最終話 謝罪
ちょっと長いですが、最終話です。
「ちゃんと謝ったら、どうかな?」
私の話を最後まで聞いてくれた彼は、やがてそう言った。
口でそう言うのは簡単だけど、実際は……
わかったような口を利いて、って思ってしまう。
私が、彼にわかって欲しくて話したのに、なんて理不尽なことを考えてしまうのだろう。
でも、心のどこかで、私は、誰かに背中を押してほしいと思ってたのは事実。
臆病で、いつも嫌なことから逃げてしまう私のことを、誰かに見守ってほしかった。
それでも、私は…
「でも、無理なの!もう、近づくなって、言われて……どうせ、私が謝ったところで、何も変わらないもの!」
あ…
気づいたときには、もう遅かった。
また、やっちゃった…
折角、私のことを見てくれた青澤くん。
そんな彼に対して、私は、……私は……
優しくしてくれた彼にまで、こんな風に当たり散らしてしまった。そんな私は、もう彼の目を見ることもできなくて、私にはそんな資格はなくて、だから……
―――でも、彼は私を捨てなかった。
話を、続けてくれた。
「謝らなきゃならないのは、航輝にだけじゃないだろ?」
その言葉を耳にして―――
私は、もう逃げるのをやめた。
もう無理だって、取り返しがつかないって。
そう決めつけて、また私は諦めて、そして楽になろうとしてた。
現実逃避をしても、また長い目でみたら、さらに苦しむに決まってるというのに。
「本当に醜い人は、自分のことを責めたりなんかしないよ」
最後にそんな彼の声が届いたとき、私は……
また泣いてしまった。
私は彼にどれだけ迷惑をかけたら気が済むのだろう。
だけど、もう私は、青澤くんに自分を隠すのを諦めて、ずっと抑え込んでいた気持ちをさらけ出して、そうしたら……
少しだけ心が、軽くなったような気がした。
だから私は、美桜にちゃんと自分の気持ちを示そうと思った。
♢♢♢
ゴールデンウィーク明けの初日、晴天に恵まれた昼休みの屋上で、私は彼女が来るのを待っていた。
美桜の連絡先は学級L○NEから拾って、そのまま友だち登録をして、彼女にメッセージを送った。
友だち、という言葉にどうしても敏感になってしまう。
美桜は、きっとこんな私のことをもう友だちとは思ってくれないだろう。
でも、それでも……既読の2文字が付いて、私はほっとした。
しばらくすると、彼女は姿を現した。
いつもは航輝と一緒に昼食を取っているけど、今日は何と言って抜け出してきてくれたのだろうか。
二度と近づくな、と言われてる私は、彼には声を掛けることができなくて。
きっと、美桜を連れ出したことだって、怒ってるだろうな。
でも、今だけは目を瞑ってほしい。
私が本当に向き合わねばならないのは、美桜の方だってことを思い出したのだから。
いや、見て見ぬふりを、気づいていないふりをしていただけで、本当はずっと前からわかってたのに…
そう。航輝ばかりを追い求めていても仕方ない。
彼の隣には、もう美桜がいるのだから。
そして、美桜が今この場にいるということは、航輝は私にチャンスをくれたということ。
でも……
また、肝心なときに、私は、何と言えば良いのか、わからなくなって……
「…こうやって話すのは久しぶりだね、紗由姫ちゃん」
中々話を切り出せずにいる私に、優しい声で目の前の彼女は話しかけてくれる。
…それは、私の知っている彼女の姿ではなかった。
小学校低学年の頃の思い出であり、変わっていて当然だろう。
こんな風に、気を遣える子だったなんて……
いや、もしかしたら、私の目が曇っていて気づけなかっただけかもしれない。
だからこそ、もうこれ以上、私は美桜の優しさに甘えてはいけないと思った。
「美桜…」
私は小さく息を吸って……
それから、胸につかえていたあの日の過ちへの思いを、全て吐き出すように、彼女へ向けた。
ごめんなさい。
グズ、なんて言って、ごめんなさい。
謝らずに逃げるように引っ越して、ごめんなさい。
