」
「ちょぉ、シン?! み、見るなよぉ! 視界から外れるまで退がれ! あの棚の向こうまで退がれぇ!」
何でだよ。
お前が選んだハムスターを参考にする事はないぞ。
ってか、選ぶなハムスター。
△▼△▼△
リョータと僕は〝壮行金〟と書かれた茶封筒から、折り目のない1万円札を2枚取り出した。
これは冒険者登録した時に貰える、言わば軍資金。未成年の新規登録者にだけ支給される。
「よっしぃ! それじゃあ早速、トイレで装備しようぜぇ!」
レジを終えて店を出ると、リョータは商品の入った紙袋をガサガサと開け始めた。
何でホームセンターのトイレって、店の外にありがちなんだろうな。
……じゃなくて! ここで着替えるのか?!
「待て待て。ダンジョンに行くのは明日だろ?」
明日は土曜日で学校は休み。
朝から杉浦さん家のダンジョンに潜る予定だ。
「いいかぁ、シン。武器や防具は装備しないと意味がないんだぜぇ?」
「知ってるよ」
お前は、最初の町で武器屋の前にいるキャラか?
「一旦家に帰ったら、足したり引いたりできるだろぉ? 男と男の勝負に不正があってはいけないっ!」
「何と戦ってるんだよ……」
リョータは鼻息も荒くトイレへと入っていく。
仕方がない。つき合ってやるとするか。
△▼△▼△
「……シン、地味だなぁ」
「お前、派手過ぎだろ」
冒険者向けの専門店ではなく、日用雑貨がメインのホームセンター。
しかも〝武器と防具〟という狭い選択肢にしては被りもせず、オリジナリティ溢れるチョイスができたと思う。
「というかリョータ。今さらだけど、この勝負って誰がジャッジするんだ?」
「もちろんっ! 自分が〝負けた〟って思ったほうが負けだぁ!」
やだ……わけ分かんない。
「まあいい。それじゃ上から順番に行くか」
まずは頭。
僕が選んだのは、テレビ中継などでよく見るシンプルなデザインの、白い防災ヘルメット。
リョータは赤いハーフキャップヘルメット。自転車やバイクに乗る時かぶるヤツだ。
この時点で、もう個性出まくりなんだよな……
「何で白なんだよぉ。もっと色々あるだろぉ」
「お前こそ、どうして赤を選ぶかな……」
続いて鎧。
……と言いたいところだけど、さすがにホームセンターに鎧はないので、服。
僕は黒の防水ワーキングジャケットと、ダークグリーンで厚手のカーゴパンツ。
そしてリョータはオレンジ色の作業用ツナギ。
「ありえない。僕はこんな色のヤツと冒険するのか?」
「失礼だなぁ。そういうお前なんか、まるで作業員じゃないかよぉ」
いやまあ、ある意味〝作業員〟で合ってるんだ。現場はダンジョンだけど。
それに、傍から見ればコイツも〝カラフルな作業員〟だろう。バイクで乗りつけるタイプの。
「……それより、だっ! さすがにそれはないだろぉ!」
そう言ってリョータが指差したのは、僕の両手に嵌っている軍手。
手のひら一杯に、黄色い滑り止めがついたヤツだ。
「何を言っている? 軍手は日本の文化だぞ。丈夫だし、とにかく安い。12双セットでなんと780円だ」
「いや、そんなに要らねぇから! ちょっ、見せるなってぇ! ブツブツが気持ち悪ぃんだよぉ!」
むぅ。この黄色いブツブツの良さが分からんとは。
「軍手は洗えば何度も使えるし、破れても惜しみなく交換できるのがいい。コスパを考えれば他に選択肢はないだろう」
「シン……お前、実はおっさんだろぉ?」
「意味が分からん。むしろ僕のほうが2ヶ月ほど年下だ」
コイツは先々月の誕生日からずっと、ソワソワしながらも僕が15になる昨日まで市役所での鑑定を我慢していた。
ファッション周りのセンス以外は、基本いいヤツなのだが。
「……そういうお前のそれは色だけで選んだだろう。真面目にやれ」
黄色い耐熱作業手袋。
実は、さっき陳列棚で見かけた時〝リョータなら絶対コレを選ぶだろうな〟と思った。
予感が的中したのに、まったくもって嬉しくない。
「その軍手のブツブツだって黄色だろぉ?! って、うわっ! だからこっち向けんなし! やめろし!」
「僕の軍手は白だ。わざわざ赤、オレンジ、黄色、エメラルドグリーンを選んだお前と一緒にしないでくれ」
そう。コイツ、靴までテッカテカのヴィヴィッドカラーを選びやがった。
一応、つま先に鉄心の入った簡易安全靴らしい。
……逆によく見つけたな、そんな色。
「ちがうぜぇっ! この靴は、エメラルドグリーンじゃなくて〝ミディアム・スプリング・グリーン〟だぁっ!」
「うるさいし、どうでもいい」
一生関わる事のない色だ。
あと、靴に使う色じゃない。人生ゲームのコマならギリいけるかもしれない。
「色コードは〝#00fa9a〟だぁっ!」
いや、なんでパッと出て来るんだよ?!
