婚約者が婚約破棄宣言をしたので、頬っぺた引っ叩いたら正気に戻った
ソフィアという、美しく優しい姫君がいる。公爵家の末っ子長女である彼女は、地位、金、権力、名声など大凡は人が欲しがるもの全てを持っていた。そして本人も幼い頃から神童と讃えられたほど優秀で、その上慈悲深い。聖女なんて囁かれるほどには完璧に見えるが、婚約者の前でだけは甘えん坊になる可愛らしいところもある。
「ソフィア様はまるで聖女のようだ」
「お美しくお優しい」
「王太子殿下の妃となるに相応しい実力もお持ちだ」
「外交の手腕も既に王妃殿下に認められるほどとか」
「ああ、王太子殿下とソフィア様がいればこの国は安泰だ!」
そんな彼女の婚約者であるこの国の王太子セシルは、彼女に心底惚れ込んでいる。溺愛と言っても過言ではないレベルだがそれに苦言を呈す者は居らず、むしろセシルも王太子に相応しい人格者と言われていることからお似合いの二人だと祝福されていた。
「ソフィアは可愛いねぇ、いい子だねぇ」
「セシル様、わたくし今日もお役に立てましたか?」
「うんうん、いい子だねぇ。頑張り屋さんだねぇ、ソフィアは俺の自慢の婚約者だ」
「えへへ、セシル様大好きです!」
「んもぅ、この子可愛すぎる…うちの子天使…早くお嫁さんにしたい…」
しかしなんの運命か、セシルは貴族の子女の通う学園にて唯一の平民出身の特待生制度を利用した生徒であるミラと出会ってしまった。それからセシルは変わった。
「ミラ、可愛いね。大事だよ」
「セシル様…嬉しいっ!」
「なにあれ…」
「王太子殿下がソフィア様を差し置いて平民に寵愛を与えるなんて…」
「嘘でしょう…?」
セシルはミラを可愛がる。そしてソフィアのことは無視し続けた。ソフィアは困惑し、周りの貴族たちはそんなソフィアを励ました。
「きっと一時の気の迷いですよ、ソフィア様!」
「王太子妃に相応しいのは誰がどう見てもソフィア様です!」
「我々はソフィア様の味方ですから!」
「みんなありがとう…でもわたくし…」
「ソフィア様…」
ソフィアを溺愛する両親と兄たちは王家に苦情を入れ、セシルとの婚約破棄も考えていた。だがソフィア本人にまだセシルへの心があるのを知っているので行動に移せないでいた。
「ソフィア、辛くないかい?」
「お兄様…」
「いざとなったら兄様たちがなんとかしてやるからな」
「はい…」
「大丈夫。僕たちの可愛いソフィアならきっとどんな道を選ぼうと幸せになれるよ」
「………」
そして、学園でのダンスパーティーの日にとうとうセシルはやらかした。ミラをエスコートして、一人寂しく入場したソフィアにいきなり婚約破棄を突きつけた。
「ソフィア!貴様、可愛いミラに嫌がらせをしたと聞いたぞ!そんな女を王太子妃にするわけにいかない!婚約は破棄させてもらう!」
それを見ていた会場にいた者たちは皆激怒した。あんなにも愛していたはずのソフィアに対してなんという裏切りか!
皆が声を上げようとした時、ソフィアが動いた。
皆ソフィアを見守ることにして一度は声を上げるのをやめた。
ソフィアは、ゆっくりとセシルとミラに近付いて…。
パーン、パーンッと軽快な音が二つ、会場に響き渡った。
「…え」
「…っ!ひどぉーい!!!」
ソフィアがセシルとミラの頬を思いっきり引っ叩いたのである。ミラは抗議の声をあげるがソフィアは冷めた目を向ける。そしてセシルに微笑んだ。
「状態異常解除の魔力を最大限に手のひらに流して引っ叩いて差し上げましたけど、正気に戻りまして?わたくしのセシル様」
これはソフィアの賭けだった。
セシルが何らかの方法で精神を操られている可能性を信じて、やらかしたのだ。
これでダメなら諦めよう。
そんな気持ちでやった。
…のだが。
「…ごめんよソフィアー!!!精神汚染系の魔術に今更引っかかってしまうなんて情けない!!!愛してるのはソフィアだけなんだよ本当に!!!信じてー!!!」
本当にそれで正気に戻ったセシルから涙目でぎゅうぎゅうと強く抱きしめられ、頭に頬を擦り付けられることになるとは思っていなかった。
思わずぽかんとしてしまう。
その間に他の御令嬢たちが動いた。
「精神汚染系の魔術はこの国では非合法ですわ!誰かあの者を捕まえて!」
「衛兵の皆様、今ですわよ!」
「逃してはなりませんわ!!!」
密かにミラにヘイトを溜めていた御令嬢方はここぞとばかりにミラを捕まえさせ、そのまま吊るし上げ大会を始めた。
御令嬢方が衛兵により捕まったミラをその場でオブラートに包みつつめちゃくちゃ罵倒する中、貴公子たちは冷静に国の治安部隊に連絡をして大罪人としてミラを差し出すことにした。
「ミラ悪くないもん!!!簡単に術に掛かるセシル様が悪いんだもん!!!」
「まぁあああ!!!なんて暴言!問題発言ですわぁ!!!」
「呆れて言葉も出ませんわぁ!」
「出てるじゃん!!!ミラ悪くないもん!」
「あ、治安部隊に連絡しといたから」
「な、なんでそんなことするのぉ!??」
「グッジョブですわ!」
よくわからないお祭り騒ぎ、正気に戻ってぎゅうぎゅうと抱きしめてくるセシル。
ソフィアはなんだか可笑しな気分になってしまって、少し笑った。
笑ったら涙が出てきて、セシルの腕の中で泣いた。
「セシル様、よかった…」
「ごめんね、ソフィア。本当にごめんね」
「セシル様、大好きです」
「!!!…俺も大好き!魔術には掛かっちゃったから信頼してもらえないかもしれないけど、本気で愛してる!!!!!」
「大丈夫、昔からわたくしを大切にしてくれていたセシル様ですもの。信じますわ」
「ソフィアー!!!好きー!!!」
結局のところ、ミラは逮捕された。
そして刑罰を受ける…はずだったのだが、この国の王族には高度な精神汚染系の魔術を防御する加護があるのにどうやってと魔術塔に興味を持たれて首チョンパされて脳みそを保管&遺された身体も実験に回されるという酷い末路を辿った。
なおこれは王家に隠匿され、表向きは刑罰を受けていることになっている。
なのでソフィアも知らない。
セシルは知っているが、まだ生温いとすら感じていた。さすがに許してあげてほしい。
「まさか俺が精神汚染されるなんて…ごめんね、ごめんね…ソフィア愛してるっ」
「わたくしも愛していますわ」
「今まで甘やかせなかった分までたくさん甘やかすからー!!!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ安心を感じるソフィア。セシルはすっかり元の調子だが、自らも被害者だというのに責任を感じているらしい。そんなセシルにソフィアは頭を撫でてあげた。
「え!頭撫でてくれるの?ソフィア優しい!天使!可愛い!いやむしろ女神!愛してる!」
「ふふ、セシル様。もう大丈夫ですから、これからは気に病まないでくださいませ」
「優しすぎるー!!!早く結婚したーい!!!」
ミラの受けている天罰より酷い末路など一切知らず、ソフィアはただ戻ってきた日常を謳歌していた。
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
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あと
【連載版】侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
ちょっと歪んだ性格の領主様が子供を拾った結果
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