11.帰還後
「歯を食いしばれ」
マーレスタットに戻って、冒険者ギルドに入った瞬間、開口一番に言われた言葉はコレだった。
その後、食いしばるとレオのおっさんからきつい一発が頬に叩き込まれ、壁まで吹っ飛ばされた。
追撃で、クレインが『マリィさん』と慕う受付嬢が冷たく蔑むような表情でこちらを見ている。
二人からの俺への信頼が随分と低下したらしい。
まあ、それだけの事でもある。クレインを大切にしている二人からすれば、クレインの身柄を心配し、俺の許可なくクレインのパーティー移動を出来ないようにするという処置まで行った。
そのことを手紙で伝えられていたのに、見事に相手にしてやられ、パーティーから外したわけだ。
この仕打ちは仕方ないと受け入れるしかない。
お師匠さんには心配されてしまったが、俺が悪いことは俺自身が一番わかっている。
その後の色々が解決して、手続きを頼んだ時には、表面上かもしれないが、受け入れてもらえていたしな。まあ、レオのおっさんには、そのうち話し合いの場を設ける必要はあるかもしれんが……。
しかし、随分ときつい一撃だった。
近づいているつもりでも、まだまだ実力差がある。俺にはただの拳だけであれほどの威力は出せん……悔しいがな。
そして、その後のクレインが救った3人との話し合い。
こちらの事情を全て曝け出すよりも、クレインの安全を第一に話をした。ある程度は嫌な奴を装ったつもりだったが、素直に嫌がるレウスと違って、年長者二人には見透かされているようだった。
わざわざ芝居がかった様子で、俺を主にすると宣言するあたり、なかなかに強かで厄介な奴らのようだ。
それでも、クレインに戦力を持たせないという、こちらの要望を聞いてもらったので、あとのことは本人達の意思に任せる。
パーティーに入りたいというのであれば、それも構わない。どうせ、俺は別行動も多いだろうしな。
俺がやるべきことは、貴族からクレインへの干渉を防ぐこと。現状はそれが出来ていないわけだが、クレインとお師匠さんの防波堤としての役割をこなすため、実績と貴族としての振る舞いを身に着けることが必要になる。
各自が出来る事をやって、結果、まとまるならいい。だが、人が集まれば意見が合わずに揉めることも想定しておくべきだろう……正直、そこまでは手が回らなくなる。
その点はクレインと相談になるだろうが……。
「やれやれ……」
クレインが帰ってくるまでに、食事の準備を始める。3人で少し話していたようだが、終わったのか、獣人の青年がこちらに向かってきた。確か、ティガだったか?
「何を作っているのかな?」
「メインはお師匠さんが仕込んだ肉がいくつか残ってるから、それを焼くつもりだ。あとは、クレインが果物をだいぶ買い込んでいるからデザートはありそうだが……パンは常備が少ないから主食が必要でな。小麦粉があるから、お好み焼きのようなものは作れると思うが、醤油やソースになるようなものがないからな。……クレインが作ったドレッシングのような物はあるんだが……あとは、チーズをいれたパンケーキでも焼くかなと考えていた」
「美味しそうだね。きみが勝手に作っても大丈夫なのかい?」
「大丈夫だろう。一緒に住んでいた頃は、俺が食事担当だったからな。それに、クレインは寝食忘れて作業するタイプだから、食事を用意できるときは用意しておいた方がいい。どうせ、君らも含めて話し合いをするなら、食事しながらでもいいだろう? 俺もナーガもここ数日はまともな食事をとっていないしな」
肉を焼くのは、クレインが帰ってきてからでもいいだろう。量は……男5人分と考えると少ないかもしれない。メイン以外に、スープを作って……あとは、ジャガイモとか野菜を蒸すくらいか。
料理の下準備をしているが、興味深そうに見ているが、手伝う素振りはない。まあ、手伝って欲しいわけではないんだが……。
別に話しながらでも作業できると伝えると、漸く重い口を開いた。
「きみにとって、彼女はどういう存在かな?」
「君にとってのレウスと同じじゃないか? お互いに、死地を共に超えた仲だろう」
「では、きみは何故、わたし達に命令はしないと言ったのかな? 貴族なら、必要な力だろう?」
「扱えきれないだろ? 君達のような特殊な力なんて、俺は選ばなかったからな。理解できない、デカ過ぎる力の扱い方なんて、本人に任せておく」
