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4話 本心

 大丈夫。


 …大丈夫。


 私は自分に言い聞かせる。



 これまでも、何度もガラの悪い男を相手にしてきた。どんな目で見られても、私には我慢できる自信があった。


「ねーちゃん1人?だったらどうせ暇なんだしさあ、これから俺等の相手をしてくれるよなあ?」



 何?相手…?



 声のする方を恐る恐る見上げると、そこには私の想像通り、気持ち悪い視線で私の全身を舐め回すかのように見ている男の顔が、そこにはあった。


 大丈夫。中学のときはいつも、こんな奴らと言い争いをしてきたんだ。私なら、大丈夫。



 そう思っているはずなのに…



「おい何ビビってんだよ?脚が震えてるぞ?なあ?」



 …え、うそ…


 目を下に向けると、確かに私の脚は…そんな…



 自分より遥かに背の高い男たちに囲まれて、私は自分でも気づかないうちに、相手に弱い部分を見せてしまっていた。



 ―――怖い。


 本当は、心の底ではそう思ってたんだ。


 だから私は、この場から一歩も踏み出せなくて…


 逃げられなくて…













 ―――もう、いいかな。


 力が入らなくて、頭も回らなくなってきて、ふと、そんな考えが浮かんできた。


 私みたいな要らない子でも、目の前の男たちは求めてくれている。必要としてくれている。


 だから私は…



『それじゃあ中1の頃と一緒だよ』



 やめて。

 そんなこと、わかってる。



 胸の内に潜んでいるもう1人の自分が、邪魔をする。私の心が、折れてしまわないように。


 でも…



 もう、疲れちゃったよ…



 何を頑張れば良いのだろう。

 受験勉強だってあんなに頑張ったのに、得られたのは灰色の高校生活で…



『それはあなた(わたし)が悪いでしょ』



 うるさい。

 そんなの…



 そんなの…わかってるよ…




 でも、無理なの。直せないの…



 どれだけ気をつけていても、他人と関わるのを控えても、ふとしたときに、どうしても嫌な自分が顔を出してくる。



 こんな自分なんて…



 消えていなくなっちゃえばいい。



 私はついに、目を瞑った。


 男が手を私の肩に回してくるけど、もう抵抗するのをやめた。


 あとは、この人たちに身を委ねて…







 ―――そのときだった。



「紗由姫!ごめん、待たせちゃって!」


 背後から、私の名前を呼ぶ声が近づいてきたのは。




 私は1人でここに来たわけだし、勿論待ち合わせなんてしていない。

 それに、こんなに日も傾いて、夕方になった今からいかにもデート、みたく装っても、どう考えても不自然だ。



 そんな不器用な声は、でもどこか優しくて、聞き覚えがあって…



 恐怖と突然の出来事に取り乱していたであろう私が現実に引き戻されたときには、青澤くんが私のことを連れだから、と彼らに説明しているところだった。


 純粋な彼は、この3人に事情を説明すればわかってもらえると思ってるのだろうけど…



 私は知っていた。

 クズな人間は、他人の話なんてろくに聞きはしないってことを。



「ごちゃごちゃうるせえんだよ、このクソガキが!」



 目の前で、青澤くんは彼らの1人に思いっきり胸のあたりを殴られた。



 顔を狙わないのは、相手が後で何かを言われたときにすぐバレないようにするためだってことも、心の汚い私にはすぐわかるけど…


 彼は呆然としつつ、苦しそうにその場にしゃがみ込む。


 そんな彼の姿を見て、私は…






 許せない気持ちでいっぱいになり…






 口が、勝手に、動いて……






「ふざけんな!死ね!あんたらみたいなクズで生きてる価値のないゴミ人間なんてとっとと死んじゃえば良」


「ごめん、宮間さん」


 ―――しかし、私の言葉は、途中で彼に遮られた。



 彼はそう言うと、強引に私の右手を掴んで引っ張り、ショッピングモールの中へと向かっていった。


 途中、辛そうに顔を歪め、空いている右手で自分の胸を抑えるような仕草を見せたけど、私の右手を握っている左手はぎゅっと力を入れたまま離してはくれなくて。


 そのまま人混みの中へと紛れて、後ろを振り返ると、もう先程の3人の姿は見えなくなっていた。




♢♢♢




 たまたま空いていたベンチに2人で腰掛けると同時に、青澤くんはゲホゲホとむせる。



 あんな場面を偶然見てしまったとしても、別にそのまま見過ごしても良かったはずの彼。


 私が冷たい言葉を浴びせて振った彼は、それなのに、どうして私なんかのことを助けようとしてくれたのだろう。

 決して勝算があったわけではなかっただろうし、事実、彼はこうして痛みを伴いつつ、最終的には無理矢理逃げただけだ。


 私は、そんな彼にどんな顔をすれば良いかわからなくて、でも、この沈黙と彼の表情を見ているだけという状況は耐えられなくて…


「青澤くん、私…」

「宮間さん、ダメだよ!」



 でも、いつもなら待っててくれる彼に、私の言葉は遮られた。


 彼の表情は真剣だった。



「僕は、あんな宮間さんを見たくないんだ!宮間さんが汚い言葉を使っているところなんて、僕は……僕は、見たくないんだよ!だって本当は、宮間さんは意地悪な人じゃなくて、ちゃんとお礼も言える人なのに……そんな……でも僕が情けないからで……」


 しかし段々と、彼の声は小さくなってゆく。


「…ごめん。…怪我、してない、よね…?」


 そう言って、最後には私のことを気遣ってくれた。



 本当に、この人はバカなんじゃないかと思う。

 私の気持ちなんて、何もわかってない。


 私にとっては、アンタのこともさっきのあいつら3人と一緒で。

 私の周りを付き纏う、気持ち悪い男子の1人に過ぎないというのに。



「……僕のために『死ね』って言ってくれて、ありがとう。でも、これからは、もう、言わないで。そんな言葉……宮間さんには、似合わないから」



 そのはずなのに。


 でも青澤くんの言葉を聞いて、私は…



 あれ…



 知らないうちに涙が溢れて…



 死ね、なんて言葉を、無意識のうちに軽々しく口にしていた自分が怖くなって。






 気がついたら、私は彼の胸に顔を埋めて、泣いていた。



 泣いて、泣いて。

 一度溢れ出した涙は、留まるところを知らず。



 泣くのは1人のときだけって、ずっと我慢してたのに…



 他人の前で、私は、私は醜い自分の一端を見せてしまって…



 周りに他のお客さんがいっぱいいるけど、そんなことを気にする余裕なんて、私にはもう残されていなかった。



 殴られてまだ痛むはずの胸を、私の涙で濡らすことを許してくれた彼は、私にとってのクズな連中とは違うってことを、はっきりと自覚させられてしまった。



 そうしたら私は、これまで目を伏せてきた自分自身と向き合って、そんな自分がどうしようもなく汚い人間であることを、誰かに知ってほしくなってしまった。



「私……私ね、大切な人に、酷いことをしてしまったの……」



 泣きじゃくりながら一方的に、身勝手にこれまでの自分の悪行と、そのときの気持ちを吐き続ける私のことを、彼はいつものように優しい眼差しで、決して遮ることなく最後まで聞いてくれた。

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