3-6.見張り
翌朝。
早めに起きた俺らは、日の出前に出発し、ダンジョンへと向かった。
ダンジョンの入口が見える小高い丘でシマオウから降りて、入口付近の状況を偵察する。
事前の情報通り、ダンジョン入口には異邦人がいる。情報通り、遠目からでも確認できる防具や剣からして、異邦人であるという情報は間違っていないようだ。
「さて、おっさん。ダンジョンの前にいるのは12人。魔導士が2人と他は戦士系だろうな。大盾持ちはいないから、タンクはわからん。ちなみに全員男だ」
「全然見えないんだが」
「だろうな。で、どうする?」
視力が違うから、おっさんが見えるとは思っていない。
元から強行突破する予定だったから、そこにいる戦力を簡単にでも伝える。
「……強行突破しない理由が出来たのか?」
「いや。犠牲を出してもいいんだが、一応な。さっきまで、もう一人いたんだが……そいつが食料を渡して去った。他の奴らは、渡された物を食べながらも、不満を抱えているように見える」
そう。偶然だろうと見えた。
指示をする者と不満だが従っている者。おそらく、去った奴は、この場を離れてしばらくは戻ってこないのだろう。
ついでに言えば、おっさんは犠牲を少なくしたいのだろうなという配慮でもある。
「奴隷ではないんだな?」
「ああ。そもそも、俺らの世界には奴隷がいないからな。異邦人同士で奴隷にする可能性は低いはずだ」
「つまり、交渉することが出来るわけか」
「可能性はある……ついでに、多分弱い」
クロウやクレインに劣るとはいえ、鑑定は持っている。レベルやおおよその強さについてはなんとなくでも鑑定できる。さらに、ここから距離もあるため、鑑定がバレたところで相手はこちらを見つけることも出来ない。
詳細でなければ、かなり遠くから偵察出来る俺の能力は重宝されるだろう。特に、軍隊とかな。
「おまっ……それ、ばらすなよ」
「当り前だ。おっさんだから教えただけだ。レベル40くらいはあるが、尖った強さは無さそうだな」
「……この距離でも使えるか?」
昨夜、ラズに渡すように頼んだ道具を渡された。
道具は視界に入っていればいいのか、きちんと使えているが、何もない。
そうだろうなという予想もついていた。
このダンジョンに強い奴を配置するほどの余裕はすでにないはずだ。この地に冒険者が来ていた頃は、いい狩場であり、拠点だっただろう。
だが、帝都を制圧した時点でここの重要度は低いだろう。それでも12人も配置していることには驚いたが……弱いから見放された集団だろう。
俺らが40レベルの頃のステータスよりもはるかに弱い。早いうちにユニークスキルを失い、技能、魔法、アビリティもほとんど覚えていないのだろう。
「ユニークスキルはない。まあ、〈天運〉の効果は一度死ぬと無くなるらしいからな……本人達の顔も生気がないしな。食事を食べても全く嬉しそうじゃない」
「何を企んでる?」
「ははっ……情報収集だ。こっちの情報はそれなりに価値があるだろうからな」
「たくっ……ほどほどにな」
おっさんの許可が出たので、シマオウから降りて歩いて近づいていく。
相手がこちらに気付いて立ち上がるが、敵意はない。いや、戸惑っているようだった。
「よお。俺らは後ろのダンジョンに用があってな。通してくれないか?」
「俺らはここを通さないように言われている。通すわけにはいかない」
「君達はここがどういう場所かわかっていて守っているのか? 君達が命を懸けて守るべき場所かい?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。ここは君達にとって価値があるのか?」
「それは……俺が判断することじゃない」
12人。この中でのリーダ格らしい男の答えが、自分が判断することではない、ね。
他の奴らも何も言わないあたり、ここがどういう場所かもわからずに守っている。
さらに言えば、人数が多いだけでこちらとの実力差もわからない。上からの判断だけを聞く、自分の頭で考えることを放棄した連中らしいな。
