3-8.安らぎの花蜜
ダンジョンの2日目。
俺らはゆっくりと睡眠をとって、起床。軽く食事をした上で、20階のボスに挑み、楽々とクリアをした。
その後は、昨日と同様に魔物を呼びこんで一網打尽にしつつ、ハニービーという魔物を探す。
倒すとドロップで蜂蜜を落とすが、これが稀に安らぎの花蜜に変化する。花畑も探すが、中々見つからない。花畑に闇を纏う花があった場合、その花を採取して、後ほど加工することでも入手できるらしい。
「安らぎの花蜜、思ったよりも手に入らないんだな」
「ドロップを狙って出るものでもない。変異種を探し出す方が早い」
夕方には29階まで到達していたが、ドロップ無し。
魔物は順調に間引きはされているが、本来の目的物が入手出来ていない。
上の階に行けば手に入るものでもないだけに、さっさと入手できる算段だけでもつけておきたい。
「……変異種を探し出す方法、おっさんは知っているということでいいか?」
「たくっ……そういうのも含めて、自分たちで創意工夫をするべきなんだよ」
「おっさんの主張はわかるけどな……それで成果が出ない間、俺らは帰れないんだぞ」
「たくっ……割と面倒なんだよ。この広大な森のフィールド中で、真っ黒な木が数本ある。その木の洞の中に巣があれば、そこはダーククイーンビーの巣だ」
このダンジョンでは、森林になっているフロアが多い。その森林の中にある数本の黒い木を探し、そこに巣があるかは、運次第。たしかに面倒ではある。
安らぎの花蜜が高い値段なのも、そういうのが原因ではあるんだろうな。ただ、おっさんは結構入手率が良かったんだろう。
「言っておくが、斥候役が優秀だったから入手率が高かっただけだからな」
「なるほど。ちょっと待ってくれ……」
おっさんの言う斥候役は相棒であるフィンだろう。おそらく、変異種を探し出す方法を見つけたのも含め、あまり言いたくなかったとかだろう。
ギルドに報告していない情報というのもあるんだろうな。俺らに教えてもいいが、楽を覚えさせて成長を阻害したくないという思いがありそうだ。
近くの木に登って、周囲を見渡す。確かに、森の中に黒い木が何本かあるのを確認する。
「一番でかい木に行ってみるか。……おっさん、北東に進もう。まだ、ボスに挑む必要はないだろう」
「ああ。見えたのか?」
「まだ、ぎりぎり夕方だったからな。行ってみよう」
暗くなると極端に視力が下がるからな。移動して駄目なら、今日は諦めることになりそうだ。
おっさんと二人で遠くから見つけた黒い木に近づくと、葉も幹も全て黒い大樹の光景は異様だった。
「すごいな……闇属性だというのが、近付くだけでわかる」
「まぁな、どうやらここは当たりだな」
根元に樹洞があり、そこから黒い蜂が中と外を出入りしているのが確認できた。
「おっさん。あれが変異種だよな」
「ああ。中に巣があるのは間違いないだろうな」
「よし、ボス戦前にさくっと狩るか」
「あのな、クイーンビーならいいがダーククイーンビーだったらボス並みだ。統率も取れてるから、通常の魔物より厄介なんだぞ……お前は平気だろうが」
「だよな。おっさんも平気だろ?」
ちょうど洞から出てきたダークビーを一撃で倒す。
おっさんの様子を見る限り、巣がある確率もそんなに高くはないのだろう。せっかくのチャンスは逃すべきではない。
「毒状態にならないように気を付けろよ」
「おっさん。ドロップは狙い通りだな」
偵察の1匹を倒したところで、安らぎの花蜜がドロップした。幸先がよさそうだ。
「確率が5分の1だからな。この巣の蜂をすべて倒しきれば、十分な数が確保できる」
仲間の死を嗅ぎつけたのか、蜂が大量に現れる。
どうやら、すべての蜂が変異種ではないが……それでも黒い蜂がそれなりにいる。しかも、奥から出てきた女王バチは黒い。ダーククイーンビーをしっかり引き当てた。
「おっさん。ボス倒さないと雑魚はリポップするかい?」
「ああ。ハニービーは補充される……統率者がダーククイーンビーなら、ダークビーもな」
「おっさん、クイーンを無視して耐久しよう。素材を稼げるだけ稼ぐ」
「……そこまでの数はいらないだろう」
「まあな」
どうせ、安らぎの花蜜は使用期限が3か月しかない。
クレインが代替素材を作るから価値も暴落する可能性がある。
必要な分だけ確保して、残りを俺が使っても問題はないだろう。ここで運よく大量に手に入るチャンスがあるなら出来る限り入手しておきたい。
「クレインが代替素材を作ると言った。あの子は出来ないことは言わないだろうから、今後はそちらを頼れる。この素材の価値は下がる」
「……なら、何故必要なんだ?」
「調合の練習。ここなら人目もないんでな……練習にはもってこいだ」
クレインの調合はすでに超級。そして、クロウも上級になっている。追いつくためには、難易度が高い薬を作りまくるのが効率的であり、その要になる素材が目の前にある。
「……各国が無くて困っている素材を練習に使うか。やることが大胆だな」
