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3話 転機

 その後も淡々と授業は進んでいき、あっさりと1日が過ぎていく。



 半ば無意識とはいえ、彼のことはできるだけこっぴどく振ったつもりだったけど……大抵の男子はその後も私にしつこく迫ってくるものだと思っていた。


 だけど、彼はあの告白の後、私に一言も話しかけては来なかった。

 隣の席になっても苦笑いを浮かべるだけで、今日教科書を見せてくれたときも、黙ってこっそりと……


 あれ、むしろ……私の方が彼に助けてもらってしまっていて。それなのに、そういえば何の気持ちも伝えていなかったことに気がついた。


 でも、それと同時に帰りのホームルームは終わってしまった。彼は荷物を片付けて、とっとと教室を出ていこうとする。


 このまままた明日、でも別にいい。どうせ私はつまらない日々を毎日繰り返すだけだし、ちゃんと予定確認を怠らずにいれば、きっと忘れ物はもうしないし、そうすればもう彼とは関わらずに済むだろう。


 そのはずなのに…



「…待って!」



 気がついたら私はそう叫んでいた。



 そんなに大きな声ではなかったと思うけど、それでも近くにいた数人はこちらに振り向く。


 その中に彼の顔もあったことに、私は何故だかほっとしていた。



「その、今日は…」



 そう言いかけて、私は言葉に詰まる。



 いつも、こう。


 私の口は毎度のことながら知らないうちに勝手に動いて、それなのに、大事なときだけ、何も言葉を発してはくれない。


 彼のことを呼び止めたは良いものの、その後何をすれば良いのかわからなくて、私は必死に頭を働かせる。



 私は、彼に何を言いたかったのかな…



 振り向いてほしい、私のことを見てほしいなんて思ってない。外側しか興味のない男子なんかに、何の期待も抱いていないし、むしろ関わりたくないって思ってる。


 でも、私の心のどこかに、彼に伝えたい言葉があったはずで。



「今日は…ありがと…」



 何とか絞り出した私の言葉は尻すぼみになって、彼の元に届くかはギリギリだったと思うけど。



 ―――どういたしまして、と言った彼の顔は、ぎこちないものだったけど、確かに笑っていた。






 それから数日。

 

 彼の名前すらも知らなかった私は、彼の友人が話しかける声を拾って、青澤(あおさわ) 太陽(たいよう)という名前であることを特定した。


「…青澤くん」


 初めて私の方から話しかけたとき、彼は一瞬だけ明るい表情をしてくれたけど、すぐに気まずそうないつもの顔に戻ってしまって。


 でも、それから私は、一週間の中で何度かは、彼と言葉を交わすようになった。


 告白されたときは二度と関わりたくないと思っていた彼が、寂しい表情をしているのを見ると胸が苦しくなるのは何故なのか、私は自分でも自分のことがわからなくなっていた。


 人気のミュージシャンの新曲。

 憧れのサッカー選手。

 弁当に入っている卵焼き。

 

 何気ない会話で彼の「好き」を1つずつ知るたびに、気づけば心が弾んでいる自分がいた。


 私が「知らない」と正直に言っても、決して怒ったりしないし、「好き」を押し付けてくるようなことはしない。私が何かを話そうとしたら、遮ることなく黙って待っていてくれる。


 それは、ずっと一方的な感情をぶつけられ続けて、それに言い返すだけの日々を送ってきた私にとってはすごく新鮮で……



 いつの間にか、私にとってかけがえのない大切な時間になっていた。




♢♢♢




 そんな日々が続いて、でも、ゴールデンウィークは来てしまった。


 私は長期の休みといっても相変わらず友達はいないし、特別することもないので家でスマホを触ったり本を読んだりしつつ、時間を潰していた。


 そして、特に何もしないまま、気づけば最終日を迎えていた。

 なんとなく、最後くらいはなんとなく外に出てみようかなと思った。



 それはただの思いつきだった。



 …としておきたいところだけど、本当の理由は、ふとした瞬間に航輝と美桜のことを考えてしまう自分がいるから。



 私は、もうあの幸せの中には入れない。



 そんなことはわかってるし、自分にそんな資格がないってことくらい、十分に理解している。


 きっとこの長期休暇も、2人で楽しくどこかに出掛けていることだろう。


 でも、心の弱い私は、どうしてもその現実を受け入れることが辛かった。


 だから、そんな気を紛らすために私はショッピングモールへと足を運んだ。


 




 しかし、着いたは良いものの、特別欲しいものがあるわけでもない私は、ぼんやりと店内に並べられている商品を眺めては、一人で歩くだけ。


 自分に残されたつまらないプライドで、今日はできる限り着飾ってはみたけど、隣を一緒に歩く人は誰もいないという現実が、寂しがり屋な私には重くのしかかる。


 ふと、ガラスケースに飾られている腕時計に目が行く。


 そういえば、この間青澤くんが欲しいと言って見せてくれたスマホの画面に映っていたのもこんなモデルだったっけ。


 ファッション系の話題には少し興味があったとはいえ、それだけでは説明ができないほど、似たような腕時計が並ぶ中で、それを見つけてしまう自分のことが、よくわからない。


 惹きつけられて、その場から何となく離れがたくて、しばらくそれを眺めてしまってたけど、店員さんに声を掛けられそうになったところで、私は逃げるようにお店を後にした。




 ―――思えば、あそこで時間を潰し過ぎたのがいけなかった。



 帰りのバスに乗り遅れてしまい、私は落胆しつつももう一度ショッピングモールに戻ろうとした、そのときだった。


「おい、そこの君さあ」


 …迂闊だった。




 気がついたら、大学生くらいの体格が良くて髪を染めた男の人が3人、私の周りを囲むように立って、私の行く手を塞いでいた。

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