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本心

 教室は一時騒然(そうぜん)となった。

 奇妙な動きをしつつ、意味の分からない事を口走っていた田丸は、騒ぎを聞きつけた先生と、サンドイッチとコーラを買って戻って来た杉本くんに連れられて教室を出ていった。


「あ痛ててて。クソッ! 田丸のヤツ、思いっきり蹴りやがってぇ……おい、大丈夫か、シン!」


 リョータが腹のあたりを押さえながら近づいて来る。

 良かった。痛そうにはしているが、たいした怪我はなさそうだ。

 スキル〝聖騎士〟とステータス・マップで強化されているはずの田丸が蹴ったんだ。相当な威力だったに違いない。


「頭打っただろぉ、立てるか?」


 心配そうに、こちらへと手を伸ばすリョータ。

 僕はそれを(つか)み、立ち上がる。


「……すまん! シン、悪かった!」


 そして、間髪入れずに謝られた。

 深々と下げられた頭を、いまだハッキリしないボヤけた意識のままで見ていると、こちらをチラリと見たリョータが言葉を続ける。


「その……俺、お前が本当は冒険者になりたいんじゃないかと思っててさぁ。けど、思い違いだったみたいだな」


 申しわけなさそうに、リョータが頭を()く。

 そう言われて、何だか悪い事をしたような気持ちが沸々(ふつふつ)()いてきてしまった。


「はは。何より、安全っていいよなぁ! やっぱさぁ、俺も普通に進学して……」


「……いや、待ってくれ」


 言葉を(さえぎ)られて、キョトンと首を(かし)げたリョータに、今度は僕が頭を下げる。


「謝らなきゃいけないのは僕の方だ。すまない。お前の言う通り、本当は僕も冒険者になりたかったんだ」


 途端に、リョータは嬉しそうな笑顔で、握っていた手をさらに強く握り締めて来た。


「はっは! やっぱりなぁ! そうだと思ったんだ! それじゃあこれから、よろしく頼むぜぇ、相棒!」


「ああ。よろしくな」



 △▼△▼△



 放課後。保健室でしばらく寝ていた田丸は、迎えに来た親の車で病院に連れて行かれたらしい。


「突然、何も見えなくなったんだって」


「きっと、怒った神様が(バチ)を当てたんだよ。〝聖騎士らしからぬ(おこな)いだ〟ってね」


 ……などと話題になっているが、真相は分からない。

 いや、神様なんているわけないじゃないか、と笑わないでほしい。

 ダンジョンやスキルが現実に存在するんだ。神様かどうかは分からないけど、僕たちの世界を(はる)かな高みから見下ろしている存在だっているかもしれないだろう?


「……シン。おい、シン! 聞いてるのかぁ?」


「ああ、悪い。何の話だっけ?」


 教室には、もう数人しか残っておらず、窓の外からは野球部員たちの元気な声が聞こえ始めていた。


「だからぁ! 〝第一回オレらの冒険者会議〟だって! 今後の活動を話し合うんだよぉ!」


 何だよ、そのテキトーなネーミング。まだ冒険者登録もしてないだろ。

 ……まあいいや。コイツの熱意だけは本物だからな。つき合ってやるとしよう。


「最初の問題は、僕たちがどうやって強くなるかだ」


 僕の言葉に、リョータは腕を組んで考え込む。


「俺たちのステータス・マップが、ダンジョン攻略や化け物との戦いに役立つものならいいんだけどなぁ」


「スキルがスキルだからな。あまり期待できないんじゃないか?」


 ステータス・マップの内容は、スキルに引っ張られる傾向にある。

 戦闘向きではないスキルを持つ僕たちのマップに、果たして戦闘向きのパワーアップが用意されているだろうか。


「おいおい。ネガティブすぎるぞぉ。何度も言うけど、戦闘向きスキルじゃなくたってダンジョンに(もぐ)ってる人はいっぱいいるだろぉ?」


 リョータの言う通り、信じられないようなスキルで冒険者をしている人は大勢いる。

 僕の知っているところでは〝五目並べ〟とか〝松ヤニ〟とか〝オムレツ〟とか。

 事実、どれだけ戦闘に不向きなスキルの持ち主でも、難易度の低いダンジョンなら、そこそこ稼ぐ事ができる。

 おかげで、ほぼ進学一択状態だった中学生の選択肢に、ダンジョンが出現してからは〝冒険者になる〟が追加された。

 テレビで(しゃべ)っていた、どこかの(かしこ)そうな人(いわ)く、高校、大学と進むより、ステータス・マップを進めた方が生涯年収が上がるんだとか。


「何ビミョーな顔してんだよぉ。どうせお前の事だから〝低難易度のダンジョンで細々と冒険する人生だった〟とか思ってるんだろぉ!」


 (するど)いな。

 っていうか、何で僕の思考が過去形なんだ?