「ちなみに、その〝山林作業用スパイクつきブーツ〟は〝ダーク・スレート・グレー〟だぁっ!」
僕の買った靴まで完全に把握済みだと?!
いやいや、まさかとは思うが……
「……色コードは?」
「〝#2f4f4f〟だぁっ!」
もうやだこの子。
「……っていうかシン! お前〝#2f4f4f〟のブーツなんて選んでんじゃねぇよぉ!」
「色コードで言うな。グレーだろ」
「ちがう! 〝ダーク・スレート・グレー〟だぁっ!」
ダメだコイツ。話が進まない。
「はぁ。もうそれでいいよ。で、ダークスレート? グレー? ……の何が悪いんだ?」
リョータが、信じられないといった顔で僕を見る。
「はぁ? お前、本気で……はぁ?!」
おいやめろ。グニャリと顔を歪めるんじゃない。
この表現は悪党に使うヤツなんだ。
「冒険者はカッコよさが一番大事だろぉ! 〝全身地味〟って何だよぉ! 納戸かぁ?!」
「全身地味とか言うな」
あと〝納戸〟をファッションの比喩に使うな。初めて聞いたわ。
「全身地味だろぉ! 結局お前、武器まで作業員じゃねーかよぉ! やる気あんのかぁ?!」
リョータが指差したのは、僕が握っている900ミリの軽量バール。
丈夫そうだし意外と軽い。狭い場所で振り回すなら、これくらいの長さがベストだと思う。
「色々迷ったが、一番しっくりきたんだ。これの何が悪い? というか、作業員の何が悪い? 全世界の作業員さんに土下座して謝れ」
世界は作業員さんたちの血と汗と涙で回っているんだ。侮辱するヤツは僕が許さない。
「大体、お前の武器こそ何なんだ?」
リョータの手に握られているのは、ピカピカの金属バットだ。
「現代ファンタジーといえばぁ! 金属バットだろぉ!」
言っている事は理解しかねるが、たしかに武器としてはいいチョイスだと思う。
……色以外は。
「どうして金色を選ぶんだ」
「金属バットといえば金色だろうがぁ!」
思い込みが激し過ぎじゃない?
どこかで特殊な教育とか受けて育ったの?
「鏡は見たのか? 全身カラフルなせいで、お前もう、そういうオモチャみたいだぞ?」
「ああもぉ! 話にならねぇ! カラフルな方がヒーローっぽくてカッコイイだろぉ!」
それ、自分から〝オモチャっぽい〟って認めてないか?
「カッコイイは正義だ! この勝負ぅ、俺の勝ちだなぁ!」
「聞き捨てならないな。どっちがカッコイイかは一目瞭然だ」
「俺一択だろぉ! 10人に聞けば1000万人がそう答えるっ!」
……分母と分子って知ってる?
「落ち着いた大人のファッションが分からんとは。お前のセンスはちびっ子のままか?」
「黙れぇ作業員!」
「黙れト◯ストーリー!」
……何なんだ、この勝負。
「とにかく! 俺はお前のそのファッションセンス、絶対に認めないからなぁ!」
それはこっちのセリフだ!
……とか言ったら延々と終わらないな。面倒だからもういいや。
それにしても、いつの間にファッション対決になったんだ? 装備の良し悪しは関係なしかよ。
「だが! そのゴーグルとLEDヘッドライトは俺も買って来る! ちょっと待ってろ!」
やれやれ。僕のファッションは絶対に認めないんじゃなかったのか?
……さて。それじゃあ僕も、アイツが背負ってるリュックサックを買って来るとするか。