「俺の技術が劣っていると判断されるとクレインが爵位をもつことに正当性があると主張される。クレインが技術が高いことは事実としてあっても、俺が通常の薬師と遜色ない腕があると認めさせる……できれば隠した状態で、準備をしておきたい」
「わかった。好きにしろ。調合については専門外だが、お前が必要と判断するなら任せる」
おっさんも長年お師匠さんの素材を納品していただけに、ここまでの道中でも調合素材を採取してきている。
簡易器具も持ってきているので、十分に調合が可能だ。
「おっさん……道中の素材、買い取っても?」
「お前にやる。ばあさんもその方が喜ぶだろう。ただし、必ず4時間は睡眠をとれ。ダンジョン内で集中力が欠けている素振りを見せたらそこまでだからな」
「流石。助かる」
「じゃあ、しばらく蜂狩りとしゃれ込むか」
そのまま数時間ほど蜂達と戯れてから、30階へと向かった。
安らぎの花蜜も十分すぎる数を手に入れたので、あとは調合をするだけだ。
ダンジョンには俺らしかいないので、セーフティーエリアで食事をしてから調合を開始する。
食事を終えた後、ずっと俺が調合するのを黙って見ていたおっさんが近付いてきたので、一度手を止める。
ちょうど作り終わったので、休憩してもいいだろう。
「よくやるな……集中力も落ちるどころか高まってる」
「お師匠さんの調合見てれば、俺の拙さのが目立つと思うがな」
「……俺にはわからん」
「ははっ……俺は大したことはない。クレインはお師匠さんの調合で見たことをそのまま吸収する。お師匠さんが長年やり込んで見極めたタイミングを一度見ただけで同じようにできる。しかも、より良い改善すらしちまう」
本当に、あり得ないチートぶりだ。
自分でも調合をするようになれば、あの子の異端さがわかる。
「クロウはあの瞳で素材の最上のタイミングで調合する見極めが出来るしな。あいつらはほとんど失敗はしないんだ」
同じように調合をしていれば、成功率が高い方が成長が早い。そうでなくても、クロウの方がずっと作業をしているから成長が早くて当然なんだが……。
出来る限り、自分の実力を隠しておきたい。特に、マーレでは情報管理が杜撰すぎる。いや、あの規模の町では当然だし、ラズの手腕が悪いわけではないのだろうが……。
「お前は努力を見られたくないのか?」
「いや……切り札は隠しておきたい。見せ札はあってもいい、いや、無いとだめだな。そちらに気を引かせておく方が相手の動きが読みやすい……探ってくる連中が敵か味方かもわからないなら、伏せ札を増やして様子を見るしかない」
「昨日もお前が焦っているようだったが……そこまで必要となるのか? ラズや王弟殿下の力を借りることもできるだろう」
「いや、だめだ。言っただろ? 貴族の力が強い……いや、国王の力が弱いんだろうな。統率出来ていないから、色んなところからあの子へのちょっかいがある。そして、それを変える手段は王弟殿下にあるが、いまのところ動く気はない」
クレインがしっかりと必要なところで繋ぎを作っているから、最悪な展開にはなっていない。
クレインを可愛がってる連中が敵に対して警戒し、庇ってくれているおかげでこちらが崩れるようなことはない。
だが、根本を変えるには、王弟殿下が重い腰を上げて、上に立つ必要がある。
「そこまでの話だと聞いていないが……お前が危険に感じている部分はどこだ?」
「お師匠さんに関しては、貴族全般だな。おそらく、いままでは全てを無所属にしていたが、俺らのために王弟殿下側についた。これが他の貴族からの嫌がらせの原因だろう」
「……どこの情報だ?」
「情報屋からだな。俺らがスタンピードでいない間、しっかりと働いてくれたんでな」
ネビアから預かっている書面を渡す。スタンピード前に貰っていたのとは別に、新たに渡された。
クレインには弱みが多い。
異邦人であること、聖魔法が使えること。甘いこと。……つけ入る隙が多い。
おそらく、お師匠さんよりもクレインの方が扱いやすく、従わせることができるとでも考えているだろう。そのためにお師匠さんを切り捨てたのも許せないが……。
「調べても詳細は不明。さらなる調査は頼んだが、時間もかかる……それでも詳細が分からない可能性もある」
「……なんでだ?」
「国王が無能だから下の貴族が無能とは限らない。逆もまた然りだ……」
「……そっちに手を出すつもりか?」
「まさか。だが、国王派はクレインを手に入れたいんだろうな。おっさん、一番簡単に手に入れる方法って何だと思う?」
「ああ?」
おっさんが顎に手を当てて考えている。
クレインはラズの婚約者であり、専属薬師。本来なら国王と言えども手を出しにくい。
だが、向こうは餌を与えれば釣れると思っているんだろうな。
「おっさん、貴族になりたいか?」
「絶対にごめんだ」
「ああ。じゃあ、大多数の人間はどうだ?」
「……実情知らない奴ほどなりたがるだろう。まあ、お前のようにわかってて踏み入ろうとする奴もいるだろうが」
