3-1.準備
クレインが瀕死からなんとか回復の兆しが見え、ナーガ達を家に帰して、俺とクロウと二人で見守ることにした。
いち段落してホッとしたせいか、気を抜くとあくびが出てくる。
「ふぁ……」
「眠そうだなぁ」
「君は眠くないのか?」
「眠いに決まってるだろ……やることが多すぎる」
クロウも眠そうにしている。俺も眠い。
クレインが倒れたと聞いてから2日。俺自身も連絡を聞いてから、ずっと馬を駆けていた。帰ってきてからも色々あって、寝ていないからな。
「君も寝てないのか」
「いや、あんたほどじゃない。それよりも、そっちはいいのかい?」
「……ああ」
俺とクロウでクレインの様子を見るつもりだったが、おっさんが残っていた。
おっさんは眠そうな様子はないが、困ったような表情をしている。
「俺も残る」
「おっさんは新婚なんだろ。さっさと家帰れ」
「もうそろそろ1年経つから新婚でもないだろう。だいたい、事情があって籍を入れてるだけだ……ディアナも治療で疲れているだろうから、今帰って、起こすわけにもいかねぇ」
ディアナさんはクレインの治療に協力してくれたと聞いている。確かにゆっくり休んでもらう必要がある。
レオのおっさんも冒険者ギルドが開くまでここに残るということで、中途半端になっていた発注書を書くことになった。
「何もしてないと眠くなるとは言ったがなぁ……こんなに書いていたら腱鞘炎になりそうだ」
「この枚数を一人で数書いたのなら否定できないな。いや、二日でよく書いたな」
本人は認めないんだろうが、心配で寝ないようにずっと作業をしていたんだろう。
「回復効果のある植物がこれほど多いとは驚きだ」
「数は多いが通常の薬の場合、用途は限られる。実際にばあさんが使う素材はこれの中でも3割ないはずだ」
クロウはずっと依頼書を書いていたらしく、ぼやいている。俺も予想よりも多い素材を確認しつつ、これを短時間でよく準備したなと感心する。
3人で内容を確認しつつ、レオのおっさんが緊急とそうでない物に分けている。使う可能性が少ないものを判断しているようだ。
「これはギルドで手続きをしておく。料金だが……」
「ナーガと交代したら、ギルドに顔を出す。クランを作って、クレインが所属する調合用のパーティーから料金を支払う形にしたいとマリィさんに伝えておいてくれ」
回復効果のある素材および闇属性をもつ素材。それを少数だが、ほぼ網羅して、納品依頼を出す。
注目を集めているメディシーアが動き出したことはすぐに伝わる。
倒れたことも広がるだろうが……何かしているという動きを見せれば、多少は牽制になる。
クロウも、この動きはただの目くらましのつもりだろう。クレインとクロウであれば、手あたり次第に材料を集めなくても、新素材を生み出せると考えているはずだ。
「豪快に使うよなぁ」
「貯め込んでおくよりも、使うときに使う。金で動く連中もいるんだ、敵を切り崩すためには、陽動も必要だろう?」
それなりの金銭がかかるとはいえ、スタンピードの報酬だけで十分に賄える金はある。
レウス達への報酬も配分した上で念のための資金をクラン全体の額として提示しておけば、おっさんも費用は大丈夫だとお墨付きをくれた。
パーティーの金は一時的に目減りしているが、それも一時的だろう。新素材さえできれば、取り戻せる。まあ、クレインの腕にかかっているんだがな。
「じゃあ、代理で手続きをしておく。眠くてもちゃんと顔出せよ?」
「おっさんこそ、仕事中に寝ないようにな」
ギルドに出勤するおっさんに書類を預けて、ギルドへの発注を頼んだ。
本来は直接ギルド行かないといけないんだが、ナーガ達と交代する昼過ぎに行けば、準備だけ時間がある午前中にやっておいてくれるらしい。
「おや、グラ坊。帰ってきたのかい。おかえり」
「ああ、ただいま、お師匠さん。昨夜、日付が変わる頃にな。流石に、お師匠さんのとこには顔出せない時間でな」
「そうかい」
おっさんと入れ違いのようにお師匠さんが入ってきた。
お師匠さんの目元も隈が出来ていて、寝れていないのだろう。クロウがすぐに立ち上がってエスコートに行き、椅子に座らせている。
珍しいと思うと同時に嫌な考えが頭に浮かぶ。
「あの子らは帰ったのかい」
「ああ、ナーガやレウスは俺と交代で帰らせた。寝ていない状態だったし、クレインも落ち着いたからな」
「そうかい。随分と顔色も戻ったね……あの子達も休まないと倒れてしまう。安心したよ」
クレインはだいぶ血色は良くなっている。手を握りながら脈を確認しているお師匠さんに席を譲ると、じっとこちらを見てくる。
どうした? と確認をすると顔を顰められてしまった。
「あんたも寝てないね?」