「それは……彼女も含まれているのかな?」
にっと口の端を上げて、笑いを返す。
別に、クレインがどのように力を使うかなんて、クレインが決めればいい。危険察知に振ることも、真実を見極めることも……それこそ、賭け事なんかでも、〈直感〉は役に立つだろう。
だが、本人が上手く扱えていないと考えているなら、それでもいいとも思っている。
自分で選んだ能力だ、使い方は本人が決めるべきだ。クレインがやりたい道を遠ざける可能性もあるしな。
「好きにすればいい。自分の行動に責任を持つならな……まあ、流石に子どもに責任を押し付けるようなことはしないが……君とクロウは範疇外だな」
クロウとティガの二人は、その落ち着きや余裕ぶりからも、俺なんかよりも人生経験の深い年上だろう。余裕がなく足掻いている俺と違ってな。
まあ、クレインも、俺より中身は上ではあるんだが……。別枠にさせてもらう。女であることもだが、慎重な割に、〈直感〉で危険が無いとわかった時に、たまに急アクセル踏むからな。
一応、自分で責任も取るが、端で見ていてヒヤヒヤする。放置するくらいなら、一緒に谷底まで付き合った方が、まだ心配しなくていい。
「話し合いの場だが、子どもを除いて行うことを提案したいんだが、どうだろうか?」
「好きにしたらいいんじゃないか? ナーガは本人の意思で参加を希望するなら、参加させるが……君達は君達の判断で行動してくれて構わない」
「……クレインくんは、見た目と年齢が違うようだが、ナーガ君はどうなのかな?」
「見た目通りの年齢だな。……君達の教育方針に口を出すことはないが、俺はナーガに隠れて行動して怒られたんでな。隠すことは止めた」
ナーガのような見た目が幼いわけではないだけに、レウスに事実を知らせないのは悪手になる可能性もあるが……。
かわいい子を過酷な環境に置きたくという気持ちがあるのは、わからないでもない。
「厳しい現実を知らせることが良いことかな?」
「臭いものに蓋をして、何も知らなくてもまっとうに生きていけるなら……君が正しいと思うぜ、大人として」
大人の庇護下において、成長を促す……それが出来る状況であるなら。
これは双方の教育方針な気もするが……。
この世界に来た時点で、否が応でも一人で立つしかない。誰かが面倒を見てくれると考えて、自分では知ろうともしないのは危険すぎる。
特に、異邦人としての招集から逃げて、こちらの世界の人間に成りすます俺達には、情報は大事だ。
だが、彼らは奴隷になった時点で、その責任は本人ではなく所有する家になるから……立ち位置として、知らなくても問題はないだろう。
それぞれの立場が違う。
「話の内容次第では、聞かせたくないと考えているけど、どうかな?」
「表面上の話ですませるなら、それでも構わないぜ。俺は無理に仲間ごっこをする必要はないと思ってる。あくまでも、クレインは君らを死なせたくない、クレインと俺の後見貴族は、君らの能力が敵にまわらないなら殺しはしない。その折衷案として、君らは奴隷になるわけだ。……そこに俺が横入したのは、クレインに戦力を持たせたくない俺の我儘だ。それぞれの考えがあって当然、折り合いをつける事に反対はないさ」
まあ、大人だけでの話し合いの場を設けたところで、意見が異なる。結局は、表面上だけで終わることになるんだろうが。
「……どこまで、この世界の貴族を信じられるかな?」
「気になるなら、一緒に来るかい? 明日、君らの手続きが完了したら俺は報告のためにキュアノエイブス……王弟殿下の住まう離宮に行く。君自身で見極めることが出来るぞ」
俺の提案に対し、少し躊躇するように視線をさ迷わせる。
自分自身で見極めたらいいという選択肢はお気に召さないらしい。まあ、まだ体調も万全ではないだろうから、無理も出来ないか。
貴族を信用か……。
片田舎であれば、貴族に関係ない状態で暮らしてもいけるだろうが……そもそも、お師匠さんが高名な薬師だから、貴族から完全には切り離せない。
貴族と関わらないことを望むなら、借金返して、逃亡すること……現実的にはそれしかないだろう。
「……君にとって、王弟は信用できるのかな?」