「俺らは先を急いでいる。邪魔をするなら排除する。さて、君の答えは?」
「上に確認する……待ってほしい」
俺が威圧すると、半数が震えて、膝をついて座り込んだ。
漸く実力差はわかったらしい。判断が遅い……まあ、すでに気力もない連中だと仕方がないのかもしれないが。
先を急ぐと言っているのに、確認するだけの時間を与えるはずがない。話にならないな。
「待つ気はない」
「……な、なんでここに行くんだ? 教えてくれないか。そしたら、考えるから」
「……俺とおっさんの大事な人の命が掛かっている。このダンジョンで採れる素材がないと…………死んでしまう。邪魔をするなら……強行突破する」
俺の言葉に3人ほどが武器を構えるが、腕が震えている。先ほど膝をついた奴らの中には土下座して助けてくれと懇願する者もいて、覚悟がないことが見て取れる。
「君達は見逃してくれればいい、簡単だろう?」
「……ここを通すなと言われている」
「なら、戦って死ぬかい?」
戸惑いながらもこちらの言葉に従う素振りがない。
俺らと戦って死ぬか……上の人間の指示に従わない場合も死ぬということか。
さっさと諦めるか、逃げ出すかと思ったが、こちらが考えていた以上に相手は通したくない意志を見せている。
「前はここに冒険者が訪れることも多く、身包みを剥いでいたらしいな。その時は人数も多かった。食べ物も自由に手に入り、困らなかったんだろうな」
「何を……」
「そういう報告書を見せてもらってな。だが、俺とおっさんはここの適正レベルを超える。その時の連中よりはるかに強いってことだな。逆に君たちは当時より人数も少なく、飢えて、ここを守り切るような力はない。見逃さないか?」
「……」
黙った。
どうやら、勝ち目がないことはわかっているらしい。もう一押しすれば折れるだろう。
「俺らは戦ってもいいが、君たちに勝ち目はない」
「……だが……」
「なあ、見逃してもいい。代わりの物が欲しい」
横から口を出してきたのは、先ほど武器を構えた生意気そうな少年。ナーガより少し幼いくらいだろう。
先ほども俺に対し武器を構える気概を見せたが、ここで口を出してくるとは思わなかった。
「用意できるかわからないが、話を聞こう」
「おにぎりが食べたい、鮭にぎり」
「おにぎりってなんだ?」
少年の言葉に俺が答えるよりも早く、おっさんが首を傾げる。こちらにはおにぎりはないのか。
米が主流ではないから、知らないだけの可能性もあるが……。
さて、どうするか。
食料が欲しいなら分けることは問題はない。米はないが……。
「あ、えっと……米と魚だ! それを貰えるなら通ってもいい!」
「無理だな。魚はあるが、米はない。市場でたまに売っているところは見かけたことはあるが、手持ちにはない」
「さ、魚でいい! それをくれるなら、僕らは何も見ていなかったことにする」
「わかった」
干した魚の切り身を取り出す。このまま生で食べるのは腹を壊す可能性もあるので、火だけ起こしていくか。
「ほい。これだけあればこの人数でも十分だろう。適当に焼いて食べてくれ」
焚火を用意し、その周囲に切り身を串で刺して炙る。
「ほら、これは追加分だ」
「あ、うん……」
少年におかわり用に追加の切り身を渡す。後は、勝手に焼くなり、煮るなりどうにかするだろう。
「なあ、魚はこれで全部か?」
「どういう意味だ? 君達が食べるには十分な量を渡したはずだ」
「……他にも仲間がいる」
「知らん。そこまで面倒を見る気はない。いこう、おっさん」
足りないと言ってきたのは少年じゃない。最初に会話をしていたリーダ格の青年。戦うことを決断できず、交換条件を出すことも出来なかった男だ。
他の仲間が何人いるかは知らないが、あれは駄目だなと思う。
「通してくれるんだよな?」
「……ありがとう。腹減ってたんだ」
「ああ。じゃあな」
俺に交渉をもちかけた少年はこくりと頷いている。