「……クレインがなりたがるとは思えないが、人質を取られれば別だろうな。そこで弱みを使って脅せばクレインは手に入る」
「ああ? いや、ばあさんとお前がいるのにクレインに……おい、まさか」
おっさんも考えついたらしい。
そう、俺とお師匠さんがいる限りはそのプランは成り立たない。
クレインを貴族にした場合、強制的に、従うのは国王となる。
王弟派に属していても、それはそれ。国王の命令で王城に控え、ヒーラー、薬師として控えるように命令ができる。
拒否は出来ないだろう。そんなことをすれば、秩序が乱れる。クレインの性格を知る者であれば従うという判断になると報告するだろうな。
「先にお師匠さんと俺を消す……その後、クレインにメディシーアを継がせればいい。簡単だろう?」
「……そこまでか?」
「明らかにお師匠さんの現状がおかしい……最悪の予想だがな」
ネビアからの報告書の一部をおっさんに渡す。
お師匠さんに対する嫌がらせなのか、薬の納品と一緒にいくつかの素材を勝手に持ち出し。さらに薬師ギルドへ糾弾する訴えも起こしている。
素材があることもおかしいが、もっているくせに本人が作成を拒否した。
くだらない……自分の薬のために持っていて、何が悪いのか。
「おい……」
「おっさんが引退したのに素材があるはずがない。不当に盗んだ疑いがあるとさ……どういう理屈なんだろうな? だが、難癖をつける側に理屈なんていらない。だが……安らぎの花蜜や他の素材を強奪してる。ハンバード子爵家との繋がりもあるようだ」
資料の中で、マーレに出入りする他家の情報。
特にお師匠さんに薬を依頼している家。紐づいている冒険者……。
「はっ……気付かない俺もどうかしてる。こいつら、今まで採取なんてしなかったのに、珍しく納品している記録見つけて……仕事を斡旋しちまった」
おっさんは怒りで渡した紙をぐっと握りつぶした。
どうやら、他の地域にて素材納品をした実績を見て、最近、他の仕事を斡旋したらしい。
素材納品は地域によって値段が変わる。別に他地域での納品はあり得ない話じゃない。
「おっさん。ギルド職員としては間違ってないだろう?」
「調合素材として見慣れた物だった。ジュード達の能力を考えれば、採取をするよりも他の仕事を任せたい。だから、新しく専門になるかと……馬鹿だよな」
一から素材を覚え、見極め、採取する。
調合では素材の質は大事だからな。それができるパーティーだと考え……実際はただの盗人だった。
「おっさん。レウスに素材の取扱いを叩き込んでくれ。ナーガより器用だし、やる気もあるだろう。記憶力は微妙だから、素材の種類についてはナーガとアルスの方に……頼んでいいかい?」
「ああ……今後、ひも付きに対しては俺は温情はかけん」
「ははっ、やめとけ……おっさんはそんなのは似合わん。あの子と同じ、甘くていいんだ。冒険者の味方でいい、ただ、ナーガとレウスとアルスをちょっと贔屓してくれればいい」
おっさんの甘さで、俺らはアドバンテージを得た。似ているだけで、血のつながりがないことは一番わかっているおっさんが、俺らを身内扱いしてくれたおかげだ。
だから、他の奴にもその甘さを分けてやってほしい。
「似合わないことはやるな」
「お前には似合ってるのか? キノコの森で見たお前は……見たことない風景に焦がれ、強い敵を倒すことを楽しみ、知恵を使い切り開くことができた。S級冒険者になる素質を見せつけた……お前は冒険者になるべきだ。クレインと違う、お前は冒険者があってる」
「守りたいって決めたんだ……だから、未練はない…………わけでもない」
「おい」
「今は立て込んでいるし、対応出来る奴がいないから退路も含め準備をする。別に、ナーガが俺の年になる頃には落ち着いているだろうから、そこから冒険者になってもいいだろ?」
5年もすれば、落ち着いてるはずだ。それからでも、十分だろう。
その頃には異邦人だとか、目立たずにとかはないはずだ。
「おっさんと違って、俺は時間があるからな。数年くらい他のことをして戻ってきても大丈夫だ。おっさんだって、9年かかったんだろ? 俺はそれより早く戻る」
「お前……」
「ちゃんと策は練っている。自分達の好きにできると思っている奴らに一泡吹かせることもな……まあ、俺がやらなくてもクレインが〈直感〉だけでやらかす気もするが」
「ナーガが苦労しそうだな」
俺もナーガもクレインが仕出かすことが掴めてないからな。
もう少し現状を話して説明をしておくべきなんだが、余裕なかったからな。
自分がやるべきことをしっかり理解しているからナーガは大丈夫だろう。
「おっさん、ナーガの成長を促すのはいいが、クレインとのことは中立で頼むぞ」
「……さぁな。俺は先に寝るぞ。いいか? 明日もあるんだからほどほどにな」
「おう」
さて、調合の続きをするか。明日も大量の魔物を狩るから、素材はいくらでもあるからな。
持ち帰らなくてはいけない分以外、今日の分は使い切っても問題ないだろう。




