暗転
市役所に行った翌日。
登校中も、学校に着いてからも、僕はリョータから熱烈なアタックを受け続けている。
「……なぁ、どうしてもダメか?」
「ダメだと言ってるだろう」
いや、誤解を生みそうだな。
もちろん冒険者登録の勧誘を受けているだけだ。
「そんな事言わずにさぁー! やろうぜぇー!」
まるで行政の回し者かのようなリョータの誘いを、極力面倒臭そうな態度で断り続けているのだが、クラスメイトにまで勘違いされていないか心配になってきたぞ。
「クドい。約束は約束だ。冒険者にはならない」
よし。これならBLとは思われないだろう。
実際、僕かリョータのどちらかが非戦闘系スキルだったら冒険者にならず進学するという約束だったはずだ。譲るつもりはない。
昨日はおとなしくしていたから、てっきり諦めたと思っていたんだけどな。
「何度も言うが、冒険者になったら非常時に招集されたりするんだ。〝戦えない者〟が迂闊に登録なんかしたら、大変な事になるんだぞ」
冒険者は、消防団員などと同じ〝非常勤の特別職地方公務員〟だ。
めったにないが、化け物がダンジョンから出てきてしまったり、どこかでダンジョンが発生した場合、対処にあたらなければならない。
ちなみに消防団と違って制服や装備が支給される事はなく、未成年者が登録した時だけ〝壮行金〟が手渡されるらしい。
奨励金とかじゃなく壮行金ってところが〝勝手に行って来い感〟ダダ漏れである。
「戦闘向きのスキルじゃなくたって、ダンジョンに潜ってる人はいっぱいいるだろぉ?」
「だから。それだって〝ステータス・マップ〟次第じゃないか」
ステータス・マップというのは、スキル発現とともに備わる成長の仕組み。
頭に浮かぶ入り組んだ見下ろし型の迷路を、スタート地点から〝ひと筆書き〟の要領で辿る事になる。
引き返せないから、道を間違えれば有用な能力を取りこぼすし、行き止まれば成長はそこで止まる。
子どもの迷路遊びのような物と思ってくれていい。
マップの内容は人によって違い、発現したスキルに影響を受ける場合が多い。
ちなみに15歳の誕生日を迎えた僕の頭にも、すでにステータス・マップは表示されている。
「〝ハミング〟とか〝スキップ〟のステータス・マップじゃ、どう考えても戦闘向きには成長しないだろ」
マップを進めるには、ダンジョンを攻略したり、スキルを使ったり、化け物を倒して手に入れた〝経験値〟を使う。
複雑に分岐した道筋を辿っていけば、身体能力が向上したり、スキルがパワーアップしたり、追加で様々な特殊能力を授かることもあるらしい。
だが、僕やリョータのステータス・マップは……まあ、発現したスキルの影響を大きく受けるんだから、お察しって感じだろう。
「いや、そうでもないぞぉ。俺の〝第1室〟は〝俊敏+〟だぜぇ! な? 戦闘向きだろぉ!」
脳内のステータス・マップは黒くボヤけていて、広大な迷路の先に何があるのか知る事はできない。
ただ、スタート地点のすぐ目の前にある部屋……通称〝第1室〟だけは、ほぼすべての人が見られる位置にある。
「それは〝スキップ〟が上手くなるってだけだろ? 次の部屋は〝リズム感+〟だぞ、きっと」
「はっはぁ! いいじゃねぇかぁ! 戦闘にリズム感は必要だぜぇ!」
まったく。ああ言えばこう言う。コイツは昔からこの調子なんだよ。
……仕方がない。引導を渡してやるか。
「〝範囲+〟だ」
「……はぁ?」
僕の言葉に、リョータは素っ頓狂な声をあげて、首を傾げる。
「僕の〝第1室〟は〝範囲+〟なんだよ!」
ステータス・マップに曖昧な表記があれば、それは大抵がスキル自体のパワーアップだと以前読んだ本に書いてあった。
つまり、リョータの〝俊敏+〟は〝スキップ〟のスピードアップだし、僕の〝範囲+〟は〝ハミング〟の範囲アップって事だ。
「より遠くまで届くようになるんだ。僕のハミングが。バカバカしい!」
そんでもって、きっと次の部屋は僕も〝リズム感+〟なんだろ?
