ダンジョンのある世界
ウチの町内にも、ぽつりぽつりとダンジョンができた。
子どもの頃よく連れて行ってもらった駅前のデパートや、県境の山にある防空壕跡。
それから、2軒となりの杉浦さん家とか。
ちなみにダンジョン化した際には、デパート内にいた人たちも、杉浦さん一家も全員亡くなられたそうで。
「なのに〝攻略難易度〟は防空壕跡が一番高いというのが腑に落ちないんだが」
ダンジョンの中には凶暴な化け物がいて、総じて人を襲う。その上、即死してしまうような恐ろしい罠もいっぱいだ。
そして、殺した人を栄養に、ダンジョンは大きくなっていくらしい。
駅前のデパートはたくさんの人で賑わっていたし、杉浦さん家もいまどきにしては珍しい大家族だった。
比べて、観光地でもない防空壕跡なんかに、わざわざ近づくヤツはいない。ダンジョン化した時には、中にも周囲にも、人はいなかったようだ。
「死者は防空壕が一番多いんだぜぇ?」
すがすがしい朝の登校風景には似つかわしくない会話が続く。
中厳山の防空壕で起きた悲劇は、この町では有名な話だ。
大勢の人が逃げ込んだ防空壕。
山林にばら撒かれた焼夷弾による火災は、出口を塞ぎ、壕内を隅々まで燻した。
小学校では夏休みの第2登校日に、当時亡くなった子どもたちに黙祷を捧げるのが通例になっている。
「いやいや。〝戦時中〟はノーカンだろう」
「そうかぁ? 〝オバケが出る〟ってトコだけ考えてみろよぉ」
そういえば、ダンジョンと化した防空壕跡には、強力な亡霊系の化け物が大量に出現すると聞いた。
「デパートと民家と防空壕だぜぇ? 肝試しするなら、ドコが一番怖いかって話じゃん?」
なるほどね。
ダンジョンに関しては、ここ10年近く研究されて来たけど、詳しい事はなにも解明されていないという。
過去に亡くなった人たちの〝魂〟や〝怨念〟がダンジョンの生成に関わったとしたら?
コイツが言っている事も、あながち間違いではないかもしれない。
たしかに、その3択ならどう考えても防空壕が……いや、待てよ?
「……僕は杉浦さん家が怖いな」
杉浦のじいさんには、ずいぶん怒鳴られたもんだ。
小さい子どもの可愛らしい悪戯に、あそこまで怒る事もないだろうに。
「ブハッ! 失礼だろぉ! あははは!」
そうそう、丁度いいタイミングだ。ちょっと遅くなってしまったけど紹介しよう。
笑いすぎて盛大に鼻水垂らしてるコイツの名前は高橋良太郎。周囲からは〝リョータ〟と呼ばれている。
僕と一緒に、たびたび杉浦のじいさんに怒鳴りつけられていた幼なじみだ。
「……お前、なんか俺の印象を操作しようとしてないかぁ?」
「何を言ってるのか分からない」
昔から無駄なところで妙に勘が働くヤツだ。
「いや、話が逸れまくったけどよぉ。お前、今日誕生日だろぉ? 行くよな、市役所!」
「まあな。というか、僕に合わせなくて良かったんだぞ? リョータ、とっくに15だろ」
10年以上前。この世界にダンジョンが現れた時、同時に〝満15歳以上の全人類〟に〝スキル〟と呼ばれる特殊能力が発現した。
そして当時15歳未満だった者も、必ずきっかり15歳になった時点でスキルに目覚める。
「へっへっへ! やっぱ一生に一度の〝鑑定〟だからさぁ。親友と一緒に喜びを分かち合いたいだろぉ? な?」
けれど、自分に備わったスキルがどんな能力なのかは、たとえば〝ケガが勝手に治る〟とか〝スゴい怪力になる〟とか、よっぽど分かりやすいものでない限り、気づけない場合が多い。
「なあ、シン。もし俺とお前のスキルが〝戦闘系〟だったら……」
「はいはい。一緒に〝冒険者〟になるんだろう?」