「いやぁ、ナーガ達と交代で昼からたっぷり寝る予定だ」
俺の答えに「ほどほどにしな」と言われてしまったが、仕方ないので頷いておく。流石に2徹で眠いことも事実だ。仮眠はきっちり取るつもりでいる。
「何かあったのかい?」
お師匠さんは俺ではなく、クロウに確認を取っている。
「どうも、自力でMPとSPの回復が出来ない状態だったらしくてなぁ……SP回復のためにグラノスを待機。MPは神父殿がしてくれる」
「あんたは確認のためかい。まったく、みんな器用なもんさね……普通は人に分け与えるなんて出来ないだろうに。二人とも、よくやったね」
「ポーションで中毒にさせられんからなぁ……」
お師匠さんが俺とクロウの頭を撫でた。
俺もクロウも反応に困りつつ、顔を見合わせ、苦笑をする。
お師匠さんは安心したようにクレインの頭を撫でている。お師匠さんから見てもだいぶ回復をしたのだろう。
「この子が心配ばかりさせるからね」
「本当にな。目を離した隙に面倒事に巻き込まれている」
「何があったんだい? あんた達だけ帰りが遅かったね」
じっと俺を見てくるお師匠さんに嘘をつくわけにもいかない。
「共同作戦をしたクヴェレ家から招待されてな。別荘で歓待を受けて、その後は俺は次期当主殿と王弟殿下にご報告のためにキュアノエイデスにな」
「そうかい…………貴族なんて碌なもんじゃないよ。つるむのもほどほどにしておきな」
嫌そうな顔をするお師匠さんに頷く。具体的な説明はしていないが、貴族とのやりとりに対し、細かいことは話せないことは察してくれたらしい。
「お師匠さん。……すまんが、爵位は継げそうもない」
「そうかい。まあ、仕方ないさね。ただ、いずれはあの子に爵位をという話になりそうでね。心配だよ」
「……クレインは向いてないからな。なんとしてでも断れるようにしておく」
「そうだなぁ……本人にやる気がないから伸びないだろうしなぁ」
「まあ、面倒見てやっておくれ」
クレインに爵位をという話になる場合、お師匠さんはいない。それは疑いようもない。お師匠さんが俺に渡すという宣言をしているから、俺とお師匠さんがいる間は出来ない。
そして、俺に対して継承を認めないという方針を王家が計画している。すでに、きな臭い状態になってきている。
ただ、頭が悪いわけではないので、きちんと準備しておけば対応できるだろう。
「お師匠さんは大丈夫かい?」
「なんのことだい?」
「気の所為ならいいんだ。忘れてくれ」
どことなく、ぎこち悪く歩いているように感じたのが気の所為なら、構わない。
クレインの件で寝不足という理由なら、それでいい。何でもないことのように振舞っておく。
「バレてるなら仕方ないね……わたしも年だからね。あんた達に迷惑をかけたくないがねぇ」
「そう言わずに、俺らに甘えてくれないか?」
「おや、いいのかい? あんた達はじきに引越しをするんだろう?」
「ナーガのペットがな……この町では預けるのも厳しいが、家にも置けないからな。きちんと家が建ったら招待したいんだが……田舎暮らしで不便を強いるのも気が引ける」
「たいした不便じゃないさね。誘ってくれるなら嬉しいね」
「ああ。なら、任せてくれ。住みやすい家を用意する」
お師匠さんと住めるならクレインもナーガも喜ぶだろう。
レオのおっさんには早めに話を通さないと煩いだろうがな。
「お師匠さん。レオのおっさんと帝国に行ってくるが、何か欲しい土産はあるかい?」
「いつ、行くんだい?」
「クレインが目を覚ますようなら明日にでも」
「忙しいね……もう少しゆっくりすればいいだろう」
「なに、ちょっとした観光だ。おっさんが案内してくれるらしいんでな」
帝国に何をしに行くのか。
お師匠さんはすぐにわかったらしい。困ったように笑っている。
「困った子だね」
「クレインがすぐに作り上げて、俺の労力は無駄になるかもしれないがな」
「……作るなんて発想、あの子くらいだよ。なんでそんな発想になったんだろうね」
クレインが採取ではなく、代替素材にした理由か。
その発想がいつ思いついたかによっても違うだろう。だが、貴族に関わりたくなかったとかだろうな。
だが、クレインが作り出すことには俺もお師匠さんも疑ってない。
「貴族が買い占めるからだろ。お師匠さんが自分のために入手出来ない状況になってるんだろ? 貴族から買い付けるのが厄介なほど……」
セレスタイトからの依頼が、安らぎの花蜜の入手。
王弟の権力があって、手に入らないことがあるか? あり得ない。
どう考えても、厄介事。
クレインは知らないはずだが、それでも、入手に関わるくらいなら代替素材を作ることにした。
その状況で素材を採りに行くことの意味。関わるべきでないことを承知で、それでもやるしかない。