戻ってきてからも、一度もあなたと向き合わず、声を掛けずに逃げ続けて、ごめんなさい。
…ごめんなさい…
私は自分の気持ちを伝えることに精一杯で、美桜がどんな表情で私の言葉を聞いてくれているのか見ることができない。
だけど、そんな私の言葉を美桜は黙って聞いてくれた。
そっか……この子も……
私の話を、ちゃんと聞いてくれるんだ。
私があの日、罵った彼女の一面は……
のろいとか、はっきりしないとかじゃなくて、彼女の長所、だったんだ……
私は、バカだ……
あの頃から本当にバカなのは、私の方だったんだ……
駄目。
また、涙でいっぱいになる。
美桜の方がずっと辛い思いをしてきたはずなのに、涙が溢れてしまう自分が、嫌い。
小さい頃は優れていると思っていた自分が、あの頃からこんなにも幼稚で、みっともない人間だったなんて。
「謝ってくれてありがとう、紗由姫ちゃん」
だけど……そんな私に、美桜は応えてくれた。
その言葉は……許す、と言われるより、ずっと求めていたもの。
私の謝罪の気持ちを、聞き届けてくれたことを意味する―――
『ありがとう』
その言葉が、私の胸に染みた。
「私、ちょっとは変われたかな」
声につられて、泣き腫らした顔で見上げると、そこには眩しすぎるほどに純粋な笑顔を見せる美桜が立っていた。
「紗由姫ちゃんみたいに、綺麗な女の子になりたかった。行動力のあるところに、憧れてた。だから私は……だからね、そんな私の憧れの貴女に……これからもずっと、ちゃんと笑っててほしいなって」
そんな優しいはずの彼女の言葉は、私の胸にぐさり、と刺さった。
私は……
私は、彼女に笑い返すことは、どうしてもできなかった。
だって、あまりにも…
彼女の背中は遠かった。
堕ちてしまった私には、もうあんな屈託のない笑みを浮かべることなんて、できないよ…
でも。
それでも。
私は―――
私は、変わりたい。
たとえ美桜のようにはなれなくても、せめて、私は自分のことを好きになりたい。
「美桜」
だから私は、去っていく彼女の背中に声を掛ける。
美桜は、ちゃんとこっちを振り返ってくれた。
そんな彼女に、私はたった一言だけ伝える。
「……幸せにね」
―――それは、私の心からの気持ちだった。
あの日、1ヶ月前のときは、醜い嫉妬の気持ちしか湧いてこなかったけど……
今は違う。
ずっと目を背けていただけで、本当は優しくて、心が温かくて……そういう人が、実際にいるってことを、私は知ったのだから。
そんな人には、ちゃんと幸せになってほしい。
そして、どうか航輝のことを……
私の初恋の人を、幸せにしてください。
この気持ちが、ちゃんと届くといいな……
美桜は、少し時間を置いてから、やがて、納得したように頷いて、それから私にこう返してくれた。
「紗由姫ちゃんもね」
そう言った彼女の顔は、少しだけ複雑そうな表情をみせつつも、懸命に笑ってくれていた。
彼女が去った後も、美桜の表情が、頭から離れない。
こんな私に最後まで気を遣って、あの子は優しすぎるよ……
でも、私はそんな彼女の長所に、気づけなかった。
だからもう、元の関係に戻れることはないだろう。
1人残された屋上で、私はまた泣いた。
―――屋上への入口のドアの前で、航輝はその一部始終をこっそり見守っていた。
美桜のことが心配で、じっとしていられなかったのだ。
だから、美桜がちゃんと戻ってきたとき、彼女の表情を見て……
安心した。美桜は、俺が覗き見をしていたことを知り、怒ってしまったけど、美桜を紗由姫と話させたことが間違いではなかったと思って。
ふと、屋上に残された彼女へと、目を向けた。
美桜が帰ってきた後の紗由姫は……
泣いていた。
泣き崩れて、その場にしゃがみ込んでいることに、俺は気づいてしまった。
でも、そんな紗由姫の姿を、きっと美桜は知らない方が良いとなんとなく思って、俺はそのまま紗由姫に背を向けた。
さよなら、紗由姫……