こいつらがこの後どうするかは知らないが、俺とおっさんはダンジョンへと足を踏み入れた。
「やれやれ……あれは後から揉めるぞ」
「おっさん。あの残りをあいつらで分けると思うか」
「だから揉めるんだろう。あれを他の仲間とやらに渡すなら……出たときは乱闘だな」
「おっさんのそういうとこ好きだぜ」
「あぁ?」
「俺は敵に回った奴は惨殺する」
あのレベルなら武器を使わずに叩きのめすことが可能だ。
おっさんはタンクだったからこそ、使うなら盾であればよっぽどじゃない限り対人戦で殺すことにはならなかった。
だから、乱闘なんだろう。一方的に殺すことは選択肢にはない。
「投降は呼びかけるが、それで武器を捨てないなら……」
「あんまり気負うなよ。お前が背負う必要のある命じゃない」
「違うな。あいつらにとって正しいことでも、異邦人のやらかしは俺らの評価に直結する。クレインは価値があるが、他の奴はまだ見定めているだろ。帝国でやらかす奴らを減らす分には俺らの危険が減る」
俺が同じ世界から来た人間に手心を加えると判断されて、現地の人間からの評価が下がるのは避けたい。クレインが飴を用意するのなら、俺は鞭を担当して信用を得る。
他の連中も仲間である以上、安全を確保するためには必要なことだ。
「それなら、お前の投降に従った奴を奴隷にしとけ。罪状はある」
「おっさん?」
「信用できない奴を入れたくないか? クレインは甘いが、お前は厳しいと見せる。一度懐に入れた後、放逐したという実績も作っておくことで危険は遠ざかるんじゃないのか。さっきの様子を見てればわかる。あいつらは仲間を平気で裏切れるやつらばかりだ」
「……意外だな」
おっさんの提案は的を射ている。
何でも受け入れるという体制は良くない。だが、クレインが引き入れるのは甘さだけでなく、価値が付随している可能性もある。
俺が引き入れ、それを放逐するというのは有りだ。それだけで、今後異邦人を押し付けられても、放逐することがやりやすくなるだろう。
「仲間を見る目はあるつもりだ。お前とクレイン以外の奴らが立場が不安定なことも理解している。……俺は今でもあの獣人は置いておくのは不安なんだがな」
「心配ないさ。だが、確かに……いらない奴はさっさと売りはらうというのもポーズとして見せておくか。他にやらかしたことの目くらましにもなるしな」
俺自身が得た情報ではなくても、昨日のアーデル子爵がラズのところに行くとなれば、それなりの情報共有があるだろうが……関わったデメリットもありそうだ。
関係を邪推されるくらいなら、帝国にいた異邦人を奴隷にして聞き出したことにした方がいい。
「で、ダンジョンの何階を目指すんだ?」
「20階以降に蜂型の魔物が出る。そいつらから希少なドロップを狙いつつ、40階以降にある花畑を探し、そこから目的の花を探す」
「うん? どういうことだ? 蜂も落とすのか?」
「稀にな。ここのダンジョンは一定確率でドロップを闇属性に変えるという特殊なダンジョンだ。蜂蜜が低確率だが変化する」
「了解。蜂は全て倒すってことだな」
「今日中に20階までクリアしたいところだな」
「ぐる~」
移動なら任せろとばかりにシマオウが寄ってきたので頭を撫でる。
「まずは、入口のボスからだな。おっさん、頼むぜ」
「お前こそ、油断して一撃貰うなよ。今日はポーション飲まないようにな」
「わかってるさ」
目の前には首無し騎士、デュラハン。闇のオーラみたいなのを纏っているが、敵は一体。昨日のエンペラーに比べれば負ける要素が見当たらない。
あの槍が当たればきついだろうが、当たらなければどうということもないからな。
「さっさと上に行くぞ」
「おう、任せろ」
さっさと目的の〈安らぎの花蜜〉を入手するか。
元から大量入手は厳しいと聞いているが、カイアの分とお師匠様の分……3か月持つと聞いているから、最低で10個入手できれば何とかなるだろう。
ややこしいこと抜きに暴れることができる数少ないチャンスだしな。存分に楽しませてもらおうか。