国境山脈を越えた先、帝国内にあるダンジョン。危険を承知で飛び込まねばならない理由がある。
「グラ坊。わかってるなら、気をつけるんだよ」
「ははっ、大丈夫だ。ちょっと無茶するが、レオのおっさんも一緒だしな」
「わたしのためならやめな」
「お師匠さんだけじゃない。友人のためでもある……心配ない、これでも強いんだぜ?」
少し戯けてみせるが、首を振られた。友人のためでもあるが、お師匠さんのためでもある。
クレインの実力は疑わない。そのための素材の発注もした。そのうち代替素材を生み出すことを疑っていない。
それでも、無謀にも帝国に採りに行ったという目くらましが、クレインの作業を注目させないことにも繋がるはずだ。
「心配してくれて感謝してる。だが、知ってるだろ? 俺はそんなにイイ子じゃないぜ?」
「……グラ坊。一応確認だが、どこまで情報を得てるんだい?」
「ダンジョンは今は重要視されていない。見張りはいるらしいが、俺とおっさんなら突破できるはずだ……前と違い、他の地域に異邦人の本拠地が移ったため、戦力を割けないという情報はもらった」
ダンジョンの素材が枯渇する。普通にダンジョンに潜れば、いくらでも入手できるはずのそれが枯渇する理由は、冒険者などの中に入るを制限するからに他ならない。
帝国の資源でもあるため、A級パーティー以上で、高額の金銭を払わないと中に入れないことで有名らしい。ダンジョンの難易度はキノコの森よりは少し高いらしいが、A級と言うほど難易度が高いわけではない。
金銭目的のダンジョンであったそこを占拠すると、何もせずにそこに冒険者が集まってきて、金が手に入るという理由で異邦人が占拠し、現れる者を殺していた。
ただ、異邦人もだいぶ数が減ったため、今なら実力さえあればダンジョンに入ることに問題はないはずだ。
「……グラ坊。あんたに何かあれば悲しむ連中がいるんだ、覚えておくんだよ」
「わかってる。おっさんも無事に返さないとだしな」
「あれはちょっとやそっとじゃ死なないさね」
レオのおっさんへの信頼が高い。まあ、S級冒険者と同等の実力者だから当然なんだが……ただ、俺も実力がついたので、そこまで足手まといになるとは思っていない。
「お師匠さん。メディシーアが素材を手に入れに行くのはおかしいことじゃないよな」
「もちろんだよ。わたしのために採りに行った、そうしておきな」
「ああ。ありがとうな」
俺だけの判断でも問題はないだろうが、出来ることならメディシーアの総意としておいた方が無難だろう。
帝国に行く許可はきっちりと王弟殿下が出してくれているから問題はないとはいえ、重箱の隅をつつきたい奴はいくらでもいるからな。
クロウは俺が帝国に行くことには反対はしないらしいので、ナーガ達には危険なことは黙っているようにとだけ頼んでおく。
若干面倒くさそうな顔をしたが、危険な場所であることもだが、場合によっては対人戦があるだけに連れて行けないと説明すれば頷いてくれた。
その後、昼過ぎにナーガと交代し、冒険者ギルドに顔を出して手続きをしてから家に戻った。
「お兄さ~ん、ちょっといいです~?」
「仮眠を取ろうと思ったんだが、何かあったかい?」
「渡すように頼まれました~」
「……ああ、助かる」
家にて店番をしていたラーナから紙の束を預かる。
新たな追加情報が手に入ったということだろう。
「それと、ボスから~、この家に侵入したアホの聴取するので~許可欲しいそうで~す」
「わかった。俺が責任を持つと伝えてくれ。役人に引き渡す必要はないから搾り取るようにと……ついでに、お師匠さんの方への情報も有ったら頼む」
「はいです~。それと…………大丈夫なんです? あの人を襲った動き、意図が見えないって言ってましたよ~」
「ああ……別件だから、ネビアの方での情報と合致しないのは仕方ない。説明が難しいが、異邦人関係と伝えておいてくれ」
クレインが襲われた件も調べているのだろうが、そっちは整合性取れないだろう。
天使と悪魔なんて話をするにも、流石に文章やラーナを通した伝言ゲームは駄目だな。
「時間を作るようにする。ただ、帝国の方に行くからそのあとだ」
「わかったで~す。伝えとくんで~」
「ああ。それと……よく、不審者を捕らえてくれた。こいつは報酬な」
「あざま~す」
本業外での働きに対し、きちんと金を支払っておく。ネビアの方にも支払う必要があるんだが……。しかし……随分と面倒事が増えている。
まずは、この報告を読んでから…………いや、流石に夕方までは寝るか。
睡眠不足による思考低下した状態では、判断を誤る可能性があるしな。
旅先で資料は確認することにして、まずは寝るか。