全国各地の市役所には、スキルを鑑定する装置が置かれている。15歳を迎えたら、誰でも自分のスキルを無料で鑑定してもらえるのだ。
……おっと。名前が出たような気がするから、自己紹介をしておこうかな。
僕は内海伸悟。友人たちには〝シン〟と呼ばれている。
どこにでもいる普通の中学生で……きっとスキルも、ごく普通の、ありふれたものだろう。
こういうのは期待が大きければ大きいほど、ダメだった時のショックもデカいんだ。
「その代わり、どちらかが非戦闘系スキルだったら、おとなしく進学するんだぞ」
「分かってるってぇ。俺はお前と一緒に冒険者になりたいんだ。ソロで冒険者になるくらいなら、お前の大好きな〝普通〟の高校生になるさぁ」
はぁ。コイツはいつもこんな調子だ。いちいち訂正するのも面倒なんだけど、僕は別に〝普通〟が好きなわけじゃない。
力がないのなら、わざわざ危険な職に就く必要はないと思っているだけだ。
「冒険者向けのスキルなんか、そうそう発現しないだろう? ウチの両親なんて〝腹話術〟と〝声帯模写〟だぞ」
軽くコンビで巡業できそうなのがイヤなんだけど。
「分かってるよぉ! ウチの親も〝プラネタリウム〟と〝天体観測〟だぜぇ?」
四畳半の片隅に望遠鏡を担いで行きそうな感じになっちゃってるな。
……ちなみに、恋人同士や夫妻は不思議と似た系統のスキルを持っている事が多いらしい。
むしろ完全に無関係な能力を持つ者同士は、既婚、未婚にかかわらず〝お別れ〟してしまう確率が非常に高く、巷では〝赤い糸の可視化〟などと呼ばれていたりいなかったり。
「とにかく! 学校が終わったら市役所へ行くぞぉ!」
「分かった分かった」
目指せ、中学生冒険者……か。
たしかに、ダンジョンに潜れば大儲けできるし、多方面から様々な恩恵が受けられる。
華々しい冒険と探索の日々に憧れがないと言えば嘘になるけど……毎日のように、テレビやネットで、命を落とした冒険者の情報を見かけるのも事実だ。
「で、そのまま冒険者登録だぜぇ! シン、学生証と保険証と印鑑を忘れるなよぉ!」
「気が早いって……あと、親の同意書もな」
△▼△▼△
「こちらが鑑定結果となります」
市の職員さんが笑顔で手渡してくれた書類を見て愕然とした。
「……最悪だ」
思わず言葉が漏れてしまった。
期待していなかったとはいえ、さすがにこれはあんまりだ。
「おい、シン! どうだったんだ?」
もう一度、複写防止のプリントが施された薄青色の紙を確認してみた。
僕の名前の下には、そのスキル名が大きく書かれている。
込み上げて来た腹立たしさに、思わず書類を握り潰して近くにあったゴミ箱に放り込んだ。
せめて、もうちょっと希望が持てるスキルだったら……ああ、クソッ!
「どうしたんだよぉ?! どんなスキルだったんだ?!」
僕の様子に驚いて、リョータの視線がゴミ箱と僕を行ったり来たりしている。
「〝ハミング〟だ」
「……はぁ?」
リョータは目を瞬かせて、不思議そうに首を傾げた。
何度も言わせるなよ恥ずかしい。
「だ・か・ら! ハミングだよ! 口を閉じて鼻で歌うヤツ!」
ほら見ろ。やっぱり冒険者向きのスキルじゃなかった。
鼻歌交じりでダンジョンなんかに行ったら命がいくつあっても足りない。
「で? リョータのスキルは何だったんだ?」
僕の言葉に、リョータはしぶしぶ書類を差し出す。
書かれている文字は〝スキップ〟だった。
「ふぅ……トドメを刺された感じだな。2人とも戦闘向きのスキルじゃなかったか」
スキップとハミング。
コンビで冒険者になったら楽しそうだけど、初日に死ぬだろ。絶対。