「為政者だ。それこそ、100人を殺してでも、1000人を生かす選択をする事が出来る。身近な人間を切り捨てても、自分が汚名を背負っても、助けたはずの1000人殺しても、100年後の王国の未来を生きる者のために行動を選べるだろうな。腹の底は読めないが、俺はそう感じた。俺が使える間は使うだろうし、王国に害を成すと考えれば俺を消すだろう……怖いくらいにカリスマのある御仁だ。あれが王なら、この国は栄えるだろうと思い込む貴族がいるのもわかる」
「共感できるのかな?」
「まさか! 俺は100人殺しても、大事な奴を守る……一生分かり合えないさ。ただ、トップに立つのはああいう男でいいと思うだけだ。息子の方は少々甘いが……理想のために、清濁併せ飲んで、歩き続けることができるタイプの為政者になれそうだ。俺の感想だがな?」
彼らが帝国からの密入国者であることは聞いている。おそらく、第三皇子が起こそうとしていた反乱の場にもいただろう。……その能力から、全容を知っている。
その内容を渡す価値があるのか、否か。
それを確認したいのだろうが……互いにどこまで踏みこむべきか、距離感が難しい。信頼関係なんて、早々生まれるものでもないからな。
こういうことは、クレインに任せたいんだがな……無自覚に判断してくれる。
……敵か味方かは判断がつけやすい。まあ、敵ではないのはわかっているんだが、
「彼女は甘い、その点はどう考えてるかな?」
「この世界に来た異邦人が好き勝手やってるのなんて今更だろう? あの子だけ好き勝手にやってはいけない理由があるのか? ないだろう?」
「……要だからこそ、その言動に注意が必要ではないかな」
「君がそう考えるなら、そう伝えればいい。別に、無下にはしないと思うぞ? 俺は好きにやらせてやりたいと思っているし、あの子の甘さがなかったら野垂れ死んでいたからこそ、甘さを捨てろとは言える立場にない」
「彼女の甘さで危険なことになるとは考えないのかな?」
「その時は一緒に地獄まで落ちる覚悟でいる。……まあ、君達が付き合う必要はないから、適当なところで引くといい。ただ、方針として異邦人が危険人物扱いされていることくらいは伝えさせてほしいんだが」
「……そうだね」
窮地に陥る原因がクレインはないだろうが……それが出来るだけの能力、機転があるのがクレインだ。何だかんだと、その場にある物を利用して、上手く切り抜けることが出来る。
しかし、お互いの能力をどこまで話すか……まあ、きっちりと話をした方がいいんだろうが、嫌なんだろうな。
「現状の細かい意見交換はしないとして、能力についての話し合いもしない方がいいかい?」
「そこは知っておいた方がいいんだろね。お互いに一緒に行動をするのであれば……全てをさらけ出す必要は感じないけどね」
「ああ。クレインとパーティーを組むことになっていたんだったか?」
「いや。本人は一時的と言っていたね。わたし達は、できればパーティーを組みたいとは考えているけれど、どうなのかな」
「別に構わないだろ……そもそも、クレインは薬師の修業に重点を置くから、あまりこの町を離れられないのと、本人の意向もあって、長期でパーティー活動をすることは、あまり考えていない。ただ、パーティーに入っていないと、色々と貴族の介入の可能性があるのが問題もあってな……。べつに短期間なら、パーティー活動するんじゃないか、多分……割とソロで好き勝手するのが好きではあるが」
「なるほど。その件については、色々あるようだね」
その色々が、俺は把握できてはいないんだけどな……可能性としては、ティガの方が知っているんだろうな。
俺としては、パーティー組んでも、各々の判断で好きにやればいいと思う。実際、ダンジョン攻略するならパーティーでの活動が必要だし、素材採取ならソロでも十分だろう。
「理解が早くて助かる。君達3人をパーティーに組みこむことは構わない。ただ、一緒に行動するかは、その場その場で変わると思ってくれ。それでいいかい?」
「そうだね。助かるよ」
会話が終わって、数分と経たずにクレインとナーガが帰ってきたので、食事会となった。酒は用意できなかったが、まあ、楽しい食事会にはなったのだろう。
そして、互いの能力を含めて、深く立ち入れない程度に話し合いをして、仲間となることも確認した。
まあ、まだまだ手探りの状況ではあるが……それでも、手薄になるクレインの身辺を固めることが出来たのは良い収穫だった。