今はまだ、心の整理がつかなくて、俺は美桜とは違って、彼女と向き合うことができないけれど。
きっと、いつかは……
―――そして、隣で今もむくれたままだけど、そんな純粋で可愛い美桜のことを見て、俺は絶対に彼女のことを幸せにすると、再度強く誓った。
♢♢♢
後日、私は青澤くんに、背中を押してくれた感謝の気持ちを伝えるとともに、彼に対しても謝った。
酷い振り方をしてごめん、と。
それから、私を救ってくれて、ありがとう、って。
ショッピングモールに彼が現れてくれなかったら、きっと私は心も身体もボロボロになっていた。
そんな自分の姿を想像するだけで、今ではゾッとする。
そう思えるくらいには、私は自分自身のことを嫌わずに済むようになっていた。
そんな風に変えてくれた青澤くんは、私にとってのヒーローだ。
だから、私は……
私は青澤くんに告白をした。
結果は、振られてしまった。
私は、出会ってから一度も笑っていないと指摘された。
幸せになってはいけないと、顔に出ているって言われた。
それから……
私が変わっていくのを待つ、と言ってくれた。
「会ってすぐの人と付き合いたくないっていったのは、宮間さんでしょ?」
そう言って、意地悪そうな顔を向ける彼に、私は……
かえって嬉しくなってしまい、さらに惚れてしまったのだった。
こうして私は、ようやく彼と友達になった。
下の名前で呼び合う関係になった。
彼は太陽という名前が、名前負けしていて恥ずかしいと言っていたけど、私は素敵な名前だと思う。
1ヶ月前に告白してくれたときは、私より少し身長が高いだけで、誰もが振り返るような華やかな容姿ではないと思っていた。それなのに、今では彼のことが、誰よりも輝いて見える。
友達になってから、私は太陽くんと頻繁に会話をするようになった。
そして、ふとした会話の流れで、偶然彼の誕生日がもうすぐであることを知った。
私は、何かお礼をしたくて。
彼は何も要らないよ、と言ってくれるけど、そうじゃなくて。
私の気持ちが……
その様子を察したのであろう、彼は、私に腕時計のプレゼントをリクエストしてくれた。
「結局あの日買いに行ったのにさ、それどころじゃなくなって買えなかったから、じゃあ、折角だし、この機会にちゃんと責任取ってもらおうかな?」
そう言って笑う彼は、きっと意地悪そうに見せたつもりだったのだろうけど……
私には誰よりも優しく見えた。
私に対して、色々な気持ちを伝えるチャンスをくれる彼に、今はただただ甘えることしかできないけれど。
いつか、彼のことを驚かせてみたいな…
そして、気遣いとかは抜きで、ちゃんと私のことを振り向かせたい。
そんな私は、今では毎晩、彼とL○NEでメッセージのやり取りをしている。
以前はずっと1人で、ぼんやりとスマホを弄っていただけの、寝る前のその時間が、今はとても大切で、幸せな時間だ。
『いつか、私の笑顔で太陽くんを悩殺してみせるんだから』
そう思いつつ、彼にメッセージを打ち込む自分の口角が…
無意識のうちに少しだけ上がっていることに気づき、私は嬉しくなったのであった。
これにて完結です。
もし気づいてくれた方がいたら嬉しいですが、「俺の初恋の幼馴染は、大切な人を傷つけたまま転校した。7年後、彼女が引っ越してきて再会したけど絶対に許さない」のアフターストーリーのつもりでした。
当初は書く予定がなかったのですが、ある朝、頭に浮かんできたので頑張って形にしてみました。
作者はなんだかんだいって、紗由姫さんのことが結構好きです(笑)
最後まで読んでくださり、ありがとうございました(^^)
(あと、お気持ちの分だけ、☆☆☆☆☆をポチポチしてくれると作者が喜びます!)
それと、一応リンクです↓
「俺の初恋の幼馴染は、大切な人を傷つけたまま転校した。7年後、彼女が引っ越してきて再会したけど絶対に許さない」
https://ncode.syosetu.com/n4041hy/




