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香りを求めて

作者: にお

*この作品は習作のために書いたものです。深い意味はないので軽い気持ちでお読みください。

 迷宮に入り込んで数日が経った。


 壁を叩いても手の甲が痛むだけでこれといって変わった箇所はない。


 仲間とははぐれてしまい、孤独に苛まれた俺は眠れぬまま彷徨い続けていた。


「みんなどこだ」


 肉体と精神が限界を迎えつつあるが、進まなければならない。


 立ち止まれば隙が生まれてしまい、たちまちモンスター達に襲われてしまうだろう。


 手に持つ武器も刃こぼれ激しく、切れ味は随分と落ちてしまっている。

 

 斬るよりも幅のある刀身で叩く方が効果的だろうが、剣を携える者として矜持がそれを許さない。


 逃げた仲間の中にいる戦士のバーンズを思う。彼の得物は棍棒であった。


 腕を伸ばし松明の明かりを奥へと向ける。気持ち程度照らされた先、終わり無き迷宮の姿が映し出される。


 或いは、何度も同じ場所を周り続けているのかもしれない。


 代わり映えしない造りから察するに可能性はあるものの、希望を自ら失う考えをするのはすぐに止す。


 一度思い浮かんだ悲観はすぐに消えず、頭の中にこびりついて離れることはない。


 俺は不安を脱ぐかのように近くの壁に剣を一振りし、それが事実なのか確かめるための傷跡を残した。


「きっと気の所為だ」


 己を奮い起こし、気丈に振る舞うようかのように大股で歩く。


 1時間は経つ頃、モンスターに2回遭遇したが今のところは難なく倒すことができた。


 下級モンスターばかりだが、少しでも気を緩めれば強敵たる存在へとかわる。


 油断するつもりはないが、休める場もなく消耗し続けている身体ではいつまで続くか定かではない。


 目の下に出来ているであろう隈を想像しながら、数歩進みついに壁に寄りかかってしまった。


 息を切らしながら眉間にシワを寄せる。


「ああ、だめだ。眠たい。寝て楽になりたい」


 愚痴が溢れ、停止した足を再度動かそうとするが、身体が拒絶する。


「動け。止まるわけにはいかないんだ」

 

 声を荒げさせながら目下の革靴に言い放つが、てこでも動かないという具合で微動だにしない。


 やがて支えていた足腰が震えはじめ、俺は力なく膝から崩れて地面へと尻もちをついた。


 壁に背をつけ、祈るかのように低い天井を見上げる。


「ああ、もうだめだ」

 

 目が霞み始め、意識は朦朧としていて周囲の状況が理解できなくなりはじめる。

 

 襲われる事を前提に剣を抜いておくが、握る力も虚しく殆ど残っっていない。


 ついには寒気も訪れ、空腹も顔をのぞかせはじめた。


 閉じていた口も抑えられなくなり、首も下へと落ちていき律儀に進む蟻の一列を見つけた。


「死ねばこいつらの餌……か」


 危機感などとうに失われ、身を委ねるかのように突っ伏して倒れてしまった。


 瞼の重みに抗う事はできず、俺は半ば後悔の中で目を閉じた。


 ふと果物のような甘い香りがする。


 閉じていた目を静かに開け、不思議な状況を確かめるべく目を動かせる範囲で確認する。


 特段、変化はないものの依然として香りは続いている。


 今持つ食料、戦利品や装具に優しい香りを放つものはない。


 気味悪くなり、正体を突き止めるべく激しく嗅ぎ続けると、迷宮の奥から漂って来ている事が判明した。


「進むしかないか」


 俺は這ってでも進むことを決めた。


 匍匐前進ように四肢を働かせ、胴体を蛇が進むかのように動かす。


 匂いは一向に途絶えることなく、しかし、遠ざかることはなく常に一定の距離で漂う。


 現実逃避から訪れた幻嗅か、それとも出口を知らせる吉兆か。


 動悸は激しく、体中に生じた痛みを堪えながらついに一筋の光が差し込むのを目にした。


「で、出口だ!」


 身体が希望を目の当たりにし、湧いた力で無理やり立ち上がる。

 

 腰に携えた剣が落ちてしまったが拾うことなどせず、壁伝いで千鳥足になりながらも進み続けた。


 光に近づくにつれ五感が徐々に薄まる中、やがて俺の身体は光に飲み込まれた。



「どこだここ?」


 目が覚めると目の前に半透明の壁が現れた。


 壁の向こうでは迷宮の天井ではないものが見える。


 背部は柔らかい何かに受け止められており、あの痛みは嘘のように消えている。


 額の方で薄らと見える何かに目線を向け、それが花だとわかった。


 透明で粘着性のある柔らかい薄い板上のもので留めてあり、取り外して鼻に近づけると迷宮で嗅いだあの匂いであった。


「おお、目覚めたか」


 壁の外から見知らぬ声が聞こえる。


 少し怖くなり、寝たままの状態で暫く花を見つめていると、白いローブに似たものを着た複数の男たちが俺を囲んで覗いてきた。


「気分はどうかね」


 その中で年長者らしき者が尋ねてきた。


「え?あ、ああ。平気だ」


「それは良かった。もう一生目覚めないと思ってたよ」


「ここはどこだ?なぜあんたたちは壁の向こうで俺と会話ができるんだ?」


「ふむ。記憶障害があるようだな。君は14年間、当時流行していたVRゲームの中で気を失っていたんだ」


「V……R?ゲームってのはなんだ?」


「なるほど。そこから説明しなければならないか」


 男たちは俺に全てを説明してくれた。


 どうも俺は剣士ではなく、日本という国で生活していた一般国民らしく事故で閉じ込められていたらしい。


 恐ろしいことを聞いてしまったと後悔したが、おそらく今は夢の中なのだろう。


 おおよそ幻術攻撃を受けてしまい、あらぬ妄想を見せられているのだろう。


 少し経てば効果も薄まり正常に戻るはずだ。


 今頃、仲間たちかギルドの連中たちが救助に向かっている最中なのだろう。


 あと何日かかるか分からないが、ここまでやってこれたんだ。俺はまだ戦える。


 だが――この花の香りだけは本物な気がしてならなかった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 出だしから惹き込まれ、最後までそのテンションが変わらなく続くほど、凄く面白かったです。VRという世界に、「香り」という人間の五感を持ち込むことで、一気に現実感が加わりますね。その発想がさす…
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