『賢者』と呼ばれし者
「……妙だな」
戦闘開始から三十分足らずで、魔物が全滅しようとしていた。幾ら何でも脆すぎる。何者かの手引きによる襲撃だと思っていたのだが……本当に偶然の襲撃だったのか?
「油断するなよ? 夫君。まだ戦いは終わりじゃない」
警戒を解こうとした俺に、セフィラがそう忠告してきた。百戦錬磨の彼女が言うのだ、ここは素直に従っておくか。
その後も小規模な群れを倒し、次の群れが襲ってくるというのを幾度か繰り返した。その時、今でも理由は分からないが、俺は何気なく背後を振り返ったのだった。
「⁉ 何だと?」
気が付いたら俺達は城壁から大分離れていた。魔物を殲滅しているうちに前へ前へと進んでしまっていたのか。まさか……狙いはこれか?
「どうしましたの? あなた様」
不意に足を止めた俺を不審に思い、プリムラが声を掛けてくる。それを見て他の妻達が続々と周囲に集まってくる。オリーブとユッカも一緒だ。
「城壁から離れ過ぎてしまっている。万が一に備えて俺達だけで下がろうと思う」
「ええ、それが良いと思うわ。妾も嫌な予感がするしね」
武闘派のヴェロニカも俺の意見に同意のようだ。
「あの……父上達には言わないのですか?」
遠慮がちにローリエが意見を述べる。俺もそうしたいのは山々だが、
「この判断には何か根拠があるわけでも無い、言ってしまえば一個人の意見に過ぎん。それに他の者達は戦闘中だ。今、後ろに下がれば魔物が背後から襲ってくる事になる。残念だが俺達だけで下がろう」
俺の意見で戦場を混乱させる訳にはいかんしな。
その様な訳で、城門前まで後退した俺達。遠くから戦闘の喧騒が聞こえる。つまりそれ程に遠くまで前線が押し上げられているという事だな。
少しの間、遠くの戦闘を眺めていたが……突如、西の空高くに魔物の群れが出現した。
「成程。戦力を小出しにして戦闘員を城壁から引き離してから、飛行できる魔物で王都を直接襲撃する作戦か……見事な戦術だ」
これで何者かの介入が確定したな。この様な作戦、魔物だけでは立てられないだろう。
「どうするのですか? 旦那様。私達ではあの高さの魔物に攻撃出来ませんよ?」
マリーの言う通りだな。現状、あの飛行魔物を迎撃出来るのは、俺達と城壁の上に居る弓兵が数名。その中であの高さに攻撃出来るのは魔法が得意な俺、リラ、ソニア、アリスの四名。うん、全く手が足りんな。
魔物の姿がうっすらと見える位置まで近付いて来た。あれは「ワイバーン」か? 大型の飛竜型が多数。それと鳥型の魔物が無数。これは……被害ゼロで切り抜けるのは不可能じゃないか?
王都に住む人々が蹂躙される姿を想像してしまったのだろう。妻達が表情を歪める。
「安心しろ。この状況を『あの人』が見過ごす事は無いさ」
というか、ここで出てこなかったら何処で活躍するんだ? ほら、さっさと出てこい、『賢者殿』。
「かっかっか! 待たせたようじゃのう」
そう高笑いをしながら現れたのはロ○BBAこと『賢者』エフィルディス、その人だ。
「少々遅いご到着ですね」
「それはのう、お主等だけで十分だと思っておって後ろでゆっくりしておったからの。全く……アルバートの馬鹿者めが。まんまと敵の策略に乗せられおってからに」
それは……まあ、うん。これは後で説教確定だろうな……頑張れノーバス伯爵。
「まあよい……さてさて、たまには「賢者」らしい所を見せてやろうかのう」
そう言うと、賢者殿はゆっくりと俺達の前を歩いていき、空高くに見える魔物の群れを凝視し体に不釣り合いな例の杖を水平に構え魔力を高め始めた。
『ドンッ』
魔力の高まりと同時に、俺の体を突き抜ける圧力を感じた。実際に「ドンッ」という音が鳴ったわけではないのだろうが、そう感じてしまう程の圧力だ。その圧力は時間の経過と共に大きくなる。
このままでは賢者殿の体が破裂してしまうのではないかと心配になる位に魔力が膨れ上がる。いや……? これは! 本当に体が大きくなっている⁉
魔力が高まるにつれ身長130センチ程だった体が徐々に大きくなり、最終的には身長170センチ、バストはセフィラに比肩する……いや、超える程の爆乳。顔つきも大人びて、正に絶世の美女と呼べるエルフの女性が目の前に顕現した。
「ふう……やれやれ、この姿になるのも久方ぶりじゃな。うむ、ローブも問題無いな」
ああ……あのぶかぶかローブにはそんな意味があったのか。つまり、ローブをしっかり着こなしている今の姿こそが『賢者殿』の本当の姿だという事だな。声も落ち着いた大人の声色になっている。本当にあの賢者殿と同一人物なのか、疑いたくなるレベルだ。
「この襲撃が誰の仕業か知らぬが、度肝を抜いてやるわ」
色々と大きくなった賢者殿が更に魔力を高め始める。おいおい……人間一人が扱える魔力量ではないぞ?
ソニア視点
あらあら……凄い魔力ねぇ。これは……あの「杖」が追加で魔力を供給しているのかしら? 二人分……いいえ、三人分かしら。純粋な魔力量なら私が上。けれど魔力の制御では彼女が上ね ふふふ、何だか嬉しくなっちゃうわ。これが旦那君の言っていた「ライバル」というやつなのかしらね。私も負けていられないわ。