なんでコイツに〝可視化された赤い糸〟を感じなくちゃならないんだ。クドいようだがBL作品じゃないぞ。
「ず、ずっと先で、スゴいパワーアップが待ってるかもしれないじゃねぇか!」
「そうだな。キレッキレの、スゴいスキップを楽しみにしてるよ。だが僕はハミングをパワーアップさせるつもりはない」
……いや、待てよ? スゴいスキップなら、もしかしたらそれだけで食っていけるかもしれないな。ダンサーとか。
それに引き換え、ハミングなんか、どれだけスゴくなったって宴会芸が関の山じゃないか。
「ズルいぞリョータ」
「急にどうしたぁ?!」
いかんいかん。ついカッとなった。
「とにかく。約束通り、冒険者にはならない」
「あーもう! 何でだよぉ、シン! お前だって本当は……」
「ぎゃははは! あー、腹いてー!」
リョータの言葉を遮るように、野太い声が響いた。
「ハミングとスキップだって? 笑わせんなよ、おい!」
中学生とは思えないくらいにガッシリした体格と低い声、そして凶暴なまでの威圧感。
急に背後から現れて、馬鹿みたいに笑っているコイツは田丸弘光。
事あるごとに俺たちに突っかかって来る嫌なヤツだ。
「はいはい。聖騎士様には敵いませんってぇ」
先月、田丸は〝聖騎士〟というスキルに目覚めた。
既に冒険者として活動を始めていて、クラスでも幅を利かせている。
……いや。クラスでデカい顔しているのは、ずっと前からだったか。
「あ! おいコラ杉本! サンドイッチとコーラ買って来いって言っただろ! グズグズしてんじゃねーぞ!」
そう言って、クラスメイトの頭を小突く。
コイツのどこが〝聖騎士〟なんだよ。どう見ても〝無法者〟とかだろう。
「内海、高橋、残念だったなぁ、ショボいスキルでよ!」
無法者がニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を向けて来る。
本当に何なんだよコイツは?
「お前ら、ダンジョンで早々に死んじまうんじゃねぇか?」
……はぁ。
やれやれ。心底どうでもいい。
「僕たちはダンジョンには行かない。冒険者にもならない。じゃあな」
昨日の時点で終わった話を蒸し返さないでくれ。
僕はヒラヒラと手を振って見せる。
「ちょ、シン! 待てよぉ!」
「おい! どこ行くんだ、話は終わってないだろ!」
立ち去ろうとした僕の右肩をリョータが、そして左肩を田丸が掴んだ。
ひょっとして、お前ら共犯だったのか?
「冒険者とかダンジョンとか、もうどうでもいいんだ! 放っといてくれ!」
口をついて出た言葉に自分でも驚いた。
そうか。僕は無意識に声を荒らげてしまうほど、冒険者になりたかったんだな。
「何だァ?! その口の利き方はッ!」
強引に肩を引かれ、次の瞬間、頬に衝撃が走る。
教室の壁に背中と頭を打ちつけてから、霞んだ意識と痛みの中で、自分が殴られたという事に気付いた。
「ちょ! 何すんだ田丸ぅ!」
「うるせぇ! お前らムカつくんだよぉッ!」
食ってかかるリョータの声と、田丸のバカでかい怒声。
続けて、視界の端にリョータの腹を蹴りつける田丸が映った。
「ぐぶぅっ?!」
想像以上のスピードと勢いで転がっていくリョータを見て、頭の芯が熱くなり、怒りで目の前が真っ赤に染まっていく。
思った以上のダメージを負ったのか、身体が自由に動かせない。
グラグラと揺れる意識の中、僕は肘で無理やり体を起こして、邪悪な笑みを浮かべる田丸を睨みつけた。
『ピッ! 照準固定。〝サミング〟準備完了。ターゲット:タマルヒロミツ』
不意に奇妙な声が響く。
「はあッ? 何だこりゃ?!」
直後、田丸が大きな声を上げた。
うつろな眼差しで、キョロキョロと辺りを見回し始める。
「ど、どうなってんだ? 急に真っ暗に? お、おい、何だってんだよ?!」
身を屈めて尻を突き出し、足取りもおかしい。
両手をあらぬ方向に伸ばしたまま、ヒョコヒョコと奇妙な動きを続けている。
「誰か! おいって! コレどうなってるんだ? わあッ! うわあぁぁぁぁぁッ?!」
どうなってるって、それはこっちが聞きたい。
何をしているんだアイツは……?