「始めてもいないのに悲観するなよぉ。いるだろ、不遇スキルなのに超・絶・スゲぇ人がぁ!」


北条(ほうじょう)みのる……か」


 日本で5本の指に入るほどの高ランク冒険者。

 探索すら不可能とさえ言われていた〝攻略難易度A〟のダンジョンを、なんと単独で踏破した〝超人〟北条みのる。

 彼のスキルは〝鍋奉行(なべぶぎょう)〟らしい。冒険者向きとか以前に、何ができるスキルなのか想像もつかない。

 実はスキルが有能なのだとか、奇跡のステータス・マップだとか、神話級の武装を持っているだとか、さまざまな噂が流れているが、彼がどうやっていまの強さを手に入れたのか真相は分かっていないようだ。


「俺の推理では、北条みのるの強さの秘密はステータス・マップにある! 絶対にぃ! だから俺たちだって大丈夫だぁ!」


 それは推理っていうか憶測(おくそく)だろ。しかも相当に都合のいいヤツ。

 相変わらず勢いだけだな。


「やってやろうぜぇ! 目指すは最強! 俺たちは世界一の冒険者になるっ!」


 けど……そうだな。せっかく冒険者登録するんだから、夢は大きい方がいい。

 大体、コイツが低難易度ダンジョンで細々と冒険してる姿なんて想像できない。


「分かったよ。それじゃあ最強目指して、まずは市役所で冒険者登録をしてから装備を揃えるか」


「おぉ? ノッて来たな、シン! という事は、駅前の〝武器屋〟だなぁ?」


 ちなみに、こんな物騒な世の中になったにも関わらず、未だ〝銃刀法(じゅうとうほう)〟は、ほぼ丸々健在だったりする。

 国内で刀剣の所持および使用が許されるのは〝冒険者登録証を持つ20歳以上の日本人〟のみ。

 15歳の僕たちは、刃のついた武器を持つ事さえ制限される。テレビやポスターのキャッチコピーは〝刃物はハタチになってから〟。

 銃火器に至っては、一般人が持っていたら大騒ぎの末に即逮捕だ。


「いや〝武器屋〟じゃ、高すぎて買えないだろ」


「えぇぇー? じゃあどうするんだよぉぉー?」


 日頃ウザい口調が一段とウザい。

 コイツ、ワザと言ってるな?


「とにかく、まずはこのまま市役所へ行く。どうせ今日も持ってきてるんだろう?」


「へっへー! 学生証と保険証と同意書に印鑑。抜かりはないぜぇ! ……ん? あれぇ? ひょっとして、お前も持ってるのかぁ?」


 チッ、気づかれたか。

 僕は無言で(かばん)から各種身分証明証と同意書を取り出し、ポケットの印鑑を添えてリョータに見せた。


「フゥーッ! なんだよぉー! やっぱ冒険者になる気満々だったんじゃないかよぉー!」


 表情がウザい。

 やめろ。ニヤけ顔でクネクネするな。顔を近づけるな。


「……昨日から入れっぱなしだっただけだ」


「またまたぁー! シンくんってばぁー、素直じゃないんだからぁー!」


 いっそもう存在がウザい。

 ああそうさ! 未練たらしく持ち歩いていたさ!


「ねぇー! どうしてポケットの印鑑に気づかなかったのぉー? シンくんはハンカチを毎日取り替えるでしょぉー? そこに入ってるよねぇー? 右ポケットにハンカチぃー! 新しいハンカチだよねぇー?」


 僕のハンカチ事情を完全に把握しているのがまたウザい。

 はぁ……やっぱり、一旦帰れば良